ファンタジー編第7話 絶対に許さんぞ虫ケラども
ゴブリン爆殺から10日後。アオヤマと少年少女計110人が、ゴブリンに引き渡される日が訪れた。引き渡す場所はゴブリン山樹海入口。町側の立会人は町長、警備兵長率いる警備兵数十人、ユーカ、エミリ。
少年少女は徒歩で樹海入口に向かうことになったが、拘束はされていなかった。ゴブリンの怖さを知っている彼らは、無駄な抵抗はしないだろうという目算だ。何より大人たちは、この哀れな罪のない愛すべき若者たちを、自由の無い囚人のように扱うことを嫌った。
ただし、アオヤマは例外である。この男は何をするか分からない。そのため、両手と両足をロープで縛り、荷車に乗せて目的地まで運ぶこととなった。
町を出てすぐ、アオヤマは少年少女に話しかけた。「みじめだねぇ、俺たち。醜悪なゴブリンに何されるか分からないぞ」。少年少女や同行者から怒号が返って来る「うるせー!もとはと言えばお前のせいだろうがよ」、「このクズ野郎、おとなしくしていろ」、「子どもだって静かにしているんだぞ」。
アオヤマは、警備隊が手を出さないと知っていて、さらにわめき散らす。「ゴブリンどもは人間みたいに甘くねー!楽に死ねると思うなよ。おそらく、俺たちは家畜にされる。人間牧場で飼われて、子を産まされて、あいつらのエサになるんだ」。
ついに泣き出してしまう子どもがいた。さすがに警備兵長がしびれを切らし、アオヤマの首元に剣を当て、低い声で言う。「町のため、社会のために、と大人しくしている少年少女の気持ちを、お前は少しでも考えたことがあるか?同行している警備兵の中には、わが子を差し出すことになった者もいる、それに気付いていなかったのか?お前を生きたまま引き渡すという要求は忘れてはいない。ただ、これ以上は許さん」と怒りをにじませる。
警備隊長の言葉が脅しではないと考えアオヤマは黙った。もう騒ぐ者はいない、一行は黙々と進む。少し落ち着いてから、アオヤマは小声でエミリを呼び寄せ、耳打ちした。「ロープを緩めてくれ、身動きできなければ何もできない」。
エミリは「何をする気だ」と言って彼を睨む。
アオヤマは「決ってるだろ、卑劣なゴブリンどもを滅ぼすんだ」と声のトーンを上げるが、彼女は「お前には難しい」と離れようとする。
アオヤマは泣きそうになりながら懇願した「お願いだ、勝算はある。エミリさん、あなたは何のために異能をくれたんだ。こういう時のためだろ」。
エミリは迷っていた。自分の周囲に、破滅に向かって進む少年少女がいる。しかし、ゴブリンの要求を無視し彼らを助ければ、ゴブリンと町の殲滅戦が始まるだろう。ふと、牢獄でアオヤマが言った言葉を思い出した。「目の前の人を助けることで、その先でさらに重大な問題の発生が懸念される場合……。あの時どうすれば良かったかは、答えが出せない」。彼女は、(私にだって、分からないよ)とうなだれた。
彼女は悩んだ後、決心したかのように息を吸った。そして、服の中から美しい装飾が施されたナイフを取り出し、アオヤマの手足を縛っているロープに切れ目を入れた。彼女はいざとなれば自分も戦う決意を決めていた。押し寄せてくる不安は、(絶対に大丈夫……)と心の中で自分に言い聞かせて追い払った。アオヤマはお辞儀して感謝を伝え、その後は静かにしていた。
しばらくして少年少女一行は、樹海入口に到着した。そこには、ゴブリンプリンセス3匹と、無数の兵隊ゴブリンが待ち構えていた。プリンセスは体高が1m80㎝ほどで、直立する白アリのような姿をしていた。非常に不気味だ。
プリンセスの1匹が言った。「まず、わが同胞を殺した男をこちらに渡しなさい。我らに危害を与えるとどうなるか、その身をもって知ってもらいましょう。ほかの人間も良く見ておきなさい」。
警備兵がアオヤマの乗った荷車を蹴飛ばした。荷車はゴブリンの近くで横転し、彼はプリンセスの目の前に転がった。プリンセスがアオヤマに触れようとした瞬間だった、彼は手足を広げてロープを切り立ち上がった。そして、「醜いアリンコなんかに殺されてたまるか」と叫んで、1匹のプリンセスの顔を殴り飛ばした。そして、道をふさぐ兵隊ゴブリンを蹴っ飛ばし、樹海に突撃した。
プリンセスは「絶対に許さんぞ虫ケラども!」と絶叫した。エミリは(本当に大丈夫……だよね)と不安に駆られながら彼を追った。