11章 未来予知は終わってる
────これは夢だ。
化学部の面々が駅前の通りを歩いている様子を俯瞰的に確認できる。
自分の姿が鮮明に見えているのだ。夢と現実を誤認するはずがない。
しかしなるほど、自分の顔が明らかに実際のものとは異なるほどに美形だ。自身の顔が見えないというのは、夢の中という深層心理ではプラスに働くのだろうか。
女子勢は皆一様に浴衣を着ている。いや、着物と言うべきだろか。
そんな不安定な様子で歩道を歩いていると、そのうちの一人がバランスを崩して倒れそうになる。
──綾鷹だ。
綾鷹は自身の履いている下駄により、重心が左に傾いた結果、車が往来する大通りへと身を投げ出すようになる。
そのまま────────
カンカンカンカン!!!!!!
「うわぁぁぁぁ!!!」
物事の顛末を見届けることが叶わないまま、俺は耳元で鳴らされた大きな金属音と共に目を覚ます。
音の鳴った方を見てみると、綾音がフライパンとお玉を持って横に立っていた。なんとも昭和的な起こし方である。
「あれ、綾音?ここは……えっと」
「もーー。自分の部屋でしょ?私がアイスの家に住むようになったってこと忘れたの?」
「あ、あぁ。そうだった」
綾音は半月ほど前から、俺の家に居候することになっている。
俺たちが逃避行をした数日後──綾音の誕生日から数日後、俺の家には大量のダンボール箱が届いた。
中身は綾音の衣類や、部屋に飾ってあった装飾品、ぬいぐるみなど、彼女の家にあった彼女の所有物が全て入っていた。
差出人は彼女の父親である。あれ以降特に会話も交わさず、メッセージすら受けとっていないが、もう彼女に干渉するようなことは無いだろう。
「今日は私が朝ごはん作ったんだからさ、早く食べに来てよね」
「分かった、すぐに行くよ」
可愛いエプロンを身にまとった俺の婚約相手は、笑顔を撒き散らしながら階段を降りていく。
俺と綾音は結婚している──正式にいえば籍を入れていないので、まだ婚約止まりではあるが。
俺は寝間着を脱ぎ、制服のワイシャツに着替える。夏休み前、学校に通うのはあと1週間程度であろうか。
夏休みが楽しみでは無いと言ったら嘘になるが、高3の夏休みだ。勉強尽くしになることは目に見えている。
「それにしても、あの夢はなんだったんだろう」
俺の中で気がかりになっているのは、先程見た夢だった。
妙でリアルだったというか、とにかく気持ちが悪い。
予知夢にならなければいいのだが……。
───────────────────────
「お、美味しい。朝からこんなに美味しいの食べたの初めてかも」
「ほんと?嬉しい」
「お姉ちゃん凄い!うま!ありがとう!」
「優実花、お前はもう少しゆっくり食べろ」
1階のダイニングルームに戻ると、豪勢な朝食が用意されていた。
味噌汁に鮭の切り身、何かは分からないが謎の小鉢に入った副菜まで。まるで料亭の朝食である。
母さんが朝に弱いため、俺たちは普段朝食はコーンフレークや焼いた食パンなどで済ましている。こんな朝食を食べるのは初めてだ。
隣で必死にがっついている優実花を見れば、それが証拠になるだろう。
「そんなに褒めてくれると照れるな……。私はちょっと花嫁修行をしてた時期があったからね。あの時は嫌だったけど、こんなにアイス達に喜んで貰えるなら無駄じゃなかったのかも」
綾音の家系はとても名の通った権威ある家系のらしい。その為名家に無理やり嫁がされそうになっていたのだ。
それはつまり、料理や家庭内のことを行うための特訓を強制的にさせられていたということだろう。
「無理にはやらなくてもいいんだぞ?疲れるだろうし、この後も学校行かなきゃなんだから」
「ううん。皆が喜んでくれるなら私も作りがいがあるよ。あ、お義母さんおはようございます」
「ん、おはよ……。これは……、綾音ちゃんが作ったのかい?」
「あ、はい。すみません。冷蔵庫の中にあったものを勝手に使ってしまって」
「嘘……。ウチの冷蔵庫にこんな美味しそうな食材あった?凄いな、私も食べたいんだけどいいかな?」
「はい。もちろんです。今用意しますね」
綾音はテキパキと俺の母親の分の朝食も用意する。
この数日で優実花への敬語は抜けていったが、母さんへの敬語は抜けきれていない。まぁ無理にとは言わないので、少しずつ慣れていって貰えれば上等だろう。
そうして、俺たち4人は朝食を食べ終え、各々が学校や職場へ向かう準備を整える。
俺は当然ながら綾音と一緒に学校へ向かうわけだ。
「行ってきます」
「はい行ってらっしゃい。綾音ちゃんも」
「あ、はい!行ってきます!」
玄関のドアを開け、二人一緒に外へ出る。
しかし、目の前に飛び込んできた光景は俺の予想だにしていないものだった。
「イノ〜。今日は一緒に……。え?」
目の前に飛び込んできたのは1人の同じ高校の制服を着た女子だった。
俺のことを『イノ』と呼ぶその少女は、綾音と同じ制服に身を包み、黒髪のウルフカットの髪型をしている少女である。如何にも清楚系という言葉が似合う少女だ。
名前は小堤穂波、俺の幼馴染だ。
隣の家に住んでおり、幼稚園から小中高とずっと同じ道を辿っている。
