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7章 父親は終わってる

 俺は雨でずぶ濡れになりながら、スマホを操作する。液晶端末が濡れることで思うように画面が反応しないのがもどかしい。

 そして、1人の人間に早急に電話をかける。

 

「もしもしもしもしもしもしもし??」


「うるさ、聞こえてるって」


「まっちゃ聞こえてるか!?今すぐ白餡の住所を教えろ!!」


「はぁ?ツーツーお求めの情報は個人情報保護の観点からお伝えできませ」


「冗談言い合ってる場合じゃねぇ!!教えろ!!」


 俺は茶化すような感じで受け流そうとしているまっちゃに対して大声で怒鳴り、冗談を中断させる。


「……何よ。ストーカーする訳じゃないでしょうね」


「あぁ違う。何もやましいことは無い。だから教えてくれないか?」


「……はぁ。まぁいいか。あやねんに問い詰められたらアイスに脅迫されたって言うからね。ひたち野うしく市○○2丁目1846-3」


「あぁ!!助かる。恩に着るよ!」


「それで何に使うつも」


 ガチャリ


 俺はまっちゃと無駄口を交わす暇もなく、全力ダッシュをする。

 こんなことなら運動部に入って基礎体力をつけておくんだった。いやそしたら白餡と友達にすらなってなかったんだけど。


「はぁ……はぁ……。ひたち野うしくは……こっち側で2駅だな」


 学校から駅までの所要時間12分という世界新記録を樹立し、駅の改札に飛び込む。

 田舎の電車は本数が極端に少ないので心配だったが、丁度電車がホームに居る様子で助かった。

 俺は閉まりかける電車の扉を見て、駆け足で体を横にして滑り込ませる。


「セーフか……」


 これを逃したら次の電車は20分後だ。待っていられるわけが無い。

 アナウンスでは『駆け込み乗車は御遠慮ください〜』といった放送が流れる。おそらく俺単体に向けての注意喚起だろう。

 そして、今のうちにスマホの地図アプリで駅から先程の住所までの経路を探索する。

 当然1番時間距離が短いルートだ。

 そして、そもそもどうやって白餡の家に入ればいいというのだろうか。

 白餡がインターホンに出ないことはおおよそ確定している。だから、家族内の誰かが出ることにはなるのだろうが、言い訳が思いつかない。

 同性同士であれば、遊びに来た程度の理由で家に上げて貰うことは出来るだろうが、異性ともなると、友達というだけで家にあげてもらえる確率は非常に低いと言えるだろう。

 じゃあ押し入るというのか。それはそれで不法侵入として取り押さえられてしまう。何か良い案は……。


「次はひたち野うしく〜、ひたち野うしく〜」


「もう着いちゃったか」


 目的の駅へと電車が到着したようなので、改札ダッシュをかまし、先程調べたルートで一直線に白餡の家と思われる場所へ向かう。

 そしてその住所に着いたのだが、そこに拡がっていた光景を見て、俺は思わずたじろいでしまう。


「これが白餡の家……?」


 豪邸ではあるのだ。豪邸ではあるのだけれど、どこか寂しげな様子を感じさせられる。

 門の奥には庭が一面に拡がっており、噴水やら池やら家庭菜園やらがそこかしこにある。

 ただ、それとは対照的に家が小さすぎるのだ。家のサイズでいえば普通の住宅街にあるようなサイズである。

 なにか、家が広い空間の中でただ寂しそうにポツンと取り残されているような雰囲気なのだ。


「とりあえず呼び鈴を鳴らすか」


 俺は門の隣に設置されていた呼び鈴に手をかけ、音を鳴らす。

 ピンポンという音が鳴り響き、誰かがインターホン越しに声を掛けてくるのが聞こえた。


「はい、白井です」


「すみません白あ──綾音さんのクラスメイトの井上と申します。本日休みだった分のプリントを届けに参りました」


 呼び鈴の向こうにいるのは少し若めの女性の声、白餡に妹が居たのだろうか。

 そして、プリントなんて持ってきていない。こんなのは真っ赤な嘘だ。


「ありがとうございます。ではそちらのポストに入れておいて……」


「すみません。委員会の方での打ち合わせのプリントもありまして、直接綾音さんとお話がしたいのですが、よろしいですか」


「……いえ、今家の方に両親がどちらもおらず、許可なしに他所様を家にあげるというのは……」


 焦れったい。俺は今こんな所で足止めを食らっている場合じゃないのに!

