ファンタジー編第1話 よくある世界と無鉄砲少年
「ここは?確か俺は、トラックに轢かれそうになった子どもを助けようとして…死んだはずだよな」。と、中肉中背でこれと言って特徴のない、学生服を着た少年がつぶやいた。周囲を見回すと、先が見えない森が広がっている。
この状況が怖くない人間などいるだろうか。少年も人並みに恐ろしくなり身震いした。その時、「ハジメ・アオヤマ」と、落ちつきがあり威厳に満ちたトーンの女性の声がどこらかともなく響いた。
「え?はい、アオヤマです。あなた誰ですか、ここはどこ?」。そのアオヤマという少年は、いっそう周囲を見回した。
その疑問に答えるかのように、少し前方に光が差し込み、ファーという珍妙なラッパの音が鳴り響いた。そして、その光の中に一人の女性が舞い降り、口を開いた。「私は異世界コンシュルジュのエミリ。あなたにこの世界を案内する協力者」。
アオヤマが話し出す前に、エミリが続ける。「ここは『エルタノール・エーテル』。人間と動物と植物、そして亜人や妖精、つまり獣人やエルフやドワーフが共存している世界…」。頭の中で(いってみれば、ありがちな中世ファンタジー系の世界)と茶々を入れながらさらに説明する。
「科学や技術は比較的未発達、蒸気機関が発明された程度。一方で人間をはじめとする生物は、個々に異なる特殊能力「異能」を持ち、それに頼って生活している。長年にわたり平和に暮らしていたが、近年、と言っても100年くらい前ではあるが、魔物が現れるようになった。それからは、人々や妖精が魔物と戦う日々が続いている」。
さあいよいよ、異能や魔物との争いの詳細説明が始まろうとする瞬間だった、森の奥で「キャー助けて」という女性の叫び声がした。このアオヤマという少年はエミリのことなど忘れてしまった様子で、「なんかよく分かんないけど、助けるべきだよな。今助けるぞ」と鼻息を荒げ、叫び声の方向に走り出した。
エミリは「待ちなさい、ここからが重要な話だ」と、お約束のセリフを吐きながら追いかける。そして、彼の背中を見ながら(あーなるほど。正義感は強いが、無知で未熟な無鉄砲タイプか)と分析した。
雑木の間をぬって少し進むと、体高1mほどのゴブリン3匹が、10代半ばの人間の少女を襲っていた。アオヤマは追いついてきたエミリに早口でまくし立てる。「何かできないか、多分だけど僕は異世界に転生したんだろ?そういう場合ってなにか特殊能力が貰えるのでは?そうだ、さっき異能とかなんとか言ってたあれをくれ!」
エミリは「少し落ち着け」とたしなめようとしたがアオヤマは止まらない。彼は焦燥に駆られて、前のめりになり、こぶしを握った。するとこぶしの周りがぼんやりと光った。「ん?なんだこの光は。まさかこれは…魔法!これを奴らにぶつければ!」。
アオヤマがボールを投げる要領でこぶしを振ると、放たれた光が1体のゴブリンの胴体を貫いた。そのゴブリンは爆発して息絶え、それを見た残りの2匹は森の奥へ逃げていった。
「やった!」と、どうだと言わんばかりに得意気な表情ではしゃぐアオヤマに、エミリはあきれ顔で言った「なんだその腹の立つ顔は。お前は大変なことをしたのだ」。襲われていた少女はすぐに立ち上がりお辞儀して感謝を伝えたが、続けてこう言った「助けてもらっておいてこんなこと言うのもなんですが、今のって結構まずいですよ」。もっと感謝されるとばかり思っていたアオヤマは眉毛をハの字にして「え?」とうろたえた。