領主ビバルイ
襲撃から少しして、四人に囲まれたアモウは目を覚ました。
「気分はどうだ」
「…お前、何者だ」
「俺は気分はどうかと聞いている」
「お前、俺が誰だかわかっ――」
「ヤン」
「はい」
張りの良い打撃音がテントの中に響く。
「ぐはっ...!ヤン、お前...」
「アモウさん、お願いなんでここは素直に答えてください」
「…裏切ったのか」
さらに張りの良い打撃音がテントの中で響いた。
「ふぐぅ...シンん、ヤンを止めろ...ぉ...」
「アモウさん、聞かれたことだけに答えるだけでいいんです。余計な事は言わないほうがいいです」
「リ...エン、お前もか...」
リエンは黙って様子を見ている。
「気分はどうだ?」
「...くそだな」
「そうか。アモウ、お前に聞きたいことがある。ここの管理権は元々、お前ではないはずだ。誰に貰った?それと、お前が取引をしている領主についても教えてもらおう」
「んなこと、お前なんかに教えてやる義理はねェ」
「俺はお前と仲良くしていきたいと思っているんだが」
「俺はこれっぽっちも思ってねェよ」
「まあそう簡単に口は割らんか。方法なら幾らかある」
一番手っ取り早い方法はこいつの弱みを握ること。こいつの弱みとなるものそれは――
「…ライカン」
「!!」
アモウの目が一瞬泳いだのを俺は見逃さなかった。
「思い出した。ここの以前の管理者は確かライカンだったな」
回帰前の世界では、ホーマ採掘場の管理者は、ライカンという人物だったのを思い出した。ホーマ採掘場は王国が持つ採掘場の一つで、金属が多く取れることで有名だった。ライカンはこの採掘場を要として、近い将来、王国と対立することになる。
後に、反王制派として国を追放され、悪名を轟かせるまでは。
その際に、名乗った組織名が「碧の勇軍」というもの。その特徴として、体のどこかしらに、従属を示す青色の隷従紋章が刻まれる。そのため、勝手な行動は許されず、文字通り、命を握られた状態になる。
隷従紋章には特徴がある。一つ、術者が死なない限り、永久に効果を持つこと。二つ、術式の上書きを行えば、次の術者に隷従権限を譲渡する事が可能であること。
そして、隷従紋章は二種類存在する。術者が直接命令を下せる直属紋章と、直属紋章持ちが、さらに下の者へ命令を下せる二重紋章というものがある。
直属紋章のみが刻まれたこいつは、奴隷には変わらないが、ライカンが持つ組織では、幹部の位置にいることになる。
「いつここをライカンに譲ってもらった?」
「...何の話してんだよ」
「お前がライカンにここを譲ってもらった話だ」
「ハッ、何のこと言ってんのさっぱりわかんねェな」
「とぼけるのが下手糞だな。奇襲といい、そういうのはお前には向いていない。素直に答えろ」
「...チッ、知ったところで何になるんだ」
「ライカンは俺が殺す」
アモウは呆れた顔をした。
「お前みてェなやつに殺されるほど、ライカンは弱くねェよ。大体、腐ったもん食って気絶したてめェに何ができんだよ」
「誰に聞いた。ヤンか?」
「お、俺は言ってないっすよ」
「下で馬鹿どもが騒いでたのを聞いたんだよ」
...あいつら。
「そんなものを鵜吞みにしているのか。呆れたな」
ヤンらが視界の隅で、同時に口を一の字にして黙り込んだ。
視線を感じる。だが、俺はそれを見ていない。
「いいから、ライカンの居場所を吐け。場合によってはお前を助けてやらなくもない」
「だから、お前が勝てるような人じゃねーんだよ」
「よっぽど俺よりライカンの方が怖いのか」
「ッたりめェだろ…。お前ェはあいつがどれだけ危険な奴なのか知らねェのさ」
「そうか。ならば、仕方がない。お前をボイトラに売り払うとしよう。なあヤン、いい考えだと思わないか」
「え…。ええ、ええいい考えだと思います!」
「!?」
「なあシン、リエン」
「い、いい考えですね…」
「お…おい!ボイトラ!?ボイトラってあのジジイの事か…!?」
「と、とてもいいと思います!」