 こんなことをしている間にも手遅れになっている可能性だって……。


「すみません急用なんです。私は貴方たちのお父様と面識もありますし、大丈夫ですよ」


「そうですか、父の知り合いということでしたら分かりました。今門を開きますね」


 これも嘘だ。ただ、白餡の父親とは1回和菓子屋の前で数秒口論をした実績がある。面識はあるだろう。

 そして、柵のような黒色の門が開く。

 開くやいなや、俺は全速力で庭を後にし、本体の家の入口までたどり着く。

 同時にドアがガチャリと開いたので、その開く扉を強引に自分の力でこじ開け、靴を脱ぎ捨てて、とりあえず階段を駆け上がる。

 子供の部屋なんてものは大抵2階にあるのが定石だろう。


「え、あ、ちょっと!?」


 いきなり不躾に2階へとダッシュで向かう俺を見て、泥棒か何かと勘違いしたのか、白餡の妹と思わしき人物も急いで俺を追いかけてくる。


「クッソ……どれだ」


 2階についたが、如何せん部屋の数が多い。

 片っ端からドアを開けていくが、倉庫や風呂場、トイレ、あとは違う家族の部屋などで、白餡の部屋がヒットしない。


「ちょ、ちょっと!何してるんですか!」


「どけ、次は3階だ」


「と、通すわけないでしょう!?いい加減に……」


 全ての扉を開けたが、白餡の部屋らしきものは見つからなかった。

 ならば次は3階だ。しかし、流石に妹と、それに弟らしき人物が挟み撃ちで俺を捕まえようとする。


「すまないが、力づくだ」


 俺は年齢差がかなりあるであろう弟の方を突き飛ばし、3階に続く階段へ向かう。

 3階も部屋数が多い。どこに向かえばいいのか……。


 バタン!ギギギ……


「は?」


 すると階段から見て1番奥の部屋から何かが倒れる物音がした。嫌な予感がする。

 しかし、両親はいないらしいし、白餡が居るとすればあの部屋だ!

