1-6 気になったことを聞いてみよう
「──それじゃあ、みんなもあのソウル・レゾナンスって魔法でフィオと一つになった転生者なの?」
《いえ、そうである者もそうではない者もいます。少なくとも全員が全員、異世界からの転生者という訳ではありませんね》
《どっちにしろ、オイラたちは黒みたいに何やかんやあって昔一度死んでるじゃんよ♪》
《楽しそうに話すことではありませんわよ》
《ま、同じフィオ・フローライトになったよしみや。仲良うしようや》
「うん、よろしくねー」
ついほんの数十分前まで転生者の少女であった黒は今ではすっかり他のフィオたちに馴染んでいた。
そんな他のフィオたちの会話を聞きながら、表に出ている黒はダンジョンの探索を続けている。
ダンジョンのボスである例のチートなスライムを倒したことで、すぐにでも転移魔法でダンジョンから脱出することは出来るのではあるが、あのようなスライムが他にもいないか念のためにもう少しだけダンジョン内を探索することにしていたのである。
「でもすごいね。この世界の人ってみんなあんなすごい魔法が使えるの?」
《まさか。ソウル・レゾナンスはこの世界においても特別な魔法です。それに全員が全員魔法を使えるわけではありませんよ。魔法とは魔力という誰もが持っているエネルギーを特定の呪文によって様々な現象へと変える技法です》
《魔法が使えない人、苦手な人、覚える気がない人……色々だよ》
《それに魔力は何も魔法だけに使うものじゃないわ。魔法が使えなくても魔力で自分の身体や武器を強化して戦う人も多いわね》
《桃ちゃんとかそんな感じの戦い方だよ~? 魔法が全く使えないってわけじゃないんだけどね~》
「へえ、そうなんだー」
黒は他のフィオたちからこの世界の魔法と魔力について簡単ではあるがレクチャーを受ける。
黒も先ほどは魔法を使いはしたものの実際のところ、自分でもどうやってのかはよくわかってはいなかった。
「ところで……スライムと戦ってた時から気になってたんだけど」
《どうしたの?》
「フィオって……女の子なの?」
黒がずっと気になっていたのは自分自身でもあるフィオ・フローライトの身体について。
先ほど死ぬ前に転生者の少女としてフィオと一緒にいた時は普通に少年だと思っていたフィオの身体だが、自分が実際にフィオとなってみると明らかに少年の体つきではないことがわかった。
「おっぱいあるんだけど!?」
《そりゃ黒は女の子ですからありますわよ》
「ん? どゆこと?」
そんな黒の疑問に答えてくれたのは黄。
《基本的にこの身体の性別は表に出ている魂によって決まりますわ。つまり白、橙、青、藍、桃なら男の子の身体に、黄や赤、緑、紫そして黒なら女の子の身体に、それぞれの魂が表に出た瞬間に身体が勝手に作り変わるんですの》
「そっかー。だから今は女の子の身体なんだ。でも、わたしのおっぱいちょっとちっちゃくない? じっくり見たわけじゃないけど黄や紫の方が大きかったと思うんだけどー? そりゃあ赤や緑よりはありそうだけどさー」
《ちっちゃくて悪かったわね! というかいきなりすごい失礼ね。いや……まあ、そりゃ同じ身体とはいえその魂によって多少の差異はあるわよ。顔つき、声、身長、体重、魔力、それに》
《……おっぱい。フィオのはいちばんちいさいけど、紫のはすごくおっきい》
《う、うちの胸の話はやめろやっ!》
「なるほどなるほど。それにしてもわたしのおっぱい転生する前より小さいような気が……」
《ちなみにオイラたちのちんちんは》
《お前は黙っていろ》
そんな下世話な会話を続けていたフィオたち。
そこで黒にはもう一つ疑問が浮かぶ。
「じゃあさじゃあさ、お風呂とかはどうするの?」
《あー、そこ聞いちゃう?》
「そりゃあ、わたしもこれからこの身体で生活することになるんだし」
