2-13 自称勇者と勇者の弟子
「ぐぅぐぅ……」
「──なさい、我が従者よ」
王都イスティル南区イスティル王国騎士団本部地下牢獄。そこに投獄されていた自称勇者はその声で──
「がぁがぁ……」
「起きなさい、我が従者よ」
目覚めはしなかった。
このような場所だというのに、赤は自分の家かのようにぐっすり眠っていた。それもそのはす、赤は何かトラブルを起こす度にシルフィスにここにぶち込まれていたため、もはや第二の自宅のようなものであった。
「起きろ! バカ勇者っ!!」
「……んあ?」
桜色の髪の幼女──もとい女神ハルコリウスの怒鳴り声でようやく目覚める赤。しかし、目覚めた時、そこは見知った牢獄ではなく、ハルコさんの住まう神域となっていた。
女神による夢の神託。女神の従者たるフィオ・フローライトにとってはただの定例報告のようなものであるため、驚きよりも眠さが勝り、赤も眠そうに目を擦りながらハルコさんに応じる。
なお、他のフィオたちはまだ赤の中で眠っているようであった。
「ハルコさん……今何時だと」
「お前がまた捕まったりするからだろー」
「それはごめんだけど……で、何の用?」
「例の魔族の件と……ウエスタニアの皇女の件な」
ハルコの用件に、フィオもようやくちゃんと話を聞く気になる。
「まずは獄炎伯の件、ご苦労さん」
「まあ、前の獄炎伯と違ってクソ雑魚三流小者魔族だったけどね。ただ、勇者がいなけりゃトドメも刺せなかったのは歯痒いわね」
「ホントにな。ボクとしてはフィオが【勇者】として覚醒すれば話が早いんだけどなー」
「と言ってももう何百年も誰一人として覚醒しないからねえ。あたしとしてももう一度魔王と戦って今度こそ決着を付けたいとは思ってるんだけど……」
百年前、■■■■からフィオ・フローライトに転生した赤は【勇者】のスキルを失い、それ以降は何をしても再取得出来ずにいた。
まだ完全に諦めたわけではないが、それでも百年という時間は諦めるそうになるのには十分な時間でもあった。
「んで、あのウエスタニアの皇女か。ボクも調べてみたけど、あの子ぶっちゃけ弱くね? 【勇者】スキル持ちなら他の転生者にもっと強いのが何人もいたでしょうよ?」
「かもね。でもあたしはあの子に何かを感じた」
実際、この世界の人間であるクゥよりも異世界からの転生者の勇者たちの方が強力なスキルや魔法などを取得しているため遥かに強い。
それでもフィオとして百年を生きる赤が見出だしたのはクゥ・アイル・ウエスタニアという少女であった。
「それは赤としての勘? それとも火村朱音としての勘?」
「それって違いあるの?」
「自称勇者と勇者って違い」
「うわ、ひっど」
からかい気味に答えるハルコさんに赤フィオは思わず笑ってしまう。
自称だろうが何だろうか勇者は勇者。赤も火村朱音も魂は同じ。
「ま、この百年ずっと自分が魔王を倒そうと思ってたお前が初めて弟子を取ろうなんて思ったんだ。ボクも多少は期待してやるよ」
「ありがと、ハルコさん」
「でも、今まで通りに女神の従者として他の転生者たちのサポートも頼むよ? ボクは魔王さえ倒せれば別に誰が勇者になってもいいんだからさ」
「……ええ、わかってるわ」
「あと、黒のバカに犬の世話ちゃんとしろって言っとけよ! 何で女神のボクが犬畜生の世話なんか……」
次の瞬間、目の前は見慣れた牢獄へと戻っていた。
「さて、もう一眠り」
《赤……》
「黒か。起きてたのね」
《うん……》
寝ようとした赤にいつの間にか目覚めていた黒は声をかける。
《ねえ、いいの? 自分が勇者にならなくて》
黒はずっと思っていたことを赤に直接尋ねる。
勇者を自称し、勇者として正義を行い、常に勇者であろうとした赤がクゥを弟子に見出だしたことはまだ付き合って日が浅い黒にとっても意外なことに感じられた。
「あたしは別に魔王を倒すために勇者になりたいわけじゃないわ。そりゃ前世で魔王やその腹心たちに因縁はあるけど」
《それじゃあ、赤にとって勇者って?》
「それはもちろん正義を成す者よ! だから、あたしはあたしの正義を成すためにクゥを魔王をも倒せる最強の勇者に育てるつもりよ」
赤の本心を聞き、黒は笑みがこぼれる。
《あはは、やっぱり赤は勇者だね》
「でしょう?」
《でも、やっぱり牢屋は勇者には似合わないよー》
「それは……返す言葉もないわね」
自称勇者は城の牢獄を見て自分自身で呆れてしまうのであった。
そして、一週間が経った。
「フィオ姉さん!」
「クゥ、待っててくれたの?」
フィオはシルフィスが便宜を図って色々と裏で動いてくれたため、思ったよりも早く釈放された。
自宅に戻った赤にクゥが抱きつき、出迎えてくれた。
クゥはあれからどこかに旅に出ることもなく、ずっとフィオの家で赤の出所を待っていてくれていたのである。
ただし、その格好は以前とはかなり変わっていた。クゥは丈の短いメイド服に身を包んでいた。
「その格好……シルフィスのバカの仕業ね?」
「うん、シルフィス様が『身分を隠すにはこれが最適』ってこの服をくれて」
「それはあいつの趣味よ!!」
普段は真面目なシルフィス・エル・イスティルにもメイド好きという少し困った一面がある。確かにこの格好を見て皇女だとはバレはしないだろうが、逆に目を引くものではある。
完全な趣味の領域にフィオも思わずため息を漏らす。
「ま、あんたが気に入ってるならいいわ。それで……一週間ほど考えてみてどうするか決めたかしら?」
「……うん、ずっと自問自答してた。アタシが勇者になっても何も出来ないかもしれない。けど、国を追われた時みたいにもう何も出来ないのは嫌。もし、フィオ姉さんが言うようにアタシに少しでも勇者の素質があるなら、アタシは……勇者になりたい!」
「ありがと、クゥ……」
クゥはフィオの申し出を受け、勇者となることを決意した。それには赤もどこか嬉しそうであった。
「んじゃ、お風呂入ってさっぱりしたらご飯でも食べに行く?」
「うんっ!」
「あのケチ騎士団、最終日だからって朝食も出さなかったし! 近くに美味しいラーメン屋があるのよね。そこ連れてったげるわ」
こうして自称勇者は弟子を取ることになった。果たしてこれがどのような結末をもたらすかは誰にもわからない。
それでも勇者たちの新たな生活は幕を開けるのであった。
第2話「赤」 了




