ぼき
森の南部の村を次々に巡る幸太郎。
ダークエルフ、ドワーフ、獣人の村。そして、リザードマンや
アントレイス、さらにドラゴニュートの村まで。
あまり人族は森に住んでいない。
リザードマンは『荒野の聖者・新たなる伝説』のおかげで、
なんとかスムーズに診療ができた。
アントレイスの村では、両手を胸の前で『×』に組み、
お辞儀をしながらお互いの額をくっつけるという挨拶を
アントレイスの女王とした。
これが握手の代わりなのだという。
そして、女王と友好の儀式をした幸太郎は、
アントレイスからは全く嫌われなくなった。
元々アントレイスは女王を中心とした、穏やかな母系社会。
争い事は苦手なのだ。
だからこそ、お互いの顔の判別がつかない上に
異様に好戦的な人族たちを恐れている。
ちょっと揉めたのが、ドラゴニュートたちだ。
彼らは『ドラゴンの末裔』を自負し、気位が高い。
そしてゴブリンのように性格が汚い人族が嫌いなのだ。
その『ゴブリンに性格が似ている』という部分は、
正直なところ、幸太郎は言い返せない。
元の地球でも、同じ様な事は歴史に残っている。
例えば『洗衣院』『ロザラム事件』を調べてみるといいだろう。
幸太郎が『診療させて欲しい』と言っても、ドラゴニュートたちは
嫌そうな顔をした。いくらドライアードたちの紹介でも、
人族を受け入れるというのは、抵抗がある。
もちろん、逆に人族にゴブリンを受け入れろと言ったら、
やっぱり抵抗があるだろう。
『男は皆殺しで、女は全員性奴隷だ! ぎゃははは』という
ゴブリンを受け入れろといったら、
そりゃあ・・・嫌と言わざるを得ない。
幸太郎が困っていると、シンリンがボソッと言った。
「私に任せよ」
幸太郎が『何をするのだろう?』と見ていると、
いきなりシンリンが消えた。
そして、空間転移で村長の背後に出現すると、
ドラゴニュートの2本のツノをそれぞれ両手で『むんず』と掴む。
その後大きな音が鳴り響いた・・・
『ボキッ』
なんとシンリンは親指だけで、ドラゴニュートのツノを
ポッキーのようにへし折ったのだ。2本ともだ。
「うわあああああ!!! わ、私の、私の、ツノを!
ツノがああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
どうやら、ドラゴニュートにとって、2本のツノは
竜の末裔としての『誇り』らしかった。
それがポッキリ折れている。
まあ、鹿の角と同じで折れても痛くは無いらしい。
ドラゴニュートの村長が悲鳴を上げていると、今度は
モーリーが村長の頭を『がしっ』と掴み、静かに告げた。
「うるさい。頭を握りつぶすぞ。心配はいらぬ。
そこの『荒野の聖者』なら、きれいさっぱり治してくれるであろう。
さっさと治療を頼むのじゃ」
幸太郎はシンリンたちの意図がわかった。力づくで
治療を受けざるを得ない状況を作っていたのだ。
(やはり暴力・・・。暴力は全てを解決する・・・)
とにかく時間が惜しい幸太郎は、次々に折れたツノを
元に戻していった。
そして、その時に黒死病に感染していないかを確認してゆく。
この時、幸太郎はドラゴニュートのツノを触ってみたが、
鹿のツノよりも、はるかに硬そうな気がした。
(これを親指だけでポキポキ折るなんて・・・。
ドライアード様たちの握力って、どないなっとんねん・・・)
シンリン、モーリー、ジュリアがどんどんツノをへし折っていくが、
十数人のツノが折れたところで、ドラゴニュートたちは全員降参。
観念して大人しく幸太郎の診察を受けた。
どの道、森の中ではドライアードたちには勝てっこないのだ。
このように平和的に治療は進み、昨日戦った場所から、
半径5キロ以内の村は全て治療した。
そして、嬉しい事に全て『空振り』に終わったのである。
感染者無し。
幸太郎は、ほっと息を吐いた。昨日はモコたちが感染してすぐに
発症していた事から考えれば、ネズミなども含めて
保菌者はいないはずである。
住人の数は、そんな何千人もいるわけではない。
点在する村の数も知れている。
しかし、幸太郎が全ての村を回り終えた時は、すでに日が暮れていた。
幸太郎とドライアードたちが小狼族の村に帰ってきた。
モコたちが『お帰りなさい』と出迎える。
「幸太郎サン、その黒死病ってのに感染してる人はいた?」
「いいや、1人もいなかった。これで一安心だよ」
幸太郎は微笑む。しかし、次の瞬間、顔が強張った。
「ねえ・・・幸太郎さんってさ、どこから来たの?」
エーリッタの質問だ。別に問い詰めているというわけではない。
本当に『かるーく』聞いている。
「え?・・・な、なんで?」
幸太郎は誤魔化そうかと思ったが、すでに手遅れだという事に
気が付いた。ユーライカの、このセリフで。
「だって、『2000万人も死んだ』って、言ってたじゃん。
1000年都市って謳われる、ゼイルガン王国のラナ・ラルですら、
人口は3万人くらいって聞いてるもん。イーナバース自由国連合の
総人口でも全然足りないっしょ?」
「う・・・」
今日の昼間に、幸太郎は確かに言った。あの時は
『早く人々を診療しないと、感染が広まったら大変なことになる』と
そっちばかりに気を取られて、
口が滑ったことに気が付いていなかった。
「ま、まあ、その、コウタロウが、言いたくないなら、
あたいらも、無理にとは言わないけど・・・」
クラリッサが幸太郎に助け船を出してくれた。
だが、逆に、その優しさが幸太郎に決断させた。
やはり、仲間に隠し事をするのは良くない。
そして、やはりこのような『うっかり』というミスは
今後も起こりえる事なのだ。
そして、一番危険なのは、
『お互いが持ってる情報と認識の差異』。
「ご主人様、私は話していいと思います。
エーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドは、もう知る資格、十分でしょう」
「私も賛成ですわ。エーリッタさんとユーライカさん、
クラリッサさんとアーデルハイドさんは
決して幸太郎様を裏切ったりいたしません。保証します」
モコとファルも幸太郎の背中を押した。
ただ、モコたちの認識は幸太郎と若干違う。
『もう全員お嫁さんになるんだから』
この7人の美女たちは、そう思っている。
知らぬは幸太郎ばかりなり。
そして幸太郎ものんきに『いい機会かもな』と考えていた。
ギブルス、イネス、ジャンジャックとグレゴリオも
幸太郎にうなずいた。
「わかったよ。じゃあ、食事が終わったら、
ちょっと集まってくれ。
バスキーさんと、ポメラさんも、お願いします」
とりあえず、その場にいた人には話す事にした。
パグル長老やシバ、チワは自宅にいたので、この場にはいない。
アカジン達と武装メイドはそれぞれの『樹木の家』で食事中。
とりあえずは今まで通り内緒にしておく。
この情報だけは、知ってる人は少ない程いいからだ。
『異世界から来た日本人』ということは。