《最初は慣れないかもしれませんけど、男の身体、女の身体はすぐに気にならなくなりますわよ》
「へー、じゃあちんちんとか見慣れちゃうんだ」
《ちん……ま、まあそうやな。うちはまだ抵抗あるけど……」
《一応、いつでも好きに変わってもらっていいんだけど、変わっちゃダメな場面を僕たちの中でいくつか決めてる》
新しく魂に加わった黒のため、他のフィオたちはフィオ・フローライトとしてのルールを説明する。
《まずは公共のお風呂やトイレでの交代禁止ね》
《例えば温泉とかの女湯に突然男のオイラが裸で現れたんじゃあ周りのお姉さま方に迷惑がかかるじゃんよ。そのせいで何回ひっぱたかれたことか!》
《それはお前が悪い》
《……うん、橙がわるい》
《橙ちゃんは女好きだからね~☆》
黒は他のフィオたちの話をふむふむと頷きながら聞いていた。
《次はその……何や。ええとやな……》
《特定の相手との逢い引き、あるいは行為の最中の交代もなるべく控えるべきでしょう》
紫が口ごもった内容を青は顔色一つ変えずに淡々と話す。
「要するにデートやエッチの時は他の人のプライベートを守ろうねってこと?」
《まあ、そういうことですわね》
《この身体だとプライベートなんてほとんどないんだけどね~》
「てことは、フィオって好きな人とか付き合ってる人とかいるの?」
そのルールはフィオの身体における恋愛関連のものであった。黒も興味津々なようで早速フィオたちの恋愛事情を尋ねてみる。
《私は特定の相手はいませんね》
《う、う、うちもおらへんで!?》
《うーん、好きな人か~。改めて聞かれると難しいね~》
《……フィオはエリスちゃん……すき》
《あんたのそれは好きの意味がちょっと違う気がするわよ?》
《オイラは好きな子がいすぎて困るくらいじゃん!》
《お前は……いや、もういい》
好きな人の話でもフィオたちの反応はそれぞれ違っていた。
同じ身体に宿るフィオ・フローライトであってもやはり全員魂の違うフィオ・フローライト。好みや考え方はそれぞれ全く違っていた。
《そこはまあ……僕たちは同じフィオではあるけれど、それぞれ好きなものも嫌いなものも違う。当然好きな人もね》
「ん? あれ? じゃあ、例えばわたしと白で別々の人を好きになったらとしたら、それぞれで別々の人と付き合ったりするの? それって相手からしたら浮気にならない?」
《んー、そりゃなるでしょ。いや、付き合ったことないからわかんないけど》
《確かに違うフィオとはいえ、相手からすればあまり気分のいいものではありませんわね》
《だからもし誰かと付き合いたくても相手がそれでもいいと納得しないと付き合っちゃダメだよ。もっとも、こんな変な体質の人と付き合ってもいいって希有な人はあまりいないだろうけどね》
「ほえー、フィオって色々と大変なんだねえ」
フィオ・フローライトの恋愛事情にまるで他人事かのような感想を漏らす黒。
《まあ、入れ替わりのルールはそのくらいかな。あとは自分が表に出ている時は自由にしてくれていいよ》
「わかったー」
《あ、これは一番重要なことなんだけど》
あらかたのルールを説明し終えた白は最後に一つ付け加える。
《僕たちは十の魂を持っているけど、それは命が複数あるってことじゃない。一で十であり、十で一……誰かが死んだらみんな死ぬ。それだけは忘れないで》
「──心得ました」
最後のルールに対し、黒は真面目に返事をする。
十の魂が宿る運命共同体。
様々な思いはあるだろうが、これからは黒もフィオ・フローライトとして生きていくことになる。
「あ、最後の最後にもう一つ。これもすごく気になってたんだけど」
《なんだい?》
「フィオのジャージの下……もしかして何も穿いて──」
《さ、そろそろ行こうか》
「何で答えてくれないのっ!?」