幼い頃は一緒に学校へ通っていたり、高校時代も偶然時間が揃った時は一緒に登校もしていたのだが、俺が寝坊癖があることや、高3になり、彼女が文系へと進学してクラスが離れてからは会話する頻度も減っていた。
しかし、今目の前に姿を表したということは、今日は彼女は俺と登校するつもりだったのだろう。
であれば、俺と綾音が一緒に同じ家から出てきた様子を見られるのはかなりの死活問題だ。
「あ、えっと……。ちょっと状況が理解できないんだけど。お邪魔だった感じかな?ア、アタシは先に行くから!じゃあね!」
「あ、穂波待てって!」
俺が止めるのも間に合わず、穂波は一目散に駆け出して行ってしまう。
隣では綾音がキョトンとしている様子が目に取れる。
「あの子は?」
「あー。俺の幼馴染、多分一緒に登校しようとしてたんじゃないかな。綾音を見てやめたっぽいけど」
「ふーん……。幼馴染、か」
綾音の目の色が少し曇るようになる。
それと同時に俺のスマホにはメッセージの通知が届いた。
送り主は予想は着いていたが、穂波である。
『今日の放課後C組で集合』
「ま、呼び出されるわな」
今日の放課後の予定が決まったことを確認しながら、俺は綾音と一緒に学校へ向かうことにした。
───────────────────────
「刑法130条、住居侵入罪?」
俺はその放課後、穂波に呼び出されるがままにC組へと向かった。
C組に着くと、穂波は自分の机と、自分の後ろの座席の机が向かい合うように机の配置を変えており、お菓子を広げ食べ始めていた。
俺は誘われるように彼女の正面に座ると、開口一番聞こえた言葉はそれだった。
「いや、同意はあったよ。綾音は無理やり俺の家に押し入ったわけじゃない」
「じゃあ、刑法176条・177条の不同意わいせつ・不同意性交等罪?もしくは、青少年保護育成条例違反?」
「いやいやいやいや、俺と綾音はそういうことしてる関係じゃないって!誤解しないでほしい」
「じゃあ何の罪?アタシはどうやってイノを裁けばいいの?」
「俺が犯罪者前提なのはおかしくないですか……?」
穂波が法律の名前を言いながら、俺の罪が何に該当するのかを探ってくる。
彼女は法学部志望だ。早稲田にある大学の法学部を第1志望としている。いや、法学部だからと言って法律を暗記してるわけないだろ!ってツッコミが来そうだが、彼女はそういう人間だ。法学部から検察になりたいという、一般庶民でも分かるような将来像をめざしているのだから。
数学が好きで、大学数学まで多少手を出している俺と何らやっていることは変わらないのだろう。
「そもそも、あの子は誰?」
「えっと、化学部の部長だよ。ほら、俺が化学部に入ってるのは知ってるだろ?」
「2人は付き合ってるの?」
疑問に疑問が返され、その疑問にさらに疑問が返される。凡そ会話としては成り立っていないが、俺ら2人は昔からこうだ。
「まぁ、そんな感じだな」
「へぇ、嘘なんだ」
「え?」
俺が付き合っているということを肯定すると、穂波はあっさりとそれが嘘だと断言してくる。
確かに、付き合っているわけではない。付き合っていると言うよりは結婚──いや、婚約している。
「アタシたち何年一緒にいると思ってるの。嘘つく時の癖なんて分かるしバレバレだよ」
「そういうもんなのか」
いやまぁ確かに俺も穂波の嘘は見破れる。こいつ嘘をつく時声がうわずるし、髪も執拗に触るようになる。
俺はそんなに分かり易くないと思うのだが。
「で?虚偽申告の罪で軽犯罪法違反?それとも、部長さんと勝手に付き合ってるなんて言ったら部長さんに対する侮辱だから、刑法230条の名誉毀損罪だけど。どっち?」
「どちらも無罪を主張する。分かったって、正直に話すよ」
俺は観念して、穂波に全てを打ち明けることにした。
綾音の誕生日に行った逃避行のこと、その日起きた出来事、そして、綾音が俺の家に住むようになったこと。
「ふーん」
「分かってくれたか?」
「債務不履行、もしくは民事上の不法行為かな」
「まだ何かあるってのかよ……」
「アタシ、言ったよね?」
穂波はニヤッとしながら俺に告げてくる。
「お互いに20歳になったら結婚しよ?って」
「……は?」
訳のわからないことを言われて、俺は困惑の表情を浮かべる。
「そんなこと俺いつ言った?」
「5歳の頃、年中の時」
「はぁぁぁ!?そんなの無効だよ無効!時効ってやつ」
「契約に時効なんて概念はないよ。この契約は今も有効」
「契約って……。あれ契約だったのか?」
そんな幼稚園時代の軽い言葉の綾を契約と言われても困る。
あの頃の少年少女など、軽々しく好き〜とか結婚する〜とか口にするようなものではないか。
「そもそも、穂波にだって今彼氏いるじゃんか。その点についてはどう弁明するんだ?」
「あんなのは遊び。全ては本番に向けての予行演習でしかないよ」
「お前と付き合ってる男が可哀想だ……」
こんなにも俺の事を糾弾してきている穂波ではあるが、こいつは現在進行形で彼氏が存在する。
なんなら、小5から高3の今に至るまで、彼氏がいなかった時期は無かったようにも思える。
しかし、それは1人の男性に対して心酔していたわけではない。俺の把握している限りではあるが、20……下手したら30人以上とは交際経験があるはずだ。
