2-1 自称勇者とラーメン屋
「はぁ……」
王都イスティル冒険者ギルド。
受付の前で赤い髪の少女は大きなため息をつくとギルドカードをジャージのポケットへとしまう。
《赤どうしたの?》
《いつものことですからほっときなさいな》
赤い髪に赤いジャージ、そして赤いマント。十の魂を持つ女神の従者フィオフローライト。そんな今日のフィオは熱血勇者(自称)の赤が表に出ていた。
《いつものこと?》
《ええ、いつものことですわ》
黒の疑問に黄がそう曖昧に答える。
「それで、フィオさん。ギルドからの依頼なんですけど」
「ええ、もちろん受けさせてもらうわ」
「ありがとうございます! では、こちらが詳細となりますので」
ギルド受付である金髪のエルフの女性、イヴ・エクセルシア嬢は笑顔でフィオに依頼内容が書かれた資料を手渡す。
今回フィオはイヴ嬢の頼みでギルドの依頼を受けたのであった。
《どれどれ? 盗賊団の討伐依頼かあ》
《盗賊退治なんてCランクのクソ雑魚ナメクジクエストですわよ! わたくしたちが受けるようなクエストじゃありませんわ》
《確かに別にオイラたちじゃなくてもいいもんなあ》
《でも赤なら絶対引き受けると思ったよ》
《赤ちゃんは正義の味方だもんね~☆》
依頼の詳細としては王都イスティルの東の街道に盗賊団が出没し、旅人や商人、冒険者までもが襲われているとのこと。その盗賊団のアジトを突き止め、盗賊団全員を討伐することが今回ギルドからフィオ・フローライトに対する直接の依頼であった。
とりあえず依頼を受託したフィオはそのままギルドを後にする。
《あれ? ギルドの酒場でご飯食べてくんじゃなかったの?》
「気が変わった。今はラーメンの気分なのよね」
《ラーメン……?》
ギルドを出て五分も歩かない所に小さなラーメン屋があり、赤はそこで少し遅めの昼食を取るつもりであった。
《というかこの世界ホントにラーメン屋とかもあるんだ》
「ラーメンにカレーにハンバーガー、だいたいの異世界料理はあるわよ」
《無ければ桃ちゃんが作ってあげるよ~☆》
《あ、じゃあわたしも手伝》
《お前は料理禁止だろう》
《えー》
黒が転生して数日。この世界はまだまだ驚かされることばかりであり、このラーメン屋もその一つであった。
麺処イスルギ亭。
お昼時をだいぶ過ぎてはいたものの店内にはまだ客も多く、フィオは奥のカウンターに腰を下ろす。
「いらっしゃい、勇者の嬢ちゃん! いつものでいいかい?」
「勇者の嬢ちゃんはやめてっていつも言ってるでしょ。ん……そうね……今日は……まあ、いつもので」
「はいよ! 嬢ちゃん、いつも悩むけど結局はいつものだよな」
「うっさい」
赤はその店の常連のようで、店主の男性といつものやり取りを済ませると、いつものメニューであるラーメン大盛り、チャーハン、ギョウザとこの世界とはあまり似つかわしくないものを注文する。
《赤、いつも同じものばかりで飽きませんの?》
《……らーめんばか》
「うるさいわねー。今日はあたしの自由なんだから別にいいでしょ?」
《でも、異世界の人もラーメンとか作れるんだね》
「ああ、ここのおやっさん、あんたと同じ転生者よ?」
《えっ、そうなの?》
厨房で麺を茹でている店主の男。30代前半ほどの黒髪、無精髭の男性がこのイスルギ亭の店主であり転生者でもある石動陽平。
イスルギは転生してからしばらくは冒険者として魔王討伐の旅をしていたが、数年前に王都イスティルにラーメン屋を開いたのであった。
《そういえば……転生者って魔王を倒すのが目的だよね? 何でラーメン屋に?》
《……彼には発現しなかったんだよ》
《なにが?》
「……忌々しい【勇者】スキルよ」
