祭りの日①
その日、村は年に一度の大祭で賑わいを見せていた。
通りは色とりどりの灯籠で飾られ、揺れる光が夜の闇を彩っている。
村の人々は笑顔であふれ、大人たちは酒を酌み交わしながら祭の喜びを分かち合っていた。
紅羽は、その喧騒を背にしながら、急ぎ足で天穹院の屋敷へと向かっていた。
天穹院の屋敷は村の歴史を象徴するかのような古い建物である。
その中では、紅羽の母が長い間病に伏せていた。
薄青い顔で布団に横たわる母が部屋へ入ってきた紅羽に気づき、微かに微笑んだ。
「紅羽、祭に行ってきてもいいのよ。こんなところに閉じこもっていたら、楽しい時間を逃してしまうわ。」
母の声は弱々しかったが、その瞳は優しく、紅羽を気遣っていることが伝わった。
しかし紅羽は首を横に振った。
祭の喧騒が窓越しに微かに聞こえてきても、彼女は自分を奮い立たせるように静かに唇を結んでいた。
「紅羽。」
母は少し強い口調で言った。
「今日はお父さんが側にいてくれるから大丈夫。お祭りは年に一度のものよ、あなたも楽しむべきだわ。」
紅羽の視線が揺れた。
「お母さんがそう言うなら……」
母はそんな紅羽を見て優しく微笑んだ。
「朱鷺も連れて行ってらっしゃい。」
母の言葉に背中を押されるように、紅羽はゆっくりと立ち上がった。
彼女は机の上に置かれていた赤い紐で編まれた髪飾りを手に取った。
それは母が健康だった頃、紅羽のために作ってくれた大切なものだった。
髪を結び直しながら、紅羽は母を横目で心配そうに見つめていた。
「行ってきます。」
紅羽がそう言うと、母は柔らかい声で「行ってらっしゃい」と返した。
外に出ると、夜風が頬を撫で、少し冷たくなり始めた秋の空気を感じた。
「朱鷺!おいで!」
「紅羽様!」
呼びかけると、屋敷の庭先にいた朱鷺がぱっと振り向き、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「紅羽様!」
朱鷺の瞳は好奇心に輝いていた。彼女もまた、この祭りを楽しみにしていたのだ。
紅羽は少しだけ微笑み、差し出された朱鷺の手を取る。
二人は手を繋ぎ、次第に足を速めながら、光と音に満ちた大祭の喧騒へと紛れ込んでいった。