裏切りの巫女②
体は思うように動かず、炎の勢いはますます激しくなる。
「お父さん! お母さん!」
紅羽の絶叫が夜空に響き渡る。
屋敷の中に家族がいるかもしれない――そう思うだけで胸が張り裂けそうだった。
その様子を見た巫女・翠蓮が群衆をかき分けるようにして紅羽の前に現れる。
「妖怪とつるんだ末路がこれよ。」
彼女は紅羽を指差し、その口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「燃え尽きてしまえばいいわ。この村に不幸を呼び込む存在など。」
「翠蓮、なぜ...こんなことを...」
紅羽は震える声で翠蓮に問いかけた。
紅羽には理解できなかった。この一連の騒動が、もし翠蓮の起こしたものなら、なぜこれほどの敵意を向けてくるのか。
記憶が走馬灯のように蘇る。
七年前、春の祭りの準備をしていた日。まだ八歳だった紅羽は、初めて翠蓮と出会った。
「天穹院様、こちらは隣村から来た巫女見習いです。今年から神殿で暮らすことになりました」隣村の村長から紹介された少女は、紅羽よりも二つ年上だった。
緑色の瞳を持つ美しい少女は、皆の前で恭しく頭を下げていた。
「翠蓮と申します。祭神様のために、この身を尽くします。」
その声は清らかで、紅羽は一瞬で彼女に魅了された。
翠蓮は巫女としての修行に勤しみ、神殿の管理をしていたが、村の他の子供たちと遊ぶことは少なかった。
紅羽も天穹院家の娘として特別な教育を受けていたため、彼女と深く関わることはなかった。
祭りの時に顔を合わせる程度で、言葉を交わすことも稀だった。
紅羽は再び翠蓮へ問いかける。
「何の恨みがあってこんなことを...」
「なぜですって...?」
紅羽の言葉に、翠蓮はゆっくりと縛られた彼女を見下ろした。
その瞳に、一瞬だけ怒りのような感情が見え隠れする。
「お前たち天穹院家が、祭神様を冒涜する穢れた存在だからよ」
翠蓮は吐き捨てるように言った。
「村を救ったのは祭神様だけよ。それなのに天穹院家は…」
翠蓮は憎悪に燃えた瞳を紅羽に向け、続けた。
あの静かで穏やかな少女はどこへ行ったのか。
目の前にいるのは、憎悪と狂気に満ちた見知らぬ女だった。
「天穹院家は、まるで自分たちが救世主であるかのように振る舞い、村で崇められてきた」
翠蓮の声は次第に熱を帯びていった。彼女の目は今や狂気的な光を放っている。
その姿に、紅羽は知らない人間を見ているような思いにかられた。
「祭神様の力を借りただけの者たちが、あたかも自分たちにその力があるかのように思い上がる。それは神への冒涜よ!」
そう告げた瞬間、炎の光が翠蓮の顔を赤く照らす。
紅羽には、それがまるで鬼の顔のように見えた。
「それは、違う...天穹院家はここに暮らす者たちのことを思って...」
「違うものか!」
翠蓮の声が突然高くなり、周囲の村人たちが一瞬静まり返った。
「祭神様こそが、この村を導く絶対の存在!」
彼女は力強く宣言した。その言葉には確信するような響きがあった。
「そして巫女である私こそが、その声を聞く者。天穹院家のような偽りの力を騙る者たちは、罰を受ければいいわ!」
翠蓮は両手を広げ、まるで誰かに語りかけるかのように声を張り上げた。
紅羽は初めて気づいた。翠蓮の心の奥底にあったのは、純粋な信仰心だけではない。
嫉妬、支配欲、そして恐れ—これらが全て絡み合い、今夜の惨劇を引き起こしていたのだ。
記憶の断片が紅羽の中で繋がり始める。彼女はずっと、天穹院家を恨んでいたのだ。




