妖怪経験値おいてけ
地下ダンジョン二十八層、そこは古代栄えたアルケイオス帝国の宮殿跡であった。
宮殿内部は千年以上の歳月が経過していることにより風化しきっており、当時であれば美麗な装飾の施された調度品の数々で彩りれていたであろう荘厳な景観ももはや見る影もなく、調度品は乱雑に投棄され、ヒビが割れ腐肉や血のこびり付いた内壁、瓦礫で埋め立てられた個室、天井から落下した金細工の剥げたシャンデリラ、何かから逃げ惑うような恰好で床一面に転がっている骸骨が、もはや人の住まう場所ではないことを表している。
しかし、そこでは今もなお夜会は続いている。肉の器を捨て去った亡霊達は古代の【王】を称えるために嘆きの讃美歌を歌い、腐肉の器に縛り付けられたゾンビ達は死の舞踏を踊り続けている。晩餐として会場のテーブルに乗せられた【肉料理】にはまだ湯気がたっており、盃には血のように赤い酒が注がれているのだ。
調理場では人丈程ある肉切り包丁を引きずって歩く巨大な肉団子が、本日仕留めたばかりの新鮮な肉を骨ごとバラバラに引き裂き、解体し、赤黒い液体で満たされている熱した大釜の中へと放り込んでいる。
地下独房ではうわ言を呟く生ける屍達が拘束されており、奥の拷問室からは犠牲者達の悲鳴は鳴りやまない。
千年経過しているこの場所に、未だ"白骨化していない屍"が存在するというのは、新しく屍が供給され続けている事を意味していた。それは、ここで力尽きた愚かな探索者であったり、思いあがった邪教の信徒達が身に余る儀式に手を出した結果であったりするが、同情の余地など一切ない。
死者の宮殿を踏み荒らすのだから、相応の報いは受けて然り……となっているはずだった。
今の宮殿内部は恐ろしい程の静寂に支配されていた。
「やっほ~、皆いる~~~?生きてる~?」
気の抜けたような呑気な声をあげているのは露出の多い痴女めいた格好をしている少女、サキュバスだった。しかし、誰も彼女の声に応えない。
「って、あっ、ワイト君み~~~っけ! も~死んだふりしてるだけじゃ~ん。無視されたらあ~しも悲しいんだよ~」
「や、やめて下さい。死者荒らしに見つかってしまいます……」
ワイト君は怯えた調子でサキュバスに声を落とすようにお願いしていた。
「死者荒らしって~?」
「ある日を境に、宮殿内部の住民を殺戮していく恐ろしい男が現れたのです。何やら"経験値置いてけ……"と呟きながら八種以上の武器を変幻自在に操り、瞬く間に拷問刑吏や料理長、メデューサや奇形獣どころか階層主のアルケイオス二三世様でさえも一瞬にして殺害され、奴を恐れて隠し部屋に逃げ隠れた者までもが偏執的とも言える程に執拗かつ念入りに探し出されて一人残さずに徹底的に殺戮蹂躙されていくのです。 最近現れなくなったと思ったのですが……ここにきてまた奴が急に現れ始めまして……ああ、恐ろしい……」
「そういえば、いつも中央でふんぞり返ってるリッチ君見ないよね~。どしたん?」
「先日ようやくアルケイオス二十三世様が復活したのですが、丁度奴に見つかりまして、"お前が大将だな、経験値置いてけ……"と即刻顔面に鉄球をぶつけられた後に聖剣でバラバラに引き裂かれてしまいました……」
ワイトの証言を聞いてサキュバスの脳裏に電流が走った。
――やっば~……もしかしなくてもこれ、おにーさんじゃーん……。そういえばおに~さん言ってたもんね、二十八層でレベル上げてたって……ってことはこれ全部あ~しのせいじゃん!
「あ、あはは……なんかごめんね?ワイト君」
「いえ、サキュバスさんもどうかお気をつけて下さいね。あれは本当に恐ろしい男ですから」
「ふぅん? そんなに恐ろしいかな~結構可愛いと思うんだよね~ワイト君もそう思わない?」
「はぁ……?ワイトはそう思いませんが……」
経験値置いてけ……なぁ、大将首だろ! 大将首だよなぁ! 経験値おいてけ……
と呟きながら徘徊し、隠し部屋を全部探し出してマッピングし終えるまで居座り続ける迷惑な奴にはならないようにしようね……