「お前ら…!」
誰に言うわけでもないが、ボイトラとは、クオンテン山に住んでいるヤブ医者だ。
ヤブ医者とはいえ、腕は悪くないし、回帰以前では、何度も世話になった。が、信用の無い奴や、カモになり得る奴には、とことんヤブ医者を貫き通す男だ。
基本的に、医者のくせに簡単に人を死なせるだとか、若い女子の肉を喰らっているなどの噂ばかり。そういった噂のみが、一人歩きしている状況があるからだろうが、誰も近づこうとしない。
実際の事に関しては俺も知らん。そもそも、ボイトラが本名なのかすらも怪しいが、そんなことは気にしない。俺にとって、あいつは協力者という立場なだけで、あいつに関する素性には一切興味は無い。
そんなわけで、噂だけを知る者にとって、彼のもとに連れていかれることは、死んだ方がマシのように聞こえるというわけだ。
「俺を連れて行くってことは、お前もボイトラに何されるか、分かったもんじゃねェだろ。いいのかよそれで!」
「ボイトラの何が怖い。噂か。この目で見てもいないのに?俺は真に恐ろしいものを知っている。ボイトラなんぞ、霞むほどのな。噂を鵜呑みにするな。いつか自分の足を引っ張ることになるぞ」
アモウは少し鈍い顔した。納得がいかないようだな。
「確かに、話だけじゃ信憑性に欠けてしまうか。ならば仕方がない。後回しにしようと思っていたが、お前らの目の前で鉱山の主を殺そう」
「鉱山の主も知ってんのか」
「鉱山の主って何すか」
「私も知らないのだけど」
「お前らにとっては邪魔だろう。ついでだ。ついて来い」
主の部屋へ着いた俺は、手に持っていた作業用ツルハシで、すぐに鉱山の主を無力化した。主の見た目は、少し小さい蜘蛛のようだった。
「どうだ。満足したか」
「あんなでかいのに、マジかよ」
「でかい蜘蛛なのに、さすが大兄貴…」
「あんなにも大きいのに、人間じゃないわね」
「…」
「お前が何を根拠に、あんなに自信があるのかと思っていたが、こりゃあ凄ェな…」
「こんな化け物がいたなんて」
「知らずにここに入ってたら、間違いなく帰って来れなかかったっすね…。というか、アモウさん、なんで教えてくれなかったんですか」
「一応、この穴には近づくなって念は押してはいたんだが、まあ結果良しだ」
二人はアモウに聞こえないように、耳元で囁きあった。
「アモウさんって意外と適当?」
「そうかもしれないわね」
「理解してもらえたならいい。さっさとライカンについてを吐け」
「理解できたというか、できなかったというか、まあとりあえず、わーったよ。そいつを殺してくれたし、ライカンのことは話してやる。王国のもんにはまだ言うなって言われてるから、ここだけの話にしてくれ。ライカンが俺にここを譲ってくれたのは、ひと月ぐらい前だ」
「ちょっと待て。話が長くなるなら手短に頼む。そうでないとうっかり俺の手からツルハシが、お前めがけて飛んでいってしまいそうだ」
「分かったから。なるべく省略するから黙って聞いてくれ。…それで、その少し前ぐらいに、変な仮面をかぶった男がここを訪ねてきた。ライカンにしてもらいたいことがあるって言ってな。男が帰った後のライカンはついにかって顔で、ここは俺にやるってくれた。んで、そのままライカンは俺の使命だからって、コクブシィに行っちまった。ここんところ王国からは何の支援もなかったし、なんなら敬遠されてたからな。良い頃合いと思ったんじゃないか?」
おかしいとは思っていた。この時期に、紋章持ちがいるということは、すでに碧の勇軍は、存在していることになるからだ。そして、このタイミングで王国を離れるとは、あまりにも早過ぎる。相当前から計画を練っていたのだろう。
嫌な予感がする。
ライカンがホーマ採掘場を放棄したという事は、王国に反旗を翻すための、何かしらの準備が整ったことを意味する。回帰前であれば、ライカンが反王政派に回るのは、もう数年先の出来事。
何が原因かは分からないが、歴史にずれが生じたことは確かだ。このままいけば、各地に点在する反王政派が、動き出してしまう。それは止めなければならない。
