2-8 自称勇者と獄炎伯
「──おや、やっと来ましたか」
クゥの指輪を探し終えたフィオたちはようやく当初の目的の場所へと辿り着く。
アジトの宴会場にでも使われていたであろう広い部屋。そこには椅子に腰かけて盗賊のものであろう酒を飲んでいる男の姿があった。
もちろん人間ではない。赤い肌に二本の角、背中には黒い翼の生えた銀髪の魔族。格好はまるで貴族のような立派な服に身を包んでいた。
「いやあ、待ちくたびれてしまいましたよ」
「それは悪かったわね。クゥ、下がってなさい」
「う、うん。わかった……」
魔族の男と対峙した赤はクゥを後ろに下がらせる。クゥは一度殺されかけたためにその男の恐ろしさはわかっており、大人しくフィオの言うことを聞いてその場から少し離れていく。
「で、魔族がなんでこんな所にいるのかしら?」
「それはもちろん暇潰しですよ。我が配下の下級悪魔が人間に召喚されようとしていたので私が割り込んで召喚に応じたのです。なんだか面白そうでしたからね」
「なるほど……暇潰しで盗賊たちを殺したの?」
「ええ、暇潰しですので。今はこうして人間の酒などを嗜んでいるところですよ」
「魔族って暇なのね」
「ええ、暇ですとも。魔族は人間などより遥かに永い時を生きますからね」
目の前の相手は強大な力を持つ魔族であるが、フィオは全く退くこともなく、普通の人間と同じように会話を続ける。
「私は獄炎伯」
「──っ!!」
魔族の男が名前を名乗ろうとしたその瞬間、赤は剣を男の首に突き付けていた。
「あなたが獄炎伯ですって? 面白くない冗談ね」
《赤、いったいどうしたの?》
【獄炎伯】
その名は赤にとっては忘れたくても忘れられない名前であった。
「いきなり危ないですね。私は獄炎伯フェルド・イブールと申します」
「あ? フェルド? 獄炎伯はレド・サラマンディアでしょう?」
「何故、人間風情が先代の獄炎伯様の名を?」
「あー、先代? あんた獄炎伯の後釜か。なるほど。そりゃ、よーく知ってるわよ。獄炎伯はあたしが殺した男の名前なんだからね!」
《ええっ!?》
かつて、魔王の喉元にまで辿り着いた転生者の勇者がいた。
その名は■■■■。
最強の勇者──であった。
「獄炎伯様を殺した……?」
「あんたは先代の獄炎伯がどうして死んだのか聞いたことないの?」
「ま、まさか……確かに先代の獄炎伯様と相討ちとなった人間がいたということは魔王様より聞いたことがあります」
「相討ち……ねえ。ま、そういうことにしといてあげるわ」
「しかし、それは百年も前の話! 人間であるあなたが生きていられるはず」
「普通の人間だったら……ね」
《え? フィオって人間じゃないの?》
《今さらですの!?》
《そういえば黒にはちゃんと説明してはいませんでしたね》
《……せつめいぶそく》
驚いたのはフェルドという魔族だけでなく、まだフィオになって間もない黒も同様であった。
フィオ・フローライトは身体も魂も人間そのものではあるが、その有り様は人間とは少し違う。
数百年前に女神ハルコリウス・アヴァロンによって造られた人間であって人間でない神造生物。
それこそがフィオ・フローライトという存在であった。
黒もその事を初めて聞かされて驚きを隠せなかった。
《びっくりしたー》
《……そこまで驚いているようには見えないな》
《黒はマイペースやなあ》
《ま、そこまで気にする必要はありませんわ。わたくしたちは不老ではあるけれど不死ではないですし》
《ちょっと長生きしてるだけの人間と同じって思えばいいじゃん♪》
《そうそう、黒ちゃんが黒ちゃんなのも変わらないよ~☆》
《うん、わかったー》
《黒は相変わらず軽いね……でも、ありがとう》
黒は驚きはしたものの、フィオ・フローライトが普通の人間でなくともそこまで気にしていないようであった。
《でも、どういうこと? 赤と獄炎伯って奴との間に何があったの?》
《百年ほど前、赤は異世界からの転生者の勇者だった。当時、最強の勇者だった赤は魔王との戦いの最中、魔王の腹心である獄炎伯という男と相討ちとなって死んだんだ。その際に魂は僕と一体化したって訳だね》
《じゃあ、赤は本当に勇者だったんだ》
《ただ……今はかつての彼女が持ってた【勇者】のスキルは何故か失っているけどね》
赤フィオが【勇者】にこだわる理由は今も最強の勇者である■■■■の魂と意志を持っているため。
■■■■だった赤の唯一の心残りは魔王を倒せなかったこと。そのため、今度こそ真の勇者になりたいと思っていた。
だが、赤に肝心の【勇者】のスキルは発現していない──
「──まあ、よくわかりませんが、あなたが先代様の敵というならば私の敵。これはかなり良い暇潰しになりそうですね」
「獄炎伯の後釜と聞いたからには、こっちも手加減する必要はなさそうね!」
かつての因縁の相手の二つ名を名乗る魔族フェルド・イブール。
赤は■■■■ではなくフィオ・フローライトとして新たな獄炎伯を倒すため、改めて剣を構えるのであった。




