紅羽と朱鷺①
「朱鷺、頭に葉っぱがついているよ。」
紅羽は歩きながら、隣に並ぶ朱鷺の頭をふと見た。
細くしなやかな黒髪に、ひらりと舞い落ちた小さな葉がちょこんと乗っている。
紅羽は一瞬、小さな笑みを浮かべた。
「動かないで。」
その一言とともに、紅羽の指が朱鷺の髪へと伸びる。
葉を摘み取ると、朱鷺はぱちりと瞬きをし、わずかに頬を膨らませた。
「…気づきませんでした。」
「妖怪のいたずらかもね!」
紅羽はくすりと笑い、朱鷺の髪を軽く撫でた。
朝の竹林は、風がそよぐたびに小さな葉擦れの音を立てる。
ひんやりとした朝の空気を吸い込むたび、心が清らかになるような気がした。
「…葉っぱは取れたけど、ちょっとボサボサになっちゃった。」
「えっ!? うそです!」
朱鷺は慌てて髪を両手で整えようとする。
しかし、その仕草がどこか子どもっぽく、紅羽は思わず吹き出した。
——朱鷺と最初に出会ったのは、まだ紅羽が幼い頃だった。
紅羽の隣を歩いている少女の正体は、小鬼の妖怪だ。
紅羽の父が山の奥で独り佇んでいた彼女を見つけ、家へと連れ帰ったのだった。
それ以来、朱鷺と名付けられたその小鬼は紅羽の傍らに仕え、まるで姉妹のように寄り添ってきた。
紅羽は朱鷺のことを、本当の妹のように愛しく思っていた。
二人は並んで竹林を歩く。踏みしめる土の感触も、そよぐ風の匂いも、どこか懐かしく、馴染み深いものだった。
やがて、竹林を抜けると、眼前に広がる村は平穏そのものだった。
田んぼの水面が朝日を反射し、農夫たちが働く姿が見える。
彼らは紅羽に気付くと、一斉に顔を上げ、親しげな笑みを浮かべた。
「紅羽様、また結界の様子を見てくださるんですか?」
年配の農夫が額の汗を拭いながら尋ねる。
その声には深い敬意が滲んでいた。紅羽は軽く頷き、穏やかに応じる。
「ああ、今日も少しだけね。」
朱鷺はそのやりとりを見守るように立っていた。
かつて天穹院家は、祭神の力を借り、村を守ることで敬われていた。
しかし、その力は世代を重ねるごとに薄れ、今では名ばかりの存在と揶揄されることも少なくない。
それでも、紅羽は村人や妖怪たちと向き合い、彼らの調和を守るために力を尽くしてきた。
「天穹院の名が泣いている」
そんな皮肉を向ける者もいた。だが、紅羽は気にも留めない。
竹林の向こうでは、妖怪と人間が共存するこの山の風景が広がっている。
鳥妖が枝の上から農夫たちを見守り、川では魚妖が水面を揺らしながら遊んでいる。
——この景色を、自分がずっと守れたらいい。
この村のそんな風景を、紅羽は愛おしく思っていた。
そんなことを思っていると、横から朱鷺が袖を引く。
「紅羽様、帰ったら髪を梳いてくれますか?」
「もちろん!」
紅羽は朱鷺の手を軽く握り、温かな笑みを浮かべた。
そして、二人は寄り添うように歩いていった。