碧の勇軍の初戦は、王国の離れにある古城を占領することから始まる。複雑な地形から見ても分かる通り、奴らにとって、都合の良い根城になるからだ。
まだ、それすらも始まっていないということは、彼らを止める余地はある。
王国の存続は、良くも悪くも、後の歴史に大きな影響をもたらす。回帰前の世界では、王国は、俺の処理仕切れない敵にぶつける良い駒の役割があった。俺の目標はアイツを殺すこと。その計画が狂ってしまうことなどあってはならない。
「準備をしろ。これからライカンを止めに行く。馬を出せ」
「え、今からですか?すでに日は落ちてますよ」
「日が出てようと、出てなかろうと一緒だ。これはお前たちにも関わる事だ。このまま放っておけば、あいつは間違いなく王国を滅ぼす」
「何言ってんのかよく分かんないです」
「おそらくだが、ライカンは軍隊を所持している。お前と同じ青い刺青を持った者で構成された軍隊だ。身に覚えは?」
「軍隊は知らないが、同じ刺青を持ってるやつなら何人か知り合いにいるな。ちょうど町中にも数十人いる」
「お前には軍隊の話は来なかったのか?」
「聞いた事ねぇな」
「お前はライカンのお気に入りかと思っていたが…そうか。はぶられたわけだな」
「!?」
「一度町へ下る」
「何故」
「いいからついて来い」
四人は、状況を把握出来ていない様子ではあったが、素早く俺の指示に従った。
日が沈んだ頃、カンヴァイ山脈には、五人の人影が馬へ跨り、山の麓へ向かって颯爽と駆けていた。
「暗ぇ…真っ暗っすよ…」
「こんな暗い中、馬を走らせるなんて、普通は怖くてできないわ」
「やっぱりあの人普通じゃないっすね」
「多分だけど、あの化け物蜘蛛を相手にして、本気出してないわよ。普通じゃないわ」
「…」
聞こえているが。
暗闇の中、左右の木々が視界を何度も過ぎていく。
松明を持つことが出来ればよかったが、急ぎのため、暗闇でも視界を確保できるように、ぼんやりと青白く光る発光石を全員が身に付けていた。
「お前本当に今日初めてこの山に来たんだよな?」
「…ああそうだ」
「なんでこのルートを知ってんだ」
「分からん。勘だ」
実際、勘頼りで下っているため、正確な道ではないと考えていたが、なんとなく道が続いているので、何度か採掘組が使用しているのだと思う。
アモウ曰く、今我々が進んでいる道は、採掘場から麓の町まで、ほぼロスタイムが無く下れる、整備のされていない岩道とのこと。
「なんでこんなに急ぐ必要があるんだ」
「説明するには確証が持てない。町が危ないのは確かだ。だから、まずは領主に会う」
「あのなあ、領主だって馬鹿じゃねェ。見ず知らずのやつなんかに会うわけねェだろ」
「そのためにお前がいる。お前が、俺と領主の橋渡し役になるんだ」
アモウが嘘をついている可能性も十分あるが、アモウは領主と関わっていても、碧の勇軍については何も知らされていない様子だった。ならば直接領主に聞く方が手っ取り早い。
碧の勇軍はおおよそ三万弱。一か所に駐屯しているとは考えにくい。ならば、ライカンの目が行き届き、かつ王都から離れた場所に隠す方が安全だ。その内の一つが麓の町であることはまず間違いないだろう。
「そこを左に向かえ!町の裏側に着く」
アモウが道を示す。その指示通りに山を下っていく。
しばらくして、町の裏側に到着した。
「馬は見つからないように、留めておけ」
「なんで正面から入らないんすか」
「今から領主を襲撃する。正面から入ったところで無駄に時間を食うだけだ」
「襲撃って、冗談っすよね?」
「冗談ではない。俺とヤン、シン、そしてアモウで行く。アモウ、領主邸は何処だ」
「この壁を越えればすぐに見える、赤い屋根の屋敷だ」
「…本当に行くんすね。自分、馬見てていいですか」
「馬はリエンに頼む」
「分かりました」
リエンはシンと目が合うと、片手ですまないねと伝えた。
「えぇそんなぁ…」