「よくそんなに男子から好かれるよな。穂波の才能には目を見張るものがあるわ」
「カマトトぶっちゃって。アタシがまともな手段を使ってる訳じゃないってことは、イノも知ってるでしょ?」
「あぁ、まぁ」
「確かに一種の才能かもね。アタシ、洗脳とか催眠とか暗示とか心理学とか。ちょっとだけ詳しいから」
こいつの特技は洗脳や催眠だ。特に、男を自分に心酔させることに関しては右に出る者はいないと思っている。
中学時代はそれで学年問わず多くの男子生徒を誘惑、更には男の先生すらも洗脳し誘惑することで、テストの採点を甘く見てもらったり、成績を良く付けてもらったりもしていた。
俺も一体どのような手法で洗脳を行っているのか気になるものではあるが、穂波には『イノにしてもいいなら教えるよ?』と言われ、丁重に断った。
断片的な情報によれば、自分に依存させること。穂波なしでは生きていけないように相手の人生を書き換えればいいらしい。恐ろしい子だ。
当人いわく、性的アプローチを使っているため、同性を洗脳するのは難しく、そこが課題だと自負していた。
「その悪趣味、やめた方がいいぞ」
「だけど、アタシにはこれがあるからこそ、今も尚、余裕で居られるんだよ」
「どういうことだ?」
俺が問いかけると、穂波は机の上に身を乗り出して、そしてこちらを下から睨みつけるようにして答える。
「だって泥棒猫から、イノを奪い取るのとか、余裕だし」
その不気味な声色に、俺の背筋は小刻みに振動を上げる。
「やめろよ、俺の事洗脳するの」
「まぁ今は待ってあげる。今の彼氏面白いんだ。ほら見てよ、昨日の夜LINEでアタシに対しての愛を画面いっぱいが文字で埋まるくらいに送ってきたんだ。夜通し数えたんだけど、全部で6000文字もあった。凄いよね?」
穂波がスマホでLINEのトーク画面を見せてくる。そこには確かに夥しい量の文字が並んでいた。
「読む気が起きないな。要約してくれない?」
「え、無理だよ。アタシも読んでないもん」
「はぁ……」
俺は深くため息をつく。自分自身、今まで女性に対して深い恋愛感情を持ってきた経験がなかったのは、穂波という諸悪が近くに存在していたからなのでないか。
とはいえ、初めて恋愛感情を持った人間が、あの河合フィオであるとなると、何も言い返せる言葉はない。
「でも、イノも可哀想だよね」
「え、何が?」
「ほら、文化祭の時のやつだよ。今やこの学校で知らない人は居ないでしょ。みんなしてイノのヒソヒソ話してるよ?」
「そ、そうなのか……」
元々あのMスクは黒歴史を残そうとして参加したものなのだ。羞恥にはある程度の覚悟があったが、とはいえその覚悟では背負いきれないレベルの傷を負っている。
「でも、それもおかしな話じゃない?悪いのはあの子だよね、フィオちゃん。あれだけ奥手なイノが告白したってことは、それだけ思わせぶりな態度もあったんじゃない?」
「それはまぁ……。確かに、自分でも成功するかもしれないという淡い期待は正直あった」
「やっぱりそうなんだ。だからアタシもね、イノの文化祭に関する悪口とかが聞こえたりすると、否定はしているんだよね。それってイノが悪いわけじゃなくない?って」
「そうだったのか」
穂波はどうやら、俺の知らないところで、俺に対する悪口や陰口を止めてくれていたらしい。こいつも別に根っからの性悪というわけではない。そんなことは長年の付き合いの結果理解している。
「アタシがイノの悪口を聞きたくないっていう自己満足の面もあるんだけどね。でも、今イノって多分だけど結構疲れてるんじゃない?精神的にも肉体的にも」
「疲れてる?俺が?」
「そうだよ。だって、その部長さんのことを思っていろんな所を逃げ回って。そして、頭をフル回転させながら部長さんのことを守ったんだもんね。イノが気づいてないだけで、本当はもうイノはボロボロだと思うよ」
「言われてみると、確かにそうかもしれない。疲弊はしている」
あの逃避行の事件からは、言っても半月程度しか経過していない。あれから白餡を迎えた新たな環境での生活も始まっているし、心が休まらない部分があるのも事実だ。
「イノは昔から環境の変化に弱いもんね。修学旅行とか遠足の時は毎回熱出すこともあって。そんなイノからしたら、今の環境の変化は結構なストレスになってるんじゃないかな。きっと自分はちゃんとしなきゃ、って気持ちで本心を押し殺しちゃってるんじゃないかなぁ?」
「そう……かも。そう……だよ」
「イノにとっての唯一の安息が取れる自宅でも心が休まらないんだもんね。そりゃ心が疲弊するよ。でも、今はアタシと教室で2人きり。アタシみたいな幼馴染の前で気持ちを押し殺すことなんてないよね?」
「うん。俺、やっぱりちょっと疲れてたんだ」
「いいんだよ。今だけ、ほら、おいで」
穂波は席から立ち、俺の横へと移動して、手を広げる。まるで何かを受け入れるかのように。
あそこに飛び込んでしまえば、俺は穂波を抱きしめることが出来るのだろうか。
そうだ、思い返せば、最近綾音に後ろから抱きしめられることはあっても、俺から抱きしめたことは無かった。やはり、交際関係を結んだとはいえ、ある程度の気恥ずかしさと抵抗感があった。