 俺は真っ先にその部屋へ向かい、扉を勢いよく開ける。

 部屋の中身は一切確認しない。ただ、目の前に入ってきた、部屋の中心に浮かぶ小さな物体目掛けてダイブし、それを勢いのまま床へと叩きつける。


「おい白餡!おい!返事しろ!」


「けほっ、けふっ、い、痛いバカ」


 俺は床へと叩きつけた白餡に覆いかぶさりながら白餡の顔へと容赦のない往復ビンタを叩きつける。

 白餡は咳き込みながらもきちんと返事をしてくれた。良かった。


「背中や首に痛みはないか?縊首による死因は気道圧迫もあるが、脊椎や首の骨の骨折等も考えられる」


「い、いや別に。私身長149.8cm体重43kgの軽めな人間だし……。そんなことより、アイスなんでお前ここに」


「なんでも何もあるかよ!!」


 俺は大きな声を出したあと、続けざまに大粒の涙を流して泣く。

 涙は頬をつたい、そのまま白餡の顔へと打ち付け続ける。


「お前ふざけんなよ……こんだけ心配かけさせて……そんでこんなことまで……。俺が来なかったら今頃お前どうなってたんだよ!!」


「……………………ごめん」


 泣きじゃくる俺とは目を合わせず、白餡はただぶっきらぼうに俺に謝ってくる。


「お、お姉ちゃん大丈夫……きゃあ!?」


 2階から上がってきた妹が白餡の部屋に入ってくると、彼女は驚いて悲鳴を上げる。

 俺が白餡を押し倒していることに驚いたのかもしれないが、様子を見る限り、部屋の中心に吊るされているロープ。あれを見て驚いたのだろう。


「お、お姉ちゃんそれ……」


「結愛……ごめん」


 部屋の中央に吊るされているロープ。形状を見れば、白餡が何をしでかそうとしていたのかは、誰が見ても明らかだ。

 これで妹さん──結愛さんからの俺の誤解も解けただろう。


「白餡、お前なんでこんなことしたんだ」


 そしてこの一週間もの間、俺を悩ませ続けてきた謎。その本質に迫る。


「……明日、私はお見合いがあるらしいの」


「お見合いって……白餡結婚するのか?」


 それは初耳だ。明日は白餡の誕生日でもある。日本の法律では18歳になれば結婚は出来るから、誕生日に合わせて即結婚という話だろう。


「それで、お見合いが嫌だから、……死のうとした」


「お前……そんなことで」


 思わず本音が口を滑って出てしまった。

 しかし、それが白餡の逆鱗に触れ、逆に白餡に突き飛ばされ、俺は尻もちをついてしまう。


「そんなことって何!?アイスにはこの苦しみが分からない!?生まれた瞬間に自分の将来は決まっていて、好きでもない人と結婚させられて、一生をその人と過ごし、誰にも『私』を認識されないまま生涯を終えるの。ねぇ、こんなの奴隷と何が違うっていうの!?」


「それは……」


 俺は将来に対して漠然とした不安を持っている。

 だからこそ、誰かに人生のレールを敷いて貰えるというのは幸せな事だと思っていた。

 でも、白餡にとってそれは違う。そんなことは今の白餡の顔を見れば一目瞭然だった。あんな苦しみに顔を歪ませている白餡を俺は初めて見た。


「私ね、化学者になりたいの」


「あぁ。凄く良いと思うよ」


「でもね、そんな事が許されるわけないでしょう?私はこの家に生まれたんだから、名家に嫁がなきゃいけないんだから。だったら、……だったら最初から何にも興味を持たず、何も得意じゃない人間として生まれたかった。何も好きにならず、何も嫌いにならず、感情なんて無いまま産まれてくれば幸せだったんだ!!」


「……」


 俺は何も言い返せない。いや、何を言うべきか、俺には分からなかった。それが正しい。ここで俺が何かを言うにしては、俺と白餡の境遇はあまりにも違いすぎる。

 白餡の欲しいものを手に入れてしまっている俺、俺の欲しいものを手に入れてしまっている白餡。この2人が分かり合うことなど……ない。


「ねぇ、何か言ってよ。お願い。私の知識も脳みそだって移植して全部あげるから、私の代わりに私の夢を叶えてよ……。お願いアイス……。アイスはそれが出来るんだから……。」


「それは違うよ」


「な、何が……」


 だが、白餡のこの発言には明確な意志を持って反論することが出来た。

 だって……


「自分の夢は、自分で叶えなければ意味が無い」


「それが出来たら!!」


「出来るよ」


 俺は白餡の肩に両手を置き、そっと優しい声で呟く。そして、俺の背後──部屋の入口に新たな人の気配を感じた。


「何事だ」


 聞いたことのある声、冷ややかな視線。間違いない、白餡の父親だ。仕事から帰ってきたのだろう。

 白餡の母親と思わしき人も一緒だ。共に仕事に出ていたのだろうか。


「白餡、立ち向かうよ」


「え、あっ」


 俺は床に座り込む白餡を立たせ、それと同時に白餡の父親を鋭い視線で睨み続ける。

 白餡の反抗期の手伝いを俺は任された。


 ───────────────────────



 リビングに向かい合って座る。

 俺の隣には白餡。そして、俺と白餡の向かいには父親が1人、中央に座っている。

 3人の目の前には母親が入れてくれた紅茶が置かれているが、俺以外の紅茶は減っている様子が見れない。


「まず、お前は誰だ」


 心外だなぁ。この前和菓子屋さんの前で会ったじゃないですか。と、軽口を言いそうになったが、状況が悪化しそうなので慎む。


「お初にお目にかかります。私綾音さんと同じクラスかつ、同じ部活で友人をやらせていただいております。井上爽と申します。以後お見知り置きいただければ幸いです」

 

