表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

裏切りの巫女④

紅羽は、自分を包む白い光が静かに揺らめきながら進むのを感じていた。

風を切る音だけが耳に響き、視界には闇と揺れる光の影が広がる。

やがて、足元にひんやりとした感覚が戻り、紅羽の体がそっと地面に降ろされた。

「……ここは?」

周囲を見回すと、そこは深い山の奥だった。

高くそびえる木々が月明かりを遮り、わずかに漏れる光が足元をぼんやりと照らしている。

遠くから風が吹き抜け、木々の葉を揺らす音が静寂の中に響いていた。

先ほどまでの炎の轟音や村の喧騒は、まるで夢の中の出来事だったかのように思えた。

(北の山の中だ。)

紅羽が息を整え、辺りを見回していると、彼女の前で白い光が集まり始めた。

その光は空中に渦を巻き、やがて一つの形を成していく。

まばゆい光が薄れ、やがて現れたのは、この世のものとは思えない美しさを持つ青年だった。

長く流れるような銀色の髪は、月の光を反射している。

その肌は磁器のように白く、琥珀色の瞳が紅羽を観察するように見据えていた。

威厳に満ちたその姿に、紅羽は息を呑んだ。

(この人は…?)

彼の周りには、わずかに白い靄のようなものが漂い、足元から立ち上る煙のように見えた。

まるで彼自身が、この世と異界の境目に立っているかのようだった。

「お前が……天穹院の末の者か。」

青年は紅羽をその目に留め、低い声で告げた。

感情の欠片も宿っていない、まるで石像が話しているかのような声だった。

「あなたは誰なの?…もしかして、私を助けてくれたの?」

紅羽は震える声で問いかけた。

その場から立ち上がろうとするが、足がまだ言うことを聞かない。

「私は村に戻らなきゃいけないの。家族を助けなきゃ!」

紅羽は必死に訴えた。しかし、青年はその言葉にも、まるで異質な生き物を観察するかのように、わずかに首を傾げるのみだった。

「お前の父と母はもう助からん。あの屋敷は炎に飲み込まれ、今さら戻っても骨の欠片しか残っておるまい。」

その言葉は、紅羽に真実を突きつけるかのようだった。

紅羽の心情など考慮する様子はみじんもない。慰めも同情も含まれていない声だった。

「そんな…。」

紅羽の体は小さく震え、それまで堪えていた悲しみが一気に押し寄せて来る。

何も考えられない。心の奥で何かが崩れ落ちるような感覚に襲われた。

青年は眉を動かし、ただ冷静に紅羽を見つめる。

「お前のお気に入りの小鬼も、あの巫女にどうされていることか。それに俺はお前を助けたわけではない。」

言葉の意味を理解する前に、青年は紅羽の顔のすぐ近くに迫った。

唇が僅かに開き、細い牙のようなものが一瞬だけ見える。

「お前もこの場で殺してやろう。一人生き残るよりも、家族と共にあった方が良いに違いない。」

その言葉に、紅羽の心臓が一瞬止まったように感じた。

身体の芯から冷えていく。頭の中が真っ白になり、呼吸が止まりそうになる。

しかし————

『紅羽様!』

紅羽は目を閉じ、一瞬だけ深く息を吸い込んだ。

愛しい朱鷺の笑顔を思い出す。パッとまるで花が咲くような笑顔だ。

(朱鷺…。)

家族を失った悲しみが彼女を押しつぶしそうになるが、最後に残った希望を手放すことはできない。

その絶望の淵で、彼女の心に何かが灯った。

涙が頬を伝い落ちるのを感じながらも、紅羽は再び瞳を開いて青年を見据えた。

その瞳には、もはや恐怖はなく、強い決意が浮かんでいた。

「私の命が欲しいのなら、いくらでも差し上げます!」

青年の眉が僅かに上がった。無機質な顔に、初めて驚きの色が浮かぶ。

「でも、せめて朱鷺だけでも助けたい!私の大切な家族なのです!」

紅羽の言葉が山の深い静寂の中に響き渡った。

「そのためなら、この命がどうなってもいい!」

紅羽は冷たい夜風に吹かれながらも、一歩も引くことなく続けた。

その言葉に、青年の瞳がわずかに輝くように見えた。

「家族、と申すか?あの何の力のもない小鬼を…」

青年はじっと彼女を見つめた。その琥珀色の瞳は、紅羽の顔をじっと観察するかのように揺れている。

その表情からは何も読み取れない。風だけが二人の間を通り過ぎていく。

青年の長い睫毛が瞬きひとつせず、まるで時が止まったかのようだった。


やがて、青年は僅かに身を引き、深い溜息をついた。

しかし、何かが変化したように、紅羽には感じられた。

「気が変わった。お前の仇討ちを手伝ってやる。」

彼はその冷たい声を少しだけ和らげた。その言葉に、紅羽は目を見開く。

紅羽は不思議と緊張が解けたような気がした。肩の力が抜け、呼吸が楽になる。

「我が名は白耀(はくよう)。その名を告げよ。天穹院の娘。」

青年が有無を言わさぬ口調で重く告げた。

しかし、その言葉に紅羽はギョッとする。

「まさか…。」

白耀(はくよう)—その名前は、村で祀られている祭神の名前と同じだ。

天穹院家が何世代にもわたって敬い、加護を求めてきた存在。

まさか目の前の青年が———

「何を驚くことがある。俺をあの場に留めたのはお前の先祖だろう。」

紅羽は言葉を失くし、呆然と目の前の男を見つめた。

頭の中で様々な考えが衝突し、理解しようとする思考と、理解を拒もうとする本能が戦っている。

しかし、驚きと疑念が入り混じる中、紅羽は確信した。

目の前の男の正体は祭神そのものなのだ。

「私は天穹院紅羽と申します…。」

紅羽はゆっくりとその場に跪いた。

「祭神様とは知らず…ご無礼を…」

額を土につけようと、頭を下げる。

しかし、その時———

「祭神などと呼ぶな。」

白耀は美しい顔を歪めて、心底嫌そうな顔をした。

その声には苛立ちと何か苦々しいものが混ざっている。

「お前の一族とは契約を交わしている。俺を敬う必要はない。」

紅羽はゆっくりと顔を上げる。

そう言いつつも、威圧するような青年の雰囲気は変わらない。

「天穹院紅羽。お前の覚悟、俺が見届けてやる。」

この青年の前では、どんな虚飾も意味をなさないような気がした。

まるで全てを見通されているかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