人は抱きしめられる時よりも、抱きしめた時の方が快楽物質であるオキシトシンが分泌されるらしい。
であれば、俺だけ抱きしめていないのなんて不公平だ。
じゃあ……俺が今穂波の胸に飛び込んだところでこれは平等な権利だ。何も間違っていない。
「……。」
俺は無言で本能に左右されるかのように、そのまま穂波のことを抱きしめようとする。
「今回はこの辺にしといてあげるか」
「うぐっ!」
もう少しで穂波の胸に飛び込むことが出来るかと思った瞬間、俺の腹部に強烈な打撃が加わる。
目の前にいた穂波に強烈な右ストレートを入れられたのだ。
今から抱きつこうと思っていたその対象に危害を加えられたことで、俺の脳は途端に正気を取り戻す。
「………俺…………え?」
「ほらね、アタシには『余裕』なんだよ。」
「いやだって、そんな。穂波は本当に俺が欲しいと思っている言葉を、行動を……」
「マインドコントロールだよ。アタシが知っているイノの情報と、今いのが置かれている状況。そこから考察して、いのが思っていなかったとしても、それが欲しいと思わせる状況へ言葉巧みに誘導する」
「え……どゆこと?」
「今回、アタシが知ってるのは『イノが部長を助けたこと』『文化祭で振られたこと』『イノは環境の変化に弱い』この3点だけ。こっから、アタシはイノの感情のゴールを決めるの。『何かを抱きしめたい』ってね。後はアタシが知っているこの3つの情報をそのゴールに向かって組み合わせながら誘導させるだけ。最初から『何かを抱きしめたい』と思っている必要はないの。この感情を植え付けることが目的なんだから」
「……二度とすんなよ」
「約束はできないかな」
穂波はニヤリと笑う。不気味だ。
俺は深く呼吸をする。穂波は俺の正面の席へと座り直し、彼女は再び口を開いた。
「今のは無かったことにしてもらって。それと他にアタシにはもう1つ疑問点がある」
「え、どうかした?」
「うん。イノは部長さんの自殺を止めたって言ってたけど、どうして部長さんは自殺するって分かったの?」
「あぁ……それは」
確かに人が自殺する予兆なんてものは普通分からないものだ。
自殺する人は基本、明日自殺します!なんて言うことは無い。そんなことを言うやつはSNSで承認欲求を満たしたいと思っている人種だけである。
「綾鷹っていう部員が化学部にいてね。その子が教えてくれたんだ」
「質問が変わるだけだなぁ。なんでその子は分かったの?」
「それがね、彼女、未来予知が出来るんだよ」
「詳しく」
穂波は未来予知という言葉に強く反応し、一層興味を示す。
そのため、俺は彼女が毎日天気を予知してくれること、他にも全てが分かるわけではないが、未来の情報がランダムで予知できることなど、彼女の未来予知現象について詳しく話した。
「な?綾鷹って凄いだろ?」
「……」
俺は笑顔で綾鷹の自慢をするが、穂波の反応は予想に反して薄い。そして何やら思慮にふけっているようにも思える。
「イノ……。まさかそれ信じてるわけじゃないよね?」
「え?普通に信じてるけど」
「はぁ……。マジか」
穂波がどデカいため息をつく。先程の俺と同じようだ。
「理系ってそんな馬鹿しか居ないの?その未来予知が本当なわけないじゃん」
「だって、実際に予知は当たってるんだぞ?分単位で雨が降る時間だって分かるし、天気以外にも予知したことは当たる。それに、サイコロの出目を32連続で当てたんだ。こんなのは偶然じゃありえない」
「どれから説明すればいいのやら、じゃあまずはこれを見て」
そう言って穂波が見せてきたのは、彼女のスマホの画面である。そこには地図が映っていた。
「これは最新の雨雲レーダーアプリ。これを使えば誰だって簡単に雨が降る時間を分単位で予測できる」
「え、いやだって、そんなの」
「そもそも、分単位で雨が降るタイミングが予知出来ているっていうけど、本当に1分のズレもなかったって言えるわけ?」
「いや、大抵はあってるけど、たまに1分や2分ズレることもあった。ただ、それは自分のいる場所による誤差だと思っていたんだけど」
「それなら、この雨雲レーダーアプリを使った時に得られる結果と大体同じ。アタシはこれを見て傘を持ってくかとか決めてるけど、基本5分以上のズレは起きない」
まさか、綾鷹の天気予報がただのアプリの内容……?いやそんなはずがない。
「でも他にもまだ」
「サイコロだっけ。あれ知らないの?恭介くんはあのカジノでリアルの賭けをしてたんだよね。そのために恭介くんはあの丁半サイコロにイカサマ用の磁石を仕込んでた。アタシの今の彼氏が恭介くんの友達だったから聞いたけど、後で客にバレてめちゃくちゃ叩かれたんだってね」
「そうだったのか」
「サイコロと机内に設置してあった磁石によって出目を操作してたらしいね。机にはこたつみたいにカーペットが敷かれていて分からないようにしてたみたいだけど、中身は結構複雑な装置があったらしいよ。綾鷹ちゃんはそれを利用しただけなのかな」
「でもまだ、肝心の所が説明出来ていない。綾音の自殺を予言した点だ」
そもそも、綾鷹の未来予知を疑ったのはそこが原因である。ここはなんの理屈も付けられないだろう。
