祭りの日④
「皆の者、聞きなさい。」
翠蓮の冷たい声が広場に響き渡ると、村人たちのざわめきが一瞬にして止んだ。
「妖怪どもを村に呼び寄せたのは天穹院紅羽、その者だ!」
翠蓮は、震える紅羽を鋭く指差した。
広場に集まった人々は一瞬息を呑み、凍りつく。
恐怖と不信のざわめきが波のように広がった。
「なんだって……?」
「紅羽様が……?」
驚きと戸惑いの視線が一斉に紅羽に集中する。
紅羽は目を見開き、信じられないという表情で翠蓮を見つめた。
あまりに突然の出来事に、喉が掠れて言葉が出ない。
「天穹院家の結界は、この村を守る最後の砦。それを紅羽が故意に壊したのです!」
翠蓮の言葉が夜の闇に刻まれるたび、村人たちの表情が少しずつ、しかし確実に変わっていく。
最初は驚きと困惑だったものが、それは徐々に怒りと恐怖に染まっていった。
「そんなこと……!」
紅羽はやっとの思いで声を出し、否定した。
しかし、心臓が早鐘を打ち、息ができなくなる。
だが、翠蓮の断言に、炎の光に照らされた村人の顔は、恨みと疑惑で歪み始めていた。
「妖怪に肩入れをしていたんだろう!」
「前々からおかしいと思っていたんだ!天穹院家の者のくせに!」
怒号が飛び交い始め、それは瞬く間に広場全体に広がっていく。
紅羽の胸は恐怖で締めつけられ、足元がぐらつくように感じた。
冷や汗が背中を伝い、震える足はもはや彼女を支えきれなくなりつつあった。
「そんなはずはない!私は何もしていない!」
紅羽は必死に叫んだ。
だが、彼女の言葉は怒号にかき消されてしまう。
「嘘つきめ!」
「天穹院の血を引きながら、村を裏切るなんて!」
村人の一人が石ころを拾い上げ、紅羽に向かって投げつけた。
それは彼女の肩をかすめ、背後の地面に落ちる。紅羽は恐怖で後ずさった。
「皆さん、聞いてください!私は三日前にも北の結界を直したばかりです!故意に壊すことなんて——」
しかし、怒りに満ちた村人たちの耳には、もはや紅羽の言葉は届かない。
別の村人が、燃え残った松明を掲げた。
「この裏切り者!」
「妖怪の手先なんだろう!」
怒りの声は増幅し、紅羽を取り巻く輪はじわじわと狭まっていく。
「みんな、お願い…話を聞いて——」
紅羽の声は震え、涙が頬を伝う。
その一方で、翠蓮はそんな紅羽の様子を冷たい笑みを浮かべて眺めていた。
まるで彼女の悲しみを愉しむように。
「…これを聞いてもそのようなことが言えますか?」
翠蓮は白い巫女装束を翻し、一歩前に踏み出した。
その声に村人たちは一瞬静まり、次に何が起こるのかを固唾を呑んで見守った。
翠蓮はゆっくりと手を上げる。そして、背後に向かって、優雅に人を招く仕草をした。
その動きに応えるように、人影が人垣の隙間から現れる。
「…朱鷺!」
紅羽の心臓が高鳴った。
翠蓮の隣に進み出た朱鷺の姿を見て、紅羽は一瞬安堵の息をついた。
朱鷺が無事でいることが何よりの救いだった。
彼女は数日前、何があったのか知っている。
紅羽の胸に一筋の希望が灯った。
きっと、朱鷺が翠蓮と村人たちの誤解を解いてくれるに違いない。
翠蓮は朱鷺の肩に手を置き、広場の中心へと導く。
「あなたは、天穹院家の従者ね?見たことをここで告げなさい。」
翠蓮が朱鷺に囁く。しかし、その様子に、紅羽は息を呑んだ。
朱鷺の瞳は虚ろで、生気が失われていた。
まるで魂を抜かれたかのように、その目には何も映っていないようだった。
「はい、翠蓮様…。」
朱鷺の声は、まるで遠くから聞こえてくるように小さく、虚ろだった。
彼女はゆっくりと腕を上げ、紅羽を指差す。その指先は微かに震えていた。
「紅羽様が……村を守る結界を解きました。私がこの目で見ました……。」
「!?」
その言葉は広場全体に衝撃波のように広がった。
紅羽は絶句して朱鷺を見つめた。彼女が嘘をつくはずがない。
しかし——明らかに様子がおかしい。
翠蓮に操られているのか、あるいは何か別の力が働いているのか。
そもそも、目の前にいるのは本物の朱鷺なのか。
しかし、その真実を探る余裕は、紅羽にはもはや残されていなかった。
「ふざけるな!俺の家族は妖怪にやられたんだぞ!」
中年の男が拳を振り上げて叫んだ。
その顔は怒りで歪み、松明の光に照らされて恐ろしげだった。
「私の家を返して!」
別の女性が涙ながらに訴える。彼女の背後に立つ子供たちは恐怖に震えていた。
「どうしてこんなことを!」
「天穹院の家もおしまいだ!」
怒号と非難の声が広場を埋め尽くし、紅羽を取り囲む輪はじわじわと狭まっていった。
村人たちの手には石や木の棒、農具が握られている。
その目には、もはや理性の光は宿っていなかった。