「そうか」


 反応薄いなぁー。

 俺には最初から興味がなかったかのように、俺の方から視線を外し、父親の視線は白餡への方へと向かう。


「何故あんなことをした」


 次は父親から白餡への質問だ。あんなこと──父親も白餡の部屋に吊るされていたロープは視認済みのため、白餡が何をしようとしていたのかは分かったのだろう。


「お見合いが……嫌だったから」


「何故だ。あの中に良いと思える人が居なかったのであれば、私に言えば良いだろう。他の人間だって多数見繕うことが出来る」


「そうじゃなくて……」


 白餡は子供みたいな様子で縮こまる。和菓子屋の前で、白餡は『お父様』というように父親のことを呼んでいた。

 だとすれば、これは形式に囚われたお嬢様としての白餡ではなく、本当の自分として、父親と会話しているということなのだろう。


「私はお見合いなんてしたくない」


「……何故だ」


 父親は簡潔に理由だけを問おうとしてくる。正直この詰められ方は心地よくない。


「私はもっと自由に生きたいの。親に決められた相手と結婚なんてしたくないし、本当は家事とかだって学びたくない。だって……」


 白餡は口にたまった何かを飲み込む様子を見せ、そのまま立ち上がり大きな声で言葉を発する。


「だって私は化学者になりたいから!」


 ……よく言えたな。白餡。


 ───そう、褒めてやりたくなった自分が居た。


「本当は大学も化学が専門的に学べるところに行きたいし、博士課程にも進みたい。そして、いろんな研究機関で化学に対する知見を深めて、そして出来ればなにか新しい発見を見つけたいと思ってる!だって、私は化学が好きなんだもん!」


「止まらないな……」


 白餡が今までおそらくこの家で溜め込んでいたのであろう本音を一斉に吐き出している。

 化学に対する熱い愛は、留まることを知らない。ずっと白餡の語る言葉は止まらない。

 これだけ子供の熱い想いを聞いたんだ。親なら少しは考えを変えてあげてもいいはず。というか、普通の漫画とかアニメだったらここで親が改心して──


「え」


 そう思い、俺は白餡の父親の方を向くが、彼の表情は誰がどう見たところで明らかだった。


『怒り』である。


 今の白餡の様子を見て、何に怒りを感じることが出来るのだろうか──


「ダメだ」


「うっ」


 その般若のような表情から低い声で一言、否定の言葉を入れられるだけで、白餡は反射的に言葉を紡ぐのをやめてしまった。


「何度も言っているだろう。女が理学を学んで何になる?それが将来なんの役に立つというんだ?」


「お、お父さんそれはいくらなんでもひど」


「役に立つよ」


 白餡が自分の意志で父親に対して反論する。


「化学は私たちの身の回りにたくさんあるもん。それこそ、私たちが普段使っている電化製品なんかは化学なしには説明できない。料理や洗濯、洗濯においては洗剤とかも化学だよ。ミセルコロイドだもの」


「白餡……」


「私は、最前線で活躍している人をただ裏側から補佐するだけの人生なんて嫌だ!!私は化学の最前線に生きる者として、この世界をより良いものにしていきたいの!私自身が活躍できる人間になりたい!!」


「……」


 白餡……よく言った。自分の考えをこんなにも丁寧に親にぶつけることが出来る人間がいるだろうか?

 俺が父親だったらもう感動して涙を流している。


 ──しかし、人の思想は簡単には変わらない。


「ダメだ。それは白井家の人間の恥になる」


「うっ」


 父親は断固とした姿勢で白餡の表面する意見をバッサリとシャットアウトする。


「さっきから、家の恥だとかなんだとか、しろあ──綾音さんの意見はどうだって言うんですか?何も考えてないじゃないですか」


「当然だ」


「は?」


「この家に生まれた以上。白井家の名を汚さぬよう、ただその為だけに生きていくのは絶対だ。女として生まれたのであれば尚更だろう。家主として名を継ぐことも出来ん劣等種が、自らの意思を持とうとすること自体が間違いなのだ」