「多分、その子は人一倍、人の感情が理解出来る子なんじゃないかな」
「え?」
「だから、部長さんが自殺するという結果も何かしらの違和感から考察したのかな。そもそも、イノが部長さんの自殺を止めることになったきっかけって何?」
「それは……綾鷹に化学室で教えて貰って……っ!」
「そう。あのまま綾鷹ちゃんが自殺のことをイノに伝えなかったら?イノが部長さんを止めるという未来予知の結果には絶対に至らないはずなんだよ。だって知らないんだもん」
確かに納得はできる。そして、考えれば考えるほど辻褄が合う。
「彼女は、彼女の意思で未来予知が本当になるように誘導した。そう考えるのが妥当だね」
「そんな、でもどうして?」
「仮説として考えられるのは、自分の深層心理にある欲求が予知という形で脳内に現れているってことかな」
「深層心理?」
穂波から胡散臭いワードが飛び出すが、彼女ほど心理について達観してる人は他に知らないので話を聞き続ける。
「何も不思議な事じゃない。人間には深層心理に刻まれた欲求を映像化、並びに具現化する能力が備わっている。それが『夢』だよ。寝ている間に見るやつだね」
「夢……。確かに欲求不満な時はえっちな夢を見るけど」
「そういうこと。彼女は本来『夢』として具現化されるそれを『予知』という形で具現化している。そして、イノが確認したことのある予知は全て欲求に依存していると考えて差し支えない。」
「そうなのか?」
「うん。天気予報は『単純に天気を知りたい』と『皆の役に立ちたい』という欲求、サイコロは『イノに対する承認欲求』かな。褒められたかったんだろうね。自殺に関してはそのまま部長を止めて欲しいという欲求が働いたんじゃないかな」
「にわかには信じ難いが……」
「未来予知なんてものよりよっぽど信憑性はあると思うけど?」
穂波の言うことはごもっともである。でも1つ疑問が残ってしまう。
「じゃあそもそもなんであいつは未来予知が出来るようになった?いや、仮説の通りなら、欲求の認識を未来予知として具現化するようになったんだ?」
「それは分からない。二重人格とか、精神に何かしら深い過去があるとか。可能性だったら無限に挙げられる。何かそうせざるを得ない理由があるはずだよ」
「うーん。分かんねぇな」
俺の頭の中では穂波の仮説は未だ半信半疑と言った状態である。完全に信じきったわけではない。
そうではあるが、未来予知という馬鹿げた力を信じる方がおかしいという言説も理解出来る。
「ま、アタシにわかるのはこんくらい。これからも注視した方がいいよ。『予知の内容=綾鷹ちゃんの欲求』って繋がっているはずだから。もしそれで説明出来ない現象が来たら教えて」
「あぁ。分かった」
すると、同時に俺の持っているスマホがメッセージの受信通知音を鳴らす。
見てみると、化学部の今日の活動が終わり、今からボウリングへ向かうとのことだった。俺も誘われている。
「ごめん、化学部のメンツで今からボウリング行くらしいから行ってくるよ」
「分かった。アタシが聞きたいことや話したいことは全部済ませたし、行ってらっしゃい」
「ありがとう」
颯爽と送り出してくれた穂波を横目に、俺は駆け足で教室を出ていった。
穂波は一瞬深刻な表情になっていた気もするが……。
───────────────────────
☆
「うーん」
イノは一目散に教室から出ていってしまった。が、教室は私一人だ。考え事をするには丁度いい。
「何か、引っかかるんだよなぁ」
アタシが先程イノから聞いた話、そこには説明しきれていない謎の違和感が存在している。
イノの話によれば、綾鷹ちゃんは3つの予知を行っているらしいが、その中で1つだけ、大きく異なる予知が存在する。
もしかしたら、イノから聞いていないだけで綾鷹ちゃんはもっと多種類の予知をしており、反例はいくらでもあるのかもしれないが、現状決定的に違うのは……。
「『部長さんが今日自殺する』という内容の予言。あれだけ綾鷹ちゃん自身に直接関連していない」
『天気予報』、『サイコロ』はまとめてしまえばどちらも承認欲求だ。
さっき、アタシはイノに『予知は欲求を具現化したもの』という風な説明を行いはぐらかしたが、『予知は承認欲求を具現化したもの』と考える方が理解しやすい。
では、『部長さん』に関する予言はどうだ。これを承認欲求とするのは些か強引な気もする。綾鷹ちゃんが部長さんの自殺を止めたスーパーヒーローとなったのであれば話は別だが、実際に英雄となったのは、イノだ。綾鷹ちゃんはその予言のことをいの以外にも話していないらしい。であれば、その線は除外できる。
「何か、綾鷹ちゃんが嘘をついていると仮説をひっくり返して見るべきか」
アタシの仮説、『予知は綾鷹ちゃんの承認欲求に直結している』というものが正しければ、『綾鷹ちゃんは部長さんの自殺を予言した』というこちらの仮説を除外して考える方が合理的だ。
であれば、可能性はなんだ。
「綾鷹ちゃんの承認欲求に直結する、部長さんの自殺に関する言説……」
部長さんが自殺するのを、イノが止めることで綾鷹ちゃんの承認欲求が満たされる……?
