邂逅と策略①
「そんな馬鹿な…紅羽が!?」
慶秋は信じられないという様子で声を震わせた。
神殿の最奥部に設えられた座敷牢の中で、一人の男が苦悶の表情を浮かべて横たわっていた。
部屋の中は薄暗く、一本の蝋燭だけが弱々しい光を放っている。
「あの娘が…村を危険に晒すようなことを…」
「天穹院様、お気持ちはお察しします」
彼を牢の外から眺めながら、翠蓮は静かに言った。
彼女の白い顔には僅かな憐れみの表情が浮かんでいる。
しかし、その言葉は冷たく、無情さを含んでいた。
「私も村の者も、はじめは信じられませんでした。」
男の名は天穹院慶秋。紅羽の父であった。
慶秋は全身を真っ白な包帯で幾重にも巻かれ、その隙間からは赤黒く焼けただれた皮膚が覗いている。
彼は屋敷の炎上によって火傷を負い、その上、両目も失明してしまっていたのだ。
「紅羽が…そんなことをするはずがない…」
慶秋はかすれた声で呟いた。
「しかし現に、あの娘のせいで結界が壊され、天穹院の屋敷もあのように…燃え尽きてしまったのです。」
翠蓮は恭しく言葉を継いだ。
「結界が…壊れた?」
慶秋の声は更に震えた。
「しかし、あの結界は一人で壊せるものでは…!」
「目撃者もおります」
翠蓮は言葉を遮るように言った。
「朱鷺、こちらへ来なさい」
翠蓮がそう言うと、部屋の隅に控えていた少女が、覚束ない足取りで進み出た。
「はい。旦那様、朱鷺でございます」
朱鷺が慶秋へ声をかける。慶秋の顔色が変わった。
「朱鷺!」
慶秋は声のする方へ、包帯に巻かれた顔を向けた。
「無事であったか!お前が生きているなら、私は…。」
「はい…」
朱鷺の声は小さく、彼女の細い指は衣の裾を強く握りしめていた。
「朱鷺、天穹院様に真実をお話しなさい」
翠蓮は優しく促すような声で言った。
しかし、朱鷺は一瞬、翠蓮を見上げた後、俯く。
「朱鷺?…さあ、あなたが見たことを話しなさい」
押し黙る朱鷺を見て、翠蓮は肩を強く握った。
「…はい。私は見ていました。紅羽様が…結界を壊して…」
「それはまことか…?」
慶秋の声は震えていた。
「朱鷺、詳しく話してくれ。紅羽は何を…」
慶秋は懸命に上体を起こそうとした。それを見た翠蓮は顔を歪める。
「天穹院様!どうか、お体を動かさないでください。火傷が悪化してしまいます。」
その言葉に、慶秋は力なく布団に沈み込んだ。
「紅羽…なぜだ…なぜ…」
慶秋は、全身を激しく震わせて慟哭した。
彼の妻は、既に焼け跡となった屋敷から遺体で見つかっていた。
そして、娘は大罪を犯した上に逃亡しているのだという。
その話を、動けぬ体で聞かされた絶望は、常人であれば耐えられないほどの重みに違いなかった。
彼の嗚咽は神殿の壁に反響し、聞くものが思わず耳を塞いでしまうほどだった。
「朱鷺、行きましょう」
翠蓮はそんな慶秋の様子を見てもなお、冷ややかに言った。
「しばらく一人にして差し上げなければ」