「お、お前……自分の娘に向かって劣等種ってそれは……!」


「部外者は黙っていろ!」


「あつっ!」


 白餡の父親は俺に対して目の前に置いてあったティーカップを投げつけてくる。

 俺に中の液体がびしゃびしゃになってかかったあと、ティーカップは破片となって飛び散り、床へと散らばった。

 温かい紅茶は俺の全身に容赦なくかかり、神経に熱さを伝えてくる。


「この家に生まれた以上、お前のような庶民の価値観では測りきれない業があるんだ。それを理解できないようなやつが口を挟むな」


「だからって……」


 さっきまでの威勢の良い様子はどこへやら、白餡は俯きながら、ぶるぶると震えている。

 そんな白餡の横に、立ち上がった父親が近づき、耳元で話す。


「そう、綾音。お前は劣等種なんだ。ようやく陳腐な夢を諦め、家訓に染ったかと思いきや、ただ演じていただけだったとはな。これでは完全に『失敗作』でしかない」


「……」


 白餡は何も喋らない。何も反論をしない。


「『失敗作』として産まれてきた人間には私も興味は無い。綾音よ。先程部屋で自殺未遂を試みたそうじゃないか」


「……っ」


 俺は父親のその言葉の続きを察し、言わせないようにと立ち上がろうとする。

 しかし、思いがけずティーカップの破片を踏んでしまい、足裏を刺激される。そのまま、座り込んでしまった。


「『失敗作』はそのまま()()()()()()()()()()()()()()


「うっ……」


 室内の空気が凍る。

 そんなこと、そんなことあってはならない。だって、実の親が実の子供に対してそんなこと……。


「おまえぇぇ!!それが実の子供への発言なのか!?」


 俺は考えるよりも先に、白餡を傷つけられたことに対する怒りが脳を支配していた。

 身体はコントロールが効かず、何も考えないまま白餡の父親に対して殴りかかっていた。


「邪魔だ」


「ぐはぁっ!」


 ガシャーン!と花瓶が大きな音を立てて割れる。


 何が起こったのか自分でも分からない。が、白餡の父親に投げ飛ばされたことだけは分かる。

 俺の体はそこにあった戸棚に打ち付けになり、上に置いてあった花瓶は俺の頭上に落ち、粉々になる。

 花瓶だったそのガラス片は俺の肩やら腕やらに刺さり、切り傷を生み出している。


「50を過ぎた老いぼれとはいえ、私にも武道の心得はある。素人相手には負けん」


「クソ親父……それでも本当に人間か?」


 娘を守るための暴力ではなく、これでは娘を攻撃するための暴力だ。

 そんな暴力を世の中にいる父親が奮っていいはずがない。


「このうるさいガキは絞め殺してしまっても構わないのだろう?私には警察にも弁護士にも検察にも上層部に知り合いが大量にいる。高校生のガキ1人殺したところで罪に問われることはない」


「もうやめて!!」


 俺の散々たるやられ具合を見て、白餡が叫びをあげる。


「もうやめてください……。お願いします。私が悪かったです。だから……だから、アイスは……殺さないでください。なんでも言うことは聞きます」


「くっ……」


 卑怯だ。

 俺は白餡が死ぬのを無理やり防いだ。そんな俺に、今の白餡を止める権利は無い。

 せっかく白餡が夢の第1歩を踏み出せたというのに、俺のせいでそれが無下になってしまうなんて本末転倒だ。

 それを聞いた白餡の父親は白餡の元へと歩み寄る。そのまま腕を掴み──


 ──そして、白餡を俺の方へと投げ飛ばした。


「いたっっっっ!」


「おいお前!娘に何を……!」


 白餡の父親が白餡を投げ飛ばしたことに動揺する。父親が娘にやっていい行動じゃない!


「綾音はもう用済みだ。白井家の娘として相応しくない。『失敗作』にはここで2人まとめて消えてもらった方が都合が良い。綾音にとっても都合が良いだろう?お前は死にたがっていたんだ」


「……」


 そのまま白餡の父親はダイニングの先程まで茶が置かれていたテーブルを大きく持ち上げる。

 隣で座り込む白餡は運命を受けいれたかのように目をつぶり、俯く。


 ──運命?

 ──変えられるといいね。運命。


 そうだ。俺は運命なんかに縛られたりしない。でも、どうやって。


 ()()()()()()()()()()()()()になんてどう対処すれば……。


 ──そこから『逃亡』するしかない。


『逃亡』……。逃げる?ここから、どうやって?何処に?


「2人まとめて死ぬといい」


 白餡の父親がテーブルを振りかぶる。

 ダメだ!そんなこと考えている場合じゃない!