いや、その逆の可能性もある。承認欲求に直結しているのであるとすれば、承認欲求が不満になるという可能性も考えられるわけだ。
つまり、アタシの仮説では、
『部長さんが自殺するのを、イノが止めることで綾鷹ちゃんの承認欲求が不満になる』
という現象が引き起こされていることになる。
「であれば……そうか」
ここに1本の補助線を引くことでこの論理は簡単に説明が出来る。これは、アタシもそうだから簡単に思いつく補助線だ。
「綾鷹ちゃんは、イノが好き」
そうすれば、抽象化すると
『別の女が自殺するのを、自分の好きな人が助けることで、自分の承認欲求──恋愛的な欲求が不満になる』
という完璧な論理が組み上がる。
「なるほどね。アタシの理解はここまで導けた。後はどれだけそれが正解に近いか、静観することにしようかな」
まだ疑問はある。それは、『なぜ承認欲求が不満となる方向へ自ら誘導したのか』だ。
これは今のアタシの情報では推測しきれないだろう。
だから、もう静観するしかないのだ。ことの成り行きを最前線で見守ることにしよう。
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「アイス、物理を熟知していればボウリングなんていうのは朝飯前なんだよ。腕の力、起動、剛体の回転。全て計算してしまえばあとはそれを再現するだけで全てストライクが取れる」
「そんな脆弱な学問を信じるとはな。物理なんて言うのは所詮空気抵抗やカオス理論を無視した理論上の存在。ボウリングで真に役に立つのは統計だ。経験値を積みながら、どの投げ方だとストライクを取れる可能性が高いか。そこを分析することが出来る数学こそが素晴らしい」
「何を……」
「あの、ほーちゃん。アイス」
「どうした綾音」
「なに?あやねん」
俺とまっちゃが口論をしていると、綾音が呆れ顔で間に入ってくる。
そして、天井に付いているモニターを指さして言った。
「あんな点数出しといてまだそれ続ける?」
「「…………。」」
モニターにはボウリングを1ゲーム終えた時点での点数が表示されている。
まっちゃ 38
アイス 41
綾音 103
「私もそんなにボウリングの経験は少ないし、下手な方だと思うんだけど、ダブルスコア付けられてまだ理論や統計に頼ろうとする?純粋に練習した方がいいよ」
「なっ、あやねんそんな……」
「まず、ほーちゃんはボウリングの玉を両手で持つのをやめましょう」
「ぐっ……!だってあれ重いし……」
「重いなら軽いのがあるから、ほらあっちのピンク色のボールとか」
「いや、だけどそれだと質量が……私の出せる初速だと理論的に……」
まっちゃがブツブツと喋っている。
まるで図星を言い当てられて拗ねている子供のようだ。気味が良い。
「ふん。理論が理解出来てもそれが再現できないなら意味が……」
「アイスは玉を遠くに投げすぎ」
「なっ!」
「レーンの半分まで一気に玉をぶん投げる人がどこにいるのさ。ボウリングの玉は転がすの。分かる?」
「いや……でもピンに近いところから回転が始まった方が軌道のズレは少なくなるはずで……」
綾音が俺をいじめてくる。全くなんて酷い子なんだ。まっちゃを攻めるのは理解できるが、なぜ俺まで……。
「はぁ……。隣のレーンのけいちゃんを見てみなよ。200点超えだよ?完璧超人かて」
「あはは、そんなことないよ。僕なんてプロと比べたらただのド素人さ」
「大丈夫、プロと比較できるだけマシ。小学生とも比較にならないのがここに2人もいるんだから」
「「うっ……!」」
綾音の痛烈な一撃に俺とまっちゃは大打撃を受ける。
そして、このボウリング会にはもう1つ地雷原が存在していた。
「…………」
「怖いなぁ。そんなにこっちを睨んでどうしたのかな?私何かしたかなぁ」
隣のレーン──けいちゃんがいるレーンには綾鷹とふぃーが座っている。お互いに向かい合って座り、綾鷹は睨み、ふぃーはニコニコとしている様子だ。
俺がボウリング場へ向かう化学部の面々に合流すると、そこにはふぃーも当然かのようにいたのだ。綾音が誘ったらしい。
そして、公正を期すため、グッパーで分かれることにしたのだが、割と最悪な感じに3対3に分かれてしまったのだ。
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。次のゲームを始める前に一旦休憩しようか」
「わ、分かりました」
「そうね」
「あ、ちょっと待って!」
けいちゃんが2人の争いをなだめ、各々が飲み物を自販機で買いに行こうとすると、その前に部長──綾音が声を上げた。
「今日全員集めたのはこれを言いたかったからなんだけど」
綾音はワクワクした様子で言葉を紡ぐ。悲しいことでは無さそうだ。
「今年の夏休み、みんなで夏祭りに行かない?」
