邂逅と策略②
二人が神殿を出ると、数人の男が待っていた。
彼らは翠蓮を見るとすぐに頭を下げた。
「どうでしたか、翠蓮様」
体格の良い男が声を潜めて尋ねた。
彼らは神殿の警護をしている村人であったが、実際は翠蓮の忠実な手下であった。
粗末な麻の衣服に身を包み、腰には刀を差している。
「計画通りです。隣村の長様にはそう伝えて。」
翠蓮は冷静に答えた。
「なぜあの男を生かしているので?殺してしまえば良かったのでは?」
別の男が声を強めて言った。
「まだよ。」
翠蓮はそう言って男を鋭く見据える。
「周囲の村々へ言伝をしてもらわなければ。仮にも、この村を何百年も治めてきた一族の長ですもの。まだ、利用価値があるわ。」
翠蓮は薄く笑みを浮かべた。
その笑みは彼女の白い肌と朱色の唇によって、いっそう不気味さを増していた。
「目も見えぬ、体も動かぬ。自らの置かれている状況もわからぬ惨めな男よ。」
翠蓮は顔を歪め、言葉を切った。
「死骸となんら変わりないわ。今は我々の言葉を伝える道具として利用しましょう。」
村人は翠蓮の言葉に下品な笑みを浮かべ、互いに顔を見合わせて頷いた。
「それより」
翠蓮は横にいる年長の男を睨みつけた。
「紅羽はまだ見つからないのですか?」
その言葉に、周囲の男たちの表情が一瞬こわばった。
「いいえ…、別の者が山へ入って探しておりますが、深い霧に阻まれて…」
「なんですって?」
翠蓮の声に怒りが滲んだ。男は慌てて頭を下げる。
「しかし、翠蓮様。東の方で、妖怪が現れたという話を聞いています。まさか、本当に結界が壊されたのでは…。」
「そんなことがあるものか!」
翠蓮は怒鳴り、男を睨みつけた。
「愚か者め!私が祭神様の力を借りて結界を修復したのだ!」
翠蓮は声を荒げた。あの日、村を妖怪に襲わせたのは、誰でもない翠蓮だった。
密かに結界の一部を弱め、妖怪を村へ招き入れたのだった。
つい先日、彼女は「紅羽が結界を破った」と村中に触れ回ったが、実際、結界は元のまま貼られていたのだ。
自らの手で村を妖怪に襲わせておきながら、その罪を紅羽になすりつけたのだった。
「も、もちろん承知しております!」男は汗を拭いながら答えた。
「ならば早く紅羽を見つけなさい!」翠蓮は声を荒げた。
村人たちは顔色を変え、互いに視線を交わすと、急いで立ち去った。
その足音は次第に遠ざかり、やがて静寂が戻る。
その場に残されたのは翠蓮と朱鷺だけだった。
「腹立たしい!」
翠蓮は歯を食いしばった。
「お前もお前の主人も!」
そう言うなり、突然翠蓮は、朱鷺の頬を思い切り平手打ちした。
朱鷺の体は、人形のように壁に叩きつけられる。
「穢らわしい妖怪風情が!なぜ、お前たちのような不完全な者がこの世に存在しているというの!?」
翠蓮は朱鷺を睨みつけた。炎を映す彼女の目には憎悪の炎が燃えていた。
彼女の白い指が、朱鷺の首に伸びる。
「お前をここで切り刻んでやるのもいいわね!村の入り口に吊るして、見せ物にしてやろうかしら!」
翠蓮は朱鷺の首を掴み、壁に押しつけた。
朱鷺は息苦しさで顔を歪めたが、抵抗はしなかった。
翠蓮は残酷な笑みを浮かべ、朱鷺の耳元でささやいた。
「でも、まだ仕事があるものね。お前にはまだ役目がある。」
翠蓮はその様子を見て、表情を消した。
「全て終わったら、あの男とお前を惨たらしく殺してあげる。祭神様もそれをお望みだわ。」
翠蓮は残酷な笑みを浮かべた。その言葉には、単なる脅しを超えた本物の悪意が込められていた。
「…このままでは済まさない。」
翠蓮は朱鷺の首から手を離した。朱鷺は床に崩れ落ち、激しく咳き込む。
翠蓮はそんな朱鷺の様子には目もくれず、踵を返し、再び神殿の奥へと歩き去った。




