1-7 ぐうたら女神さま
《ここに女神様がいるの?》
《ええ、ここが黒をこの世界へと呼んだ女神の住まう異空間。神域と呼ばれる場所です》
スライムを倒し無事にダンジョンを脱出したフィオたちはそのまま白の転移魔法で不思議な空間へとやって来ていた。
そこは無。何もない真っ白な世界。周囲のどこを見渡しても白い空間が続いており、その果てがあるのかすらわからなかった。
そんな白い空間の中にぽつんと人影のようなものが見えた。
「ぐぅ……」
《えっ?》
そこにいたのはまだ年端もいかない幼い少女だった。
春を感じされる桜色の髪の少女は緑色のカエルを模したフードの付いたパジャマのような服装で、大きなピンクのクッションを敷いて居眠りをしているようだった。
《えっ!? この人が女神様!?》
「そう、この方が僕たちが仕える女神。東方の守護神にして四季を司るアヴァロン四女神の一柱にしてその長姉。春の女神ハルコリウス・アヴァロン様──通称ハルコさんだよ」
「むにゃむにゃ……もう食べられない」
《ただの幼女じゃない!》
「──ただの幼女で悪かったな」
女神ハルコさんはフィオの声を聞いていたのか、眠そうな目を擦りながら覚醒する。
《というかわたしの声》
《もちろんフィオの中のあたしたちの声は他の人間には聞こえない。だけどハルコさんは別。こんなのでも女神様だからね》
「赤、こんなのって言うなよー」
「ハルコさん、ただいま戻りました」
「ん、ご苦労さん」
ハルコさんは大きなあくびをしつつ帰ってきたフィオを出迎える。
「……と言いたいところだけど、フィオにしては余計なことをしたね」
「余計なこと?」
「そこの黒いのだよ」
そう言いながらハルコさんはフィオの胸の中心を指差す。
「黒のこと……ですか?」
「まさかキミが彼女の魂を取り込むとは思わなかったよ。せっかくわざわざ隔離したってのにさ」
「隔離……それじゃあ間違ってダンジョンに送ったってのは?」
「ボクは彼女を『ダンジョンに送った』とは言ったけど『間違って』と言った覚えはないよ」
フィオの話では女神が転生者であった少女を間違ってダンジョンの奥深くへと送ったということであったが、どうやら真実は違っていた。
《それじゃあ黒をダンジョンに送ったのは》
《わざと……か》
《な、何でや!?》
「ハルコさん、事と次第によっては許しませんよ」
「許さない? フィオがボクをどうするって?」
「一週間おやつ抜きです」
「やーめーろー!」
白の脅しにハルコさんはクッションの側に置いてあったおやつのたくさん入った箱を後ろにさっと隠す。
「──確かにボクは彼女の魂を異世界から召喚した。彼女の魂はとても強く、彼女ならもしかしたら魔王を倒してくれる逸材だと思ったからね」
《魔王? この世界って魔王もいるんだ》
「いるよー。というか、それがお前たち転生者をわざわざ喚ぶ理由さ。異世界の人間はこっちの人間より遥かに強く成長できるからね。そんな転生者たちに【勇者】となってもらってさっさと魔王を討ち滅ぼしてもらいたいのさ」
それが黒こと前世の少女がこの世界に転生された理由であった。
だが、勇者候補として喚ばれたはずの少女は女神自身の手によってダンジョンへと捨てられてしまっていた。
「ボクもお前を喚んだ時は『SSRキター! 勇者ガチャ爆死回避! 見たか妹ども!!』って思わず叫んじゃったくらいの大当たりだったよ」
《わたしってそんなに強かったんだ》
「いや、結果的には大外れさ」
《えー》
「勇者だなんてとんでもない。こいつの魂は闇だ」
「闇? しかしハルコさん、闇属性の勇者だってこれまで何人もいたでしょう?」
「いや、属性の話じゃないさ。ボクは魂の話をしているんだ。こいつの魂は闇が深すぎる」
ハルコさんは黒に対し、そう言い放つと箱の中から真っ黒いチョコクッキーを取り出して食べ始める。
《闇が深いって》
《この子が?》
《黒ちゃんはいい子だよ~?》
《そうだぜー? まだちょっとしか一緒にいないけどすごい気の合う子じゃん♪》
「そりゃ今は記憶を失ってるからね。本来のこいつは……まあ教えるつもりもないけど。フィオ、ジュースちょうだい」
「今は我慢してください」
「けちー」
大事な話をしているはずだが、ハルコさんはフィオに飲み物を持ってくるよう要求していた。
フィオたちにとっては大事な話だが、どうやらハルコさんにとってはその程度のことのようであった。
「だからってあんなスライムのいるダンジョンに送らなくても」
「てか、あのチートスライム倒したんだって? あれ結構自信作だったんだけどなー」
《あのスライム、ハルコさん製かいな!》
《アホみたいに強いとは思ってたけど……なんか納得だわ》
「ちょっとした実験でスライムをどこまで強く出来るかって大昔に作ったはいいけど、飽きたからあの何もないダンジョンに放り込んで封印してたんだ。それを今回思い出して再利用したってわけ」
ハルコさんはそこまで話すとどこからかグラスとオレンジジュースの入った瓶を取り出し、グラスに注いで一気に飲み干していく。
「ジュースうまー。やっぱりスライムなんぞに始末を任せずボク自らが手にかけるべきだったか。うーん、でもそれは女神のイメージが大幅にダウンするんだよなー」
《いまさらダウンするイメージもないと思うけど》
《ぐうたらめがみ》
「はいそこうるさいよー」
コントのようなやり取りを中で見ていた黒であったが、当事者ということで白に代わり表に現れる。
「ハルコさん、どうしたらわたしを認めてくれるんです?」
自身を殺そうとまでした女神に対し、黒は少しも怯むことなく、そう尋ねてみる。
そんな黒の目を見たハルコさんも少し彼女に興味を持つのであった。
「んー、どうしてもっていうならボクの役に立ってみな」
「役に?」
「クエストさ。ちょっとどうしようか悩んでることがあってさ。それをなんとかしてくれたらお前のことを認めてやるさ」
ハルコさんは黒のことを認める条件としてとあるクエストを提示する。
「ちょうどフユちゃんから預かった犬が逃げちゃってね」
「フユちゃん? 犬?」
《フユちゃんというのはハルコさんの妹でもある北方を守護する冬の女神フユミテュス様のことだよ。でも犬なんていつの間に?》
「フィオたちがその黒いのを連れ戻しに行った後さ。『フェンリルが暴れて手に負えないからお姉ちゃん何とかして~』って泣きつかれてね。ボクはお姉ちゃんだから妹の頼みは断れないからさ。引き取ったはいいんだけど寝てる間に逃げちゃってね。あはははは……」
笑いながら話すハルコさんであったが、黒以外の他のフィオたちはその話を聞いて驚きのあまり固まっていた。
《…………は?》
《フェ、フェ、フェ……フェンリル~!?》
《それも逃がした!? ハルコさん、いったい何やってんじゃん!!》
《むのうめがみ》
ハルコさんのやらかしを、罵倒する他のフィオたちであったが、そんなことなど一切気にすることなく、ハルコさんは話を続ける。
「とにかく、捕まえても殺してもいいからフェンリルを他のフィオたちの力を借りずお前一人の力で何とか出来たらお前をフィオの一人として……女神の従者として認めてやるよ」
「……なんかよくわからないけど、わかった。わたし、頑張るね!」
それがいかに大変なクエストなのか黒は全く理解してはいなかったが、ハルコさんに認めてもらうためにいつものように前向きに答えるのであった。