プロローグ
桜が散り、春が過ぎようとしている。
日差しは暖かく、流れる風も冷たさが薄れ遠くの草木の香りを運んできていた。
新緑を携えた木々の隙間から木漏れ日が差し込む森の中ではあるが、そんな森の中に異質なものが落ちていた。
小さな子供である。
その子供は、ボロの布切れでかろうじて皮膚を守っているようだったが、布切れの間から除くわずかな皮膚には焼かれた後のような傷が見え隠れしていた。
森の中に子供、それだけで十分異質だったがさらに異質なのは、その傷からわずかに煙のようなものがくすぶっている事だ。
ほんのわずかな煙ではあるが、その煙は途絶えることなく傷口から漏れ出している。まるで血のように。
そんな子供の周りには、森の住民である動物たちが集まっていた。
動物たちは興味本位で子供に近づいているというよりは、集まるべくして集まり、子供を守っているようだ。
数刻の時が流れ。
あたりはすっかり闇に包まれていた。
空にはきらびやかな星々と真ん丸な月が太陽に代わって子供をうすぼんやりと照らしていた。
子供の上には数刻前にはなかった落ち葉や草がまるで布団のように積み重ねられている。動物たちが運び、寒くないようになのかはたまた何かから隠すためなのか積み重ねたのだろう。
しかし、暖かくなってきたとは言え夜はまだ寒いこの時期だ。子供がしっかり息をしているとは言い切れない。昼間にはあんなにたくさんいた動物たちも、息をひそめていた。そばにいて子供を温めてやればいいのに、薄情なものだ。
しかし、この子供は大丈夫なのであろうか。そして何者なのだろう。
また、数刻の時が流れた。
どこからともなく、鳥のさえずりが聞こえてくる。
遠くの山の隙間から強い光が差し込みだしてきた、早朝である。
子供は、未だ横たわっているままだった。
と、その時だった。
ギャハハハ、と。下種な笑い声が森の中に響き渡ってきたのだ。
その笑い声、話し声は徐々に子供が埋もれている落ち葉の山に近づいてきていた。
「本当にそんなガキ、いるんすかねぇ」
「間違いねぇ。一昨日、見たやつがいるんだってよ。この山のどこかに、星が落ちた!!って。その星が、例のガキだったら一括千金よ!!もし、例のガキじゃなくてもだ。星の欠片だったら、ガキほど稼げなくてもいくらかにはなんだろ」
半信半疑な男とは対照的に、少し焦った様子の男。二人組の男たちは見た感じ盗賊団のような野蛮な見てくれをしていた。
そんな男たちが積み重なった落ち葉を見つける。遠くから見守っていた動物たちの瞳には不安なような色がにじんで見えた。
しかし、動物たちが男たちの前に飛び出していくことはなかった。
「ん?なんだぁ?あの草の山…、少し燻ってるような…?」
男の一人が落ち葉の山を見つけ、そう呟いた途端にもう一人の男が駆け出し、落ち葉の山をかき分け始めたときだった。
地響きなようなものが響き、落ち葉の山をかき分けようとしていた男の首から上が『無くなって』いた。
「ひ…」
悲鳴を上げようとしたのであろう片割れも次の瞬間には腹から上が『無くなって』いた。
ごり、ごり。とかみ砕く音が響いた後、森はいつもの静けさを取り戻したのであった。
その後、この森にドラゴンの討伐依頼が近くの村からギルドに届いたのだった。