第九話 変な奴と変な奴
「気にかけてくれたというか……まぁ、言いようによってはそうなるかもしれないけど……」
少したじろぎながら、面真は答える。
面真は恐怖を感じて少しずつ後ずさっているのだが、一定の距離感を保ち続けるためか、眼前の少女はそれに合わせるようにこちらににじり寄っていた。
「――そうですよね! ありがとうございます! ありがとうございます! ささ、これ以上こんな下賤な奴なんかとお話しにならずに、ご学友と歓談されてはいかがでしょう!?」
なんというか……怖い。三つ編みの髪が乱れ、太い黒縁眼鏡がずれるのにも構わず、何かにとりつかれたように動く少女は、事態が事態なら即座に通報する案件だ。
「いや、ごめん。そもそも君の名前を知らないし……なんでそんな言葉づかいをされるのかも謎だから、そこを話してからにしてもらっていい?」
「――! まさかこんな卑しい女に、まだしゃべる機会を設けていただけるのですか?! このご恩になんと報いれば……!」
「ああ、うん。今聞いたことを話してくれればそれでいいよ」
「ちょっと面真くん? これなにごと?」
見かねた詞詠が助け舟を出そうと――――していなかった。
『面白そうなやつがいるじゃないか、なぜ昨日のうちに話してくれなかったんだい?』とでも言いそうな顔をして、目を輝かせながらこちらを見ている。
そんな詞詠に、面真自身も何も知らない旨を話そうと口を開く。――だが、それより先に言葉が聞こえてきたのは少女の方からだった。
「木南豪詞詠さん……でしたか?」
「うん、そうだよ! あなたは?」
「…………わたくしは、あなたのことが好きではありません」
「……………………はい?」
そのやり取りだけで、場の空気がぴりついたものに変わる。唯一の救いはこの場に他のクラスメートがいないことだった。
「昨日会ったばかりの分際で生目くんの代表挨拶を邪魔し、輝かしい彼の経歴に傷をつけた! しかもあまつさえ彼を失神させるなんて……その行為、到底許されるべきものではありません!」
「え、えと……」
「それに、今朝も一緒に登校していたじゃないですか! そんなの羨ま……じゃなくて、距離感が近すぎます!」
「そ、そうかな……私としてはこれくらいが普通なんだけど」
面真が詰め寄られた時と同じようにたじろぐ詞詠。彼女のこのような様子を見るのはなんだか新鮮で、少し笑ってしまう。
「生目くんまでそんな顔をするんですか……?!」
そう言うと少女はうなだれて、三つ編み版貞子のような体勢になる。
「もう分かりました……こうなったら、わたくしの生目くんへの愛を! 二人に教えてあげましょう!」
「いや、それよりもまず名前とかを教えてほしいんだけど……」
面真の切実なつぶやきは、聞き入れられることなく掻き消えたのだった。