「…………あ」
「えぇ、お前今年は高3の夏休みだぞ。状況分かってるのか?」
白餡からの提案は夏祭りにみんなで行こうというものだった。
とはいえ、今年は高3の夏休みだ、受験期ということもあり、毎日10時間勉強が前提みたいな節がある。こんな時に夏祭りに行くだなんて……。
綾鷹が声を上げようとしたのも、おそらくそういうことを言いたかったのだろう。
「だからこそだよ!みんな毎日勉強尽くしで退屈な夏休みを過ごすんでしょ?少しはリフレッシュしないと」
「いやでも……」
「私は賛成〜」
「ふぃー!?」
いち早く賛成の意を示したのはふぃーだった。意外な人物である。
「私もリフレッシュしたいし、遊びたいしね」
「いやでも受験勉強が……」
「1日遊んだくらいで落ちるようなら、そもそも実力不足ってことじゃない?アイスくん」
「なっ、こいつ……」
一々煽ってくる態度には腹が立つものはあるが、言っていることは一理ある。
「まぁいいか。1日くらいなら……。他の人は?」
「私はあやねんが行くなら行く」
「お前そればっかだな」
「だって私の行動原理はあやねんにあるし」
「感情が重いな……。けいちゃんは?」
「僕もお祭りに行くこと自体は賛成なんだけど、多分きらら祭りに行くことを想定してるよね?」
「うん!この辺に夏で開かれるお祭りといえばきらら祭りじゃない?」
きらら祭りとは毎年8月上旬に高校の最寄りの駅で開かれる祭りだ。
規模はそこそこ大きく、屋台や神輿、花火の打ち上げなどがメインコンテンツとして挙げられる。
「だよね〜。アイスくんも分かってると思うけど、その日は……」
「え、俺?確かきらら祭りって8月5日6日の土日開催だよな?……あっ」
日程を口にしたことで、俺もその日付に予定が入っていることを思い出す。けいちゃんも同じだ。
「うん。その土日、オープン模試の日だよね」
「なぁぁぁぁぁ。そうだったわぁぁ」
東京にある大学オープン模試。俺たちが受ける初めての本物の入試型模試だ。
当然東京にある大学を志望する人間なら、受けるものであり、うちの高校では学校単位で申し込みがされている。
東京にある大学を志望している俺はなおのこと、まだ志望大学が未定のけいちゃんも腕試しとして受けようと俺が誘ったのだ。だってけいちゃん頭いいし。
「えぇぇ。じゃあ別のお祭りにする?でもまつりつくばは遠いしなぁ。やっぱ駅近の方がいいし」
「でも、オープン模試って14:00くらいまでだし、直ぐにお祭りに向かえば、お祭りが始まる丁度15:00くらいには着くはずだよ。だよね、アイスくん」
「うん、まぁそれなら行けなくはない。かなりハードスケジュールではあるが」
「だよねぇ。そんな無理はさせられないかなぁ……」
「あ、あの!」
皆で迷っていると、声を上げたのは綾鷹だった。
綾鷹が声を張り上げるのは珍しく、全員が彼女に注目する。
「あ、えと。その、私は皆でお祭り行きたいです……。ど、土曜日は模試の一日目なので2人は無理だと思うので、日曜日の午後から……」
綾鷹の言う通り、日曜日の午後からであれば、理論上可能だ。
普段であれば怠惰な俺はハードスケジュールを好まないが、自分の意見を主張することの少ない綾鷹が珍しく声を上げたのだ。
更に、綾鷹とは文化祭を一緒に回るという思い出が作れていない。ここで綾鷹との思い出を作っておきたいというのもある。
「分かった。そこまで綾鷹が行きたいってんなら、オープン模試が終わった後にお祭りに行こう。けいちゃんも大丈夫かな?」
「僕はもちろん大丈夫だよ」
「お、ってことは決まりかな?」
綾音、まっちゃ、ふぃー、綾鷹、けいちゃん、俺の6人、全員の意見がまとまった。
「8月6日、化学部みんなできらら祭りに行こう!」
「…………」
こうして、俺たち6人はお祭りに行くことが決定した。
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「アイスくん、もっと寄って」
「ちょっ、けいちゃん。恥ずかしいって。それにけいちゃんだってそれだと濡れちゃう」
「むー。アイスは私の傘に入れば良くない?」
ボウリング場から駅へ向かう帰り途中、俺たちは通り雨に降られていた。
夏の風物詩だ。少し待っていれば止むだろうが、正直この短い距離を歩く為だけに長時間待つのは面倒くさい。
そこで、傘をさして歩くことにしたのだが、当然俺は傘を持っておらず、折り畳み傘を持っていたけいちゃんの傘と相合傘をしながら帰ることになっているのだ。
「俺と綾音の身長差だと、俺の腰が悲鳴をあげるか、綾音がずぶ濡れになるかの二択だ。これが一番合理的だよ」
「それは分かるけどさ。嫉妬しちゃうな」
「ふふ、ごめんね白餡ちゃん。今だけはアイスくんを借りるよ」
