裏切りの巫女①
紅羽は荒々しく縄で縛られ、怒り狂った村人たちに無理やり引きずられていた。
縄は彼女の手首に食い込み、肌を擦り切れさせている。
「天穹院家なんてこの村にはもう不要だ!」
村人たちの声は激しさを増し、その怒りは、もはや誰にも止められない奔流のようだった。
鋭利な砂利が靴底を突き破り、足裏が切れる感覚に紅羽は歯を食いしばる。
しかし、その苦痛すら、村人たちの罵声に比べれば些細なものに思えた。
「どうして……どうしてこんなことに……」
紅羽は唇を強く噛みしめ、涙が滲みそうになるのを必死で堪えた。
村人たちは紅羽を天穹院家の屋敷へと引きずっていった。
その道中、彼女の目に飛び込んできたのは、破壊された家々や傷ついた人々、そして祭りの名残が無惨に散らばる光景だった。
(こんなところにまで妖怪が…。)
紅羽の胸は痛みに押し潰されそうだった。
視線を地面に落とし、何も見ないように努めたが、頭の中では自分に向けられる憎悪の視線が離れない。
心の中には怒り、悲しみ、絶望が渦巻いていたが、彼女はそのどれをも口にすることができなかった。
村人たちの顔には、話し合いも理解も無意味だと言わんばかりの憎悪が浮かんでいたからだ。
遠くに見える天穹院家の屋敷の輪郭が、いつもと違って歪んでいることに気づいたのは、あと百歩ほどの距離まで近づいてからだった。
紅羽の足が止まった。
かつて美しく威厳に満ちていた天穹院家の屋敷は、もはや見る影もなかった。
正門は無残にも引き剥がされ、庭の石灯籠は倒され、庭園の池は濁り、花々は根こそぎ引き抜かれていた。
建物の一部は崩れ落ち、障子や襖は引き裂かれ、風にはためいていた。
それは自然の力ではなく、何か別の存在の仕業であることは明らかだった。
「おい、見ろよ!」
若い男が前に出て、嘲るように指さした。
「天穹院家の屋敷も、このザマだぜ!」
紅羽が言葉を失う中、村人たちの嘲笑は大きくなっていった。
彼らは恐れるどころか、この光景を楽しんでいるようだった。
(お父さん、お母さん……)
紅羽はその光景に心を揺さぶられながらも、家族の姿を思い浮かべた。
「なんだ、もう妖怪に荒らされてるじゃねえか!
体格のいい男が大声で笑った。
「違いねえ!こんな家、もう必要ない!」
突然、村人たちの中から、一人が前に飛び出した。
手には燃え盛る松明が握られている。紅羽はその動きに気付き、慌てて声を上げた。
「やめて!やめてください!」
だが、男の足は止まらなかった。
彼は屋敷の古びた木製の壁に松明を押し付けた。
最初は小さな炎が木材を舐めるように燃え広がり、次第に大きな火の手となって一気に屋敷を包み込んでいく。
火がつくまでの時間は一瞬だった。乾燥しきった材木は松明の火を受け取るや否や、勢いよく赤い炎を吹き上げた。
燻る煙が黒い柱のように空に立ち上り、辺りに焦げ臭さが充満する。
火の勢いは止まらず、壁から柱、屋根へと炎が貪欲に伸びていく。
「おい、燃えたぞ!」
「見ろ、あっという間だ!」
村人たちの中には興奮したように叫ぶ者もいた。
その光景を前に、紅羽は必死に声を振り絞った。
「やめて!お父さんとお母さんが中にいるの!」
紅羽の叫びは、燃える材木の爆ぜる音や村人たちの怒号にかき消された。
彼女の涙混じりの声がどれほど必死でも、誰一人として耳を貸す者はいなかった。
それどころか、燃え広がる炎を見て笑い声を上げる村人さえいた。
「これで天穹院家も終わりだ!」
「ざまあみろ!」
紅羽はもがき、縄を振り解こうと必死になったが、手首は痛みで痺れるだけだった。