「俺は戦えないっすよ!大兄貴」
「分かっている。だから、今後のために俺らの戦い方を見て学べ。そして何かを得ろ」
ちょっとした柵を越え、近くの屋根に飛び乗ると俺たちは、屋敷の特徴である赤い屋根の建物を探した。
「はぁはぁ、速いっすね…どこっすかぁ?赤い屋根の建物って、そんな建物いくつもあるじゃないですか」
「目の前って言ったろ。あれだ」
「あーーあれっすね!」
「どうした」
「何か聞こえるか」
「何が」
「耳を澄ませ。何か聞こえるか?」
「いいや?」
「それがおかしい」
「何でだよ。今は夜中だぞ。住民はとっくに寝ている時間に決まってる」
「行くぞ」
「えちょっと、今登ったばっかなのに!」
夜中だろうと、住民全員が寝るわけじゃない。特に酒場なんかはそうだ。夜の方が人の出入りは絶えない。そのはずだが、そんな空気が微塵も感じられない。何かが引っ掛かる。俺は嫌な予感のまま、領主の屋敷へと向かった。
「ここだ」
「やっと休憩できる…」
「辺鄙の領主にしては随分と立派な屋敷だな。町の金でも横領したんじゃないか?」
領主については、事前にアモウから聞いた。名はビバルイ。金にがめつく、自分に得な者としか、関わりを持たない。屋敷を見て分かるように、古典的な金の亡者だ。
「た、確かに、この街には似つかない屋敷っすね」
屋敷の外観には、金でできた細工が施されている。他にも庭には誰かを模様した彫刻像などが建てられていた。
領主の屋敷は立派なものであった方が良い。屋敷とはその町の顔と言えるものであるからだ。そして、屋敷の豪華さは街に比例していなければならない。
だが、ここはどうだろうか。この町は鉱業で栄えているとはいえ、そこまで羽振りの良い利益は出ていない。稼いだ金の大半は、王都への献上金として収められているからだ。怪しいことには変わりはない。
「おい待て。いいか。普通、領主に取引を持ちかける時は、手土産が必要になるんだよ。具体的に大金だな。それが無いとまず、話すら聞いてくれない」
「金か。当然そんなものは無いぞ」
「…だろうな。そう思って金の代わりに、俺は純度の高い鉱石を一袋分持ってきた。この袋一つで大半の人間は一生食っていける分だ」
「一生!?」
「この純度の高さの鉱石なら、あのがめつい領主でも納得してくれるだろうよ」
シンは両手でよく分からない計算をしながら、ギラついた目で袋を凝視している。
「ガチャガチャうるさいと思っていたが、そのためか」
「これぐらいのもんが無いと相手にすらしてくれないからな」
「そんなものいつ集めてたんすか」
「半年以上前からコツコツと集めていた。何かあった時のための貯蓄としてな。備えあれば憂いなしってやつだ。まさか、ここで使うとは思わなかったがな」
「俺を見るな。持ってきたのはお前だ。それと、別にそんなものが無くても、俺には考えがある」
「どんな考えがあるんだ」
俺は思い切り屋敷の玄関扉を蹴り破った。
「こうだ」
「お、おま、お前ェやりやがったな!?」
「何をしてんすか大兄貴ッ!」
「何がだ。俺は交渉をするとは一度も言っていない。襲撃すると言ったんだ」
「今のは穏便に交渉を、って流れだっただろうが!空気読めよ!」
「過ぎたことに一々文句を言うな」
そうこうしているうちに、奥から二人こちらに向かって来た。装備からして傭兵だろう。
「領主の屋敷と知っての行いか?」
「領主に用があるのでな」
「随分と大胆な奴だな。…おい、隣にいるのは採掘場の管理人じゃないか?」
「名はアモウだったな。どういう事か説明してもらいたい」
アモウは思った。くっそ、やらかした。完全に判断を間違えたな。こいつに先陣切らせるべきじゃなかった。このままだと俺の安定した未来が危ない…!
「た、助けてくれ!こいつに脅されて採掘場が乗っ取られたんだ。このままだとせっかくのけいやグハッ…!」
「誰が命乞いをしろと言ったんだ。そんな必要はない」
アモウは再び思った。お前のためじゃねェよ!俺の未来のためだ!