「けいちゃんは男だぞ?何も嫉妬することなんてないだろう。けいちゃんも悪ノリしないの」
「はは、ごめんね」
あの後──逃避行が終わってからの話だ。俺と綾音が付き合っているということは化学部の人間にだけバレてしまった。
綾音が俺の家に居候をしていることまでバレている。要するに俺と同じ高校の人間でこの秘密を知っているのは、化学部の6人と穂波の7人だけということになる。他の人間にはバレていない……と信じたい。
そしてこの事実を知った結果、激しい動揺を見せた人間が2人いる。
──まっちゃとふぃーだ。
まっちゃは特に綾音に対しての依存が今までよりも激しくなり、綾音ある所に私あり!みたいな状態になっている。
その結果、彼女の家庭が許す限り、俺の家に遊びに来ることが多くなった。
そして、ふぃーはと言うと、俺に接してくる機会が格段と増えるようになった。会話の中身は俺を煽ってくるのが大半だが、過度なスキンシップや上目遣いなどを用いて、的確に俺を誘惑してくるようになった。
ふぃーの態度は読めないものがあった。俺が綾音と付き合い始めたということを知ってから、彼女は俺のことを『くん』付けで呼ぶようになったのだ。
たかが呼称の変化に一々突っかかるものではないと思うのだが、どういう意図で『くん』付けにしたのかどうしても考えてしまう。
紳士的な態度を維持し、俺はその誘惑を無視している日々を続けてはいるのだが、中々に心身が疲労するものである。
「それにしても、珍しいよね」
俺が綾音の嫉妬を宥めていると、まっちゃが口を開いた。
「綾鷹ちゃんが、天気予報を失敗するなんて」
「…………」
そう。化学部6人が雨に降られる。この状況がかなり珍しいものである。
何故なら、化学部のグループLINEには毎朝綾鷹が天気予報をチャットで送っており、雨が降る時間の予知を伝えてくれているからだ。
その予知の通りでは、今日は晴れで雨が降らない予定だったが、俺たちは今夕立に会っている。
「ご、ごめんなさい」
「あ、違うの。綾鷹ちゃんを責めた訳じゃなくて。そう聞こえたならごめんなさい」
「弘法にも筆の誤りってことだよ。綾鷹ちゃんもそんな気に負う必要は無いよ」
「ま、この中で折り畳み傘持ってないのって、アイスくんだけだしね〜。アイスくんの準備不足に全責任は押し付けられるよ」
「ふぃー……」
綾鷹が申し訳なさそうに謝ったことで、皆でフォローを入れる。ふぃーのフォローの仕方だけは許し難いが。
「さ、最近予知の調子が悪くて……」
「へぇ。予知に調子とかあるの?」
「う、うん。毎日の天気予報もたまに聞こえない時もあるし、き、聞こえても外れることがあって。ど、どうしてだろう。疲れてるのかな」
「んー。まぁ無理して使うようなものでもないんじゃないかな。普通の人間は予知なんて出来ないんだしさ」
綾鷹が予知をすることで疲労を溜めているのであれば、無理をする必要は無い。これは本心である。
しかし、その言葉と同時に、俺は今日の穂波との会話を思い出していた。
『予知は嘘』
予知は本当に嘘の存在であり、綾鷹の欲求が原動力となっているものだとしたら?
予知の失敗とは何を意味するのだろうか。
綾鷹の欲求が薄くなっている?
いや、こんなものは穂波が考えたただの仮説である。検討するのも微妙な問題だ。
「で、でも……私は予知が……」
「え?」
「………………。いや、いい。大丈夫」
綾鷹が小声で何か言ったような気がしたので聞き返すが、笑顔ではぐらかされてしまう。
その綾鷹の笑顔は、あの時と同じだった。
タートルトークの前、白餡が見せた時の笑顔と同じ。その雰囲気を俺は感じ取った。
その笑顔の表す真の意味は『諦観』──諦めだ。
綾鷹は何かを諦めてしまっている。そう結論づけるには十分なほど、その乾いた笑顔は俺の頭の中へと釘付けになった。
「……っ!」
「アイスくん、肩が濡れているよ」
「ちょ、けいちゃん」
俺が綾鷹との会話で動揺していると、けいちゃんが俺の腰に手を回し、体を抱き寄せてくる。
脳がいろいろな情報を処理しきれていない。
「もーー。じゃあ私もそこに入る。3人で傘さそう」
「ちょっ、綾音抱きつかないで。傘当たってるから、俺が逆に濡れまくりだから」
堪忍袋の緒が切れたのか、綾音は俺に抱きつき、周辺がカオスな状況になる。
まっちゃはため息を付き、ふぃーは笑っている。
しかし、前方にいる綾鷹の目、それは冷ややかなまでに俺のことを見つめていた。
「綾鷹……」
「ん?アイス何か言った?」
「……。いや、なんでもない」
綾鷹に関して、何かしなくてはならない。
その決意が俺の中に染み渡った。
12章 夏休みは終わってる
の更新は11/20となりそうです。お待ちください。
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