紅羽と朱鷺③
「紅羽様は……どうして、そこまでされるのですか?」
竹林を歩く紅羽の背中を見つめながら、ふと、朱鷺の口から問いがこぼれた。
紅羽はどうして、こんなにも献身的なのか。
人間と妖怪の共存を願い、結界を守り、村のために力を尽くしている。
それが当たり前のように——自分を顧みることもなく。
朱鷺の言葉に紅羽の足が止まる。
彼女はゆっくりと息を吸い込み、竹の葉が揺れる影を見つめた。
「私たち天穹院は、ただ妖怪を封じるだけの家ではなかったんだよ。」
その言葉に、朱鷺は目を瞬かせた。紅羽は静かに続ける。
「昔の記録には、妖怪たちと話し合い、時には助け合って暮らしていたことが書かれている。それが私たちの誇りだったんだ。」
紅羽の声には、誇りと同時に、どこか物悲しさが滲んでいた。
朱鷺は紅羽の言葉にじっと耳を傾けながら、胸の奥に不思議な気持ちが入り混じるのを感じていた。いつの間にか、瞳が潤んでくる。
「天穹院家はその橋渡しをしていたんだ。人間も妖怪たちが幸せに暮らせるように。」
袖口で目元を軽くこすりながら、朱鷺はぽつりと呟いた。
「そんな……それって、人間たちがみんな私と紅羽様みたいな関係だったんですか?」
紅羽はその言葉に少し驚き、そしてすぐに穏やかに微笑んだ。
「そうだね。きっとそうだったんだと思う。もちろん、今ではそんな関係は珍しいのかもしれないけど。」
竹林を抜ける風が、二人の間を静かに流れていった。
紅羽の声に宿るのは、ほんの少しの寂しさだった。
朱鷺はそれを敏感に感じ取り、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。
「私は、妖怪も人も、平和に暮らせるのが一番だと思う。それを守るのが、きっと天穹院の務めなんだよ。」
紅羽はそっと朱鷺の頭を撫でた。その手の動きは、慈しみに満ちていた。
朱鷺はそんな紅羽の横顔を見つめる。強くて、優しくて、どこか儚げな人。
朱鷺は自分が妖怪でありながら、こうして人間の紅羽と一緒にいることの奇跡を改めて思い知った。
「……紅羽様。」
ぎゅっと紅羽の袖を掴む。
「私も、おそばにいます。」
その小さな声に、紅羽は目を細め、そっと朱鷺の手を握り返した。
「うん。頼りにしてるよ、朱鷺。」
朱鷺の頬がぱっと赤くなり、嬉しそうに微笑む。
そしてこの日々が、永遠に続けばいいと、朱鷺は幼い心で強く願った。