「お前らなど相手にもならん。指一本あればいい」
「それは舐め過ぎだろう。こっちにもプライドってものがあるんだ。黙ってられるほど、出来てないぞ」
「武器も持てないのに、威勢振り撒くんじゃねーよ。万が一にも殺しちゃっても後悔すんなよ」
「俺を捉えることすら出来ていないのにか?」
「「!?」」
その場にいた全員が自分の目を疑った。瞬きをする間に俺が傭兵二人の背後に回ったからだ。
傭兵二人はすぐに背後へ武器を向けたが、それよりも前に俺は、二人の顎へと拳を放った。
「「かはっ」」
二人の傭兵は同時に床に崩れ落ちた。
「なんすか今の…」
「見えなかった。…それより今、拳を使っただろ」
「顔が気に食わなかったから、咄嗟に手が出ただけだ。ぼーっとするな。行くぞ」
「ちょ、さっきから二人とも色々速いっす!置いてかないでください!」
玄関から見えるのは、真っ直ぐに続く長い廊下。その廊下の壁にはいくつかの扉があり、なかなか良い絵画が飾られている。
「あの先の突き当たりに領主の部屋がある」
「ここだな」
「え、そんな堂々と入るんっすか」
部屋に入ると、机を目の前に男が椅子に座っていた。
「はあ、こんな夜遅くにどこの誰が、どういったご用件で?…おや、アモウ管理人も一緒とは」
「お前がビバルイだな。俺は王都から派遣されてきた者だ。手短に確認したい事がある」
「王都ですか。格好もそうですし、あなたのような方は身に覚えがありませんね」
「昨日担当を任されたばかりだからな。知らないにも無理も無い」
「…そうですか。では確認したいこととは?」
「碧の勇軍についてだ」
その単語を聞いた途端、領主の顔が訝しい表情に変わった。
「その単語をどこで?」
「隠す気はないのか」
「王都からわざわざこの地に足を運んで頂いたのです。少なくとも裏付ける何かを持っているという事でしょう」
「…そうだ。そういう事になるな。話が早くて助かる。この町に碧の勇軍を駐屯させていることは分かっている。どこだ」
「…それは、正確な情報ではないですね。軍はもうこの町にはいませんよ」
「いたという事は間違いないようだな」
「はい。すでにこの町を後にしました」
「いつだ。今日か?」
「ええ、ちょうど陽が沈む頃です」
もうはや軍は動き出したのか。完全に回帰前とは違う動きを見せているな。
「軍の規模は?」
「町の全住人ですよ」
その言葉に一瞬、アモウが顔を強張らせた。
「住人の数はいくつだ」
「二千人はいますよ。勇軍としてコクブシィに向かった者は、子供、老人を抜いた、千五百と言ったところでしょう。そういった情報は把握していると思ったのですが」
「そんな情報は知らん。王都から来たというのも嘘だ」
「え、それ言っちゃうんすか…」
「下手な嘘はかえって自分を苦しめるからな」
シンは素っ頓狂な顔を晒した。
「なんと、王都から来たというのは偽りだったとは。驚きました」
わざとらしく納得した、という風な顔をした。まるで知っていたかのような顔だ。
「驚いている様には見えん。それにさっきから内情を喋りすぎだ。俺にとって有益な情報しか話していないぞ」
「私は領主ですからね。こう見えて人を見る目は良いのですよ。とくに金の匂いがする人を見る目は。そうやって、ここまでのし上がってきましたから」
こいつはどうもきな臭いが、条件次第ではこちらにつくかもしれない。
アモウが口を開いた。
「軍はコクブシィに向かったな」
「行き先は知らされていないので、私からは何とも言えませんが、南の方へ向かわれたのでおそらく、コクブシィで間違いないでしょう」
「ビバルイ。お前は何処までをライカンから聞いている」
「彼のしようとしてる事は想像はつきますが、内容については一切聞かされていません」
「ならば、ライカンの計画は、お前にとってどんな影響を与える?」
「上手くいけば、今の地位から昇華出来るでしょう。失敗すれば、彼に加担した私は、即刻死刑でしょうな」
「上手くいけば、な。俺たちは、ライカンを止めるつもりだ」
「構いませんよ。私じゃあ、あなたたちに敵いそうにない。精々、奮闘して後ろの彼一人でしょう」
ビバルイはちらっと、扉の方に目を向けた。俺もそちらに目を向ける。
「確かにな」
「いやあ、そこまちょっと否定してほしいっすね!一応、筋肉は付いてますから!ね、ほら」
筋肉アピールをするシンは必死だった。
ビバルイ。こいつはこいつで、碧の勇軍とは別に何かがありそうだ。
再び、アモウが口を開いた。
「目的地は分かったんだ。急ごう」
「ふむ、そうだな。領主ビバルイ。失礼した。また後で来る。行くぞ」
「ええ、健闘を祈ります」
「あ、そうだ」
「なんでしょう」
「俺は屋敷の修理代は出さないから、自腹で頼む」
「…」
リエンの元へ戻ってきた俺たちは、すぐに、軍の跡を追い始めた。
「話せば分かるやつだったな」
「おかしい。いつもなら、あんな簡単に決まんねェよ。きっと裏があるぞ」
「だろうな。あいつはあいつで、何かしらの計画を持っているように見えた。とりあえず、あいつは後回しだ」
「今はライカンっすね」
「ここからコクブシィまでいくらだ」
「町からなら二日半ってところだな」
「必ず追いつくぞ」
月明かりに照らされた平原に、五馬とその背中に乗る五人の影が、映し出される。
平原を颯爽と駆ける馬の立髪が激しくなびく。
夜明けはまだ遠い。