「へい、お待ち!」
赤が答えると同時にカウンターの上に注文した料理が並ぶ。
ラーメンはシンプルな醤油ラーメンであり、大きな自家製のチャーシューも二枚乗っていた。
赤はスープを一口飲むと、一気に麺を啜る。
《【勇者】スキル?》
《そもそも何故女神たちは異世界から転生者を喚ぶのか》
「それは異世界から召喚された転生者がこの世界の誰よりも【勇者】スキルを発現させる可能性があるから。だからわざわざ異世界から転生者召喚なんてやってるのよ」
《それってわたしも?》
「もちろん。だけど、【勇者】スキルは転生者全員に宿るものじゃないわ」
赤はそう言いながら、チャーハンをかき込んでいく。チャーハンは玉子とハムとネギの五目チャーハン。これもラーメンと並ぶ人気のメニューだった。
「現にハルコさんにSSRとまで言わしめたあんたでも所有スキルにも【勇者】はなかったでしょ?」
「あー、たしかに」
黒は以前見たギルドカードの自分のスキル構成を思い出してみるも確かにそこに【勇者】などという記載は一切なかった。
一つ、黒塗りのスキルはあったが、あれは断じて【勇者】スキルではない。
《でも、そのスキルがあるとどうなるの?》
「魔王を倒せる」
ただ一言、そう返した赤はギョウザを口に運ぶ。見た目はよくあるものだが、豚肉ではなくジャイアントボアという動物の肉を使っている特製のギョウザである。
《どゆこと?》
「言葉の通りよ」
《魔王にはありとあらゆる攻撃を無効化するなんて完全耐性能力があるんや。それが例え女神たちの力であってもな》
《ちーとやろう》
《そこで【勇者】スキルです。そのスキルがある者は魔王の完全耐性を無効化してダメージを与えられんですよ》
「もちろん、それだけじゃ魔王には勝てないけどね」
フィオはラーメンのスープを一気に飲み干し、食事を終えるとお代を置いて店を出る。
【勇者】スキルを有した転生者こそが魔王を倒すことが出来る希望。
だが、全ての転生者が【勇者】スキルを発現出来るわけではない。転生者としてこの世界に召喚されたとしても【勇者】スキルが発現しないのならば魔王には決して勝てない。現にこの店の店主である転生者のイスルギには【勇者】スキルは目覚めなかった。
だから、魔王討伐を諦めてイスルギのようにこの世界で違う道を生きる転生者も少なくはなかった。
逆に【勇者】スキルが発現した転生者であっても、実力が伴わなければ魔王にまで辿り着く前に魔物や魔王の配下に殺されてしまう。
現にもう過去に何百人と勇者候補の転生者は召喚されたが、魔王にまで届いたのは片手で足りるほど。その全員が魔王との戦いで命を落としていた。
【勇者】スキルを発現し、他にも強力なスキルや魔法、技などを有した異世界からの転生者だけが魔王を倒す【真の勇者】となる可能性がある。
【勇者】とは本当に選ばれた存在なのであった。
そして、赤を始めとしたフィオ・フローライト全員が【勇者】スキルを所有していない。つまりフィオがどんなに強くとも女神の従者であっても【勇者】ではないフィオでは絶対に魔王は倒せない。
《え、それじゃあ……》
《赤の言う【自称勇者】がどんなに滑稽なことかわかりまして?》
《黄、そんな言い方》
「いいわ、白。確かに【勇者】スキルを持たないフィオ・フローライトはどう足掻いたって勇者にはなれない……」
特に歯痒い想いをしているのは勇者を自称し、正義のために行動している赤なのであった。
「だけど……それでも。魔王を倒すだけが正義じゃないわ。あたしはどんな小さなことでも困っている人を助ける勇者になりたい」
赤はそうボソリと呟くと、ギルドからの依頼である盗賊退治へと向かうのであった。




