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1-10 おべんとうの時間

「お昼だー!」


 狼を倒してしばらく進んだフィオたち。近くの巨木の根本に少し腰を下ろして休憩を取ることにした。

 なにげに(クロ)がこの世界に転生してきてから初めての食事である。


「いただきまーす」


 フィオは上着のポケットから食べ物の入った弁当箱を取り出し、早速食べ始める。やはりジャージポケットの収納魔法は便利であり、あれだけの戦闘の後でもお弁当箱の中身は全く崩れていなかった。


「ええと、おにぎりにからあげに玉子焼き。あれ? そこまではっきりと覚えてるわけじゃないけど、わたしのいた世界の食べ物と似てる気がする」

《ここは転生者の存在が一般にも知られている世界だからね。最近は異世界の食べ物なんかも結構よく見るよ》

《イスティルの街には転生者の方がやってるお店もあるんですわよ》

《ちなみに今日のお弁当は今朝(モモ)ちゃんが作ったやつだよ~。どうどう? (クロ)ちゃん、美味し~い?》

「うん、美味しいよ!」


 戦いで動いてお腹が減っているのを抜きにしても、(モモ)の作ったお弁当はとても美味しかった。

 おにぎりを口に頬張りながら、(クロ)はとある疑問が浮かんでいた。


「そういえば……身体が共通なら味覚はどうなの?」

《そりゃあみんな違うで? 例えばうちなんかは辛いものが好きで甘いものは苦手なんやけど、お子ちゃまの(ミドリ)(モモ)なんかは逆に甘いものが好きで辛いものが苦手とかな》

《フィオはおこちゃま……じゃないよ》

(モモ)ちゃんもだよ~!》

「まあまあ、二人とも。それじゃあ他のフィオが苦手なもの食べる時とかどうするの?」

《感覚も共通してるから中にいる時も表に出ているフィオが食べてるものを同じく味わったりなんて出来るけど、どうしても苦手なものがあれば感覚を遮断したりも出来るよ。試してみるかい?》


 (シロ)はそう言いながら(クロ)と交代して表へ出ると、玉子焼きを口に運ぶ。


《あ、玉子焼きの味がする。なんか不思議》


 実際に食事をしているのは表に出ている(シロ)の身体ではあるが、中の(クロ)にも食べ物の味が共有出来ていた。


「今度は僕との味覚のリンクを絶つイメージでいてごらん」

《リンク? よくわからないけど……こんな感じ? あれ? 味がしない……?》


 (シロ)は同じように玉子焼きを食べていたが、今度は(クロ)にはその味が全く感じられなかった。

 (シロ)は感覚遮断の説明を終えると、再度(クロ)に身体を明け渡す。


《とまあ、こんな感じで表に出ていない時は味覚だけじゃなく視覚や痛覚なんかの他の感覚も任意で遮断することも出来る。感覚遮断をするかしないかは任せるけど、なるべく食べ物の好き嫌いなんかでは使って欲しくはないなあ》

「と言っても、わたしは自分が何が好きで何が嫌いかすらまだわからないからなあ。あ、からあげも美味しい~!」


 感覚遮断のやり方も教えてもらい、お弁当も食べ終えたフィオは立ち上がってフェンリル探しを再開する。


「たぶんこっちなのは間違いないと思うんだけど、距離はイマイチわからないなあ」

《どうやら魔力感知のスキルが無事に働いてるみたいですね。まだ性能は低いでようですが……大丈夫、方角は合ってますよ》

《あたしたちはもうビンビンにフェンリルの魔力を感じてるわ。あんた、本当にフェンリルと戦うの?》

「でも戦わないとみんなと同じフィオだってハルコさんに認めてもらえないでしょ?」

《それはそうだけど……》

「ま、何とかなるよ」


 フェンリルの恐ろしさを知らない(クロ)は相も変わらずポジティブに返事をする。

 (クロ)の【魔力感知】ではフェンリルのだいたいの方角はわかってもその距離まではわからなったため、とりあえず気配のする方向へとひたすら歩いていくしかなかった。


「そういえば、さっきの狼以外の魔物を見かけないね」

《……おそらくはフェンリルの影響だろうな》

《他の魔物はフェンリルの魔力にビビって姿を隠してるって感じなんやろうな》

「ここって他にはどんな魔物がいるの?」

《森ですから狼の他は昆虫系、植物系、菌糸類系の魔物が多く棲息していますね》

「虫に草にキノコ? なんか弱っちそうだけど……あ!」


 キョロキョロと周囲を見回しながら何か魔物がいないか探していた(クロ)は近くの大木にとあるものを見つける。


「わあ、でっかいハチの巣だ! わたし、ハチミツ食べたい!」

《あっ、こら!》


 大木の枝に吊るされていたのはものすごく巨大なハチの巣。もちろんただのハチではなく【ラージビー】という10センチほどの大きなハチ型の魔物のもの。

 毒などもなく比較的大人しい部類の魔物ではあるが、それでもその大きさのハチが大量に襲い来るとなると十分な脅威である。


「ハルコさんって甘いもの好きそうだったからこれお土産にすればちょっとはわたしのことも気に入ってくれるんじゃないかな?」

《それはそうかもしれないけど》

《いや、ハチミツ取るためにわざわざ戦うんかいな?》

「戦わないよ? ハチミツだけもらっちゃう」 

《は? 一体どうするんですの?》


 (クロ)はラージビーが出てこない距離まで息を殺してゆっくり近づくと、呪文詠唱を開始する。


「全てを飲み込む深淵の闇よ。全てを喰らう暗黒の穴を我が前に……」

《その呪文は……!》

《こらー! ブラックホールは使うなって言われたじゃんよー!》


 それは(シロ)たちに使用を禁止されたブラックホールの魔法であった。(クロ)は構わず自分の右手の前に小さな闇の渦を発生させる。


「ブラックホール」


 魔法が完成するとブラックホールはハチの巣をまるごと飲み込んでしまう。


《いや、それだと意味ないじゃない》

「いいからいいから。全てを飲み込む深淵の闇よ。全てを喰らう暗黒の穴より我が望みを吐き出せ──ブラックホール・リバース」


 (クロ)はポケットから空き瓶を取り出すとブラックホールの魔法を反転させる。すると先ほどブラックホールが飲み込んだハチの巣からハチミツだけが吐き出され、瓶の中へと貯まっていく。


《ブラックホールを制御してる!?》

《しかも器用にハチミツだけ取り出すとかいったいどうやってんの!?》

「ふふん、わたしもやれば出来るのですよ」


 どや顔で答えになってない答えを返しつつ、(クロ)はさっそく入手したハチミツを味見してみる。


「あま~い! これならきっとハルコさんも気に入ってくれるよね」


 ──このハチミツが後にあんな惨事を引き起こすことになろうとは(クロ)を始め、誰も想像だにもしていなかった。

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