「白餡!行くよ!」


「えっ」


 俺は隣にいた白餡の腕を掴み、残る気力を振り絞って一直線に玄関へと向かう。


「どこへ行く!?」


 後ろから白餡の父親が追いかけてくる。

 しかし、リビングから玄関までの道は一本道、玄関の傍にあった靴棚を蹴飛ばして倒し、時間を稼ぐ。

 俺は玄関に投げ捨ててあった自分のリュックを取って背負い、そのまま白餡の靴も取って外へと逃げ出す。


「おい待て!!」


 後ろで白餡の父親が靴棚を修復しようと戻している間に、俺は白餡の腕を掴みながら全速力で公道をダッシュする。

 捨て台詞なんてものは吐いていられない。ただ、ただ逃げるために一直線に走り出す。


「あ、アイス足痛い」


「しゃーねぇな」


 白餡が靴を履いていないため、足裏に石が刺さって痛いことを主張してくる。

 だが、現状そんなに家から離れていないため、距離が取れるまでは走るのをやめたくない。

 そこで俺は白餡の体を抱え込み、お姫様抱っこの体勢を取る。


「え、ちょっ!?アイス!?」


「我慢しろ。隠れられそうな路地裏が見つかるまでだ」


 俺は無我夢中で走り続ける。

 追いかけてくるのであればおそらく車だ。

 だから、なるべく車の通れない家と家の隙間を駆使して距離をとる。目指すは駅だ。


「とりあえず一旦ここか……?」


 俺は住宅街の中にひっそり佇む公園を見つけたので、そこに入る。

 この公園の出入口は東西南北に4つもある。挟み撃ちでもされなければ充分逃げ切れる構造だ。


「ほら白餡靴履いて」


「あ、うん」


 俺はさっき咄嗟に玄関から拾ってきた白餡の靴を渡す。

 さて、ここからどうするかだ。

 現状2人の荷物は俺の学校へ持っていく用のリュックしかない。しかも、白餡は私服であるものの、俺は学校から直接来たので制服だ。

 幸い、もう6月ということもあり、学ランは羽織っていない。ワイシャツもあいまって、クールビズ中のサラリーマンに見えないこともないだろう。


「近くのコンビニ寄って、そのまま駅まで行こう」


「駅って……。アイスどうするつもりなの?」


「決まってるだろ。逃げるんだよ遠くに」


「そんなこと言ったって。どこに、どうやって?」


「決めてない。ただ、出来るだけ遠くへ。誰にも見つからない場所へ一緒に逃げるんだ」


「で、でもそんなことしたら怒られるし」


「あんなやつのことは忘れろ!」


 俺は白餡の方に両手を乗せ、圧をかけるように語りかける。


「あいつは、あれはお前を殺そうとしたんだぞ?そんなやつは家族じゃない。ただの人殺しの他人だ」


「…………」


 白餡は涙をこぼす。

 誰でも親に殺されかけたらそうなるに決まっている。当然の帰結だ。


「……行こう。まずは駅を目指すんだ」


「うん」


 俺らは追っ手が来る前に駅へ向かう。

 周りに注意しながら、細い路地を通りつつ進んでいくと、なんの障害もなく駅にたどり着くことが出来た。


「駅には着いたけど……、ここからどこに行くつもりなの?」


「出来るだけ遠くへ。追いつけないほど遠くに逃げよう」


「え、いやでも私財布とか持ってないよ?」


「大丈夫、俺の財布の中にポンケモンカードが入ってる」


「え?」


 俺はカバンの中から財布を取りだし、その中から1枚のカードを取り出す。

 プラスチック製の頑丈なスリーブというか、額縁のようなものに入れて傷1つ付かないように保管していた1品だ。

 ポンケモンシリーズに登場する美少女キャラクターのカードで、小学生の時たまたま買ったパックから登場したものである。


「このカードは今の相場だと大体9万ちょいくらいするはず。これを売ってお金にしよう」


「え、9万!?そんな高価なもの勿体ないよ」


「このカードは売るために持ってたからね。どうしても自分で売って自分のお金にしたかったから、誰にも言わずに18歳になるまで保管してた。茨城じゃ18歳でも高校生じゃカードの売却は出来ないけれど、東京だったら出来る店舗があるって聞いたしね」


「そ、そうなんだ……」


 白餡は下を向いて、困ったような様子になる。

 だからこそ、俺は前を向いてこいつをリードしなければならないと思った。


「だから行こう!東京へ!」


 俺は白餡の手を握り、駅の構内へと入っていく。

 ここから俺らの逃避行が始まるのだ。

8章 逃避行は終わってる

の更新は翌日となりそうです。お待ちください。

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