黒死病の男の正体 2
カース・ファントムはそう言うと、『ガパッ』と口を開け、
さらに猛烈な『病苦の瘴気』を幸太郎へ吹き付けた。
先程の比ではない!!
『病苦の瘴気』は幸太郎どころか、周囲200メートルほどを
埋め尽くした。モコたちも瘴気の中に飲み込まれる。
「『理力結界<フォース・フィールド>』!!」
バーバ・ヤーガが無詠唱で魔法を使用。
バーバ・ヤーガを中心として
直径10メートルほどの光のドームが展開した。
モコたち、ジャンジャックとグレゴリオは
バーバ・ヤーガのおかげで、
なんとか猛烈な『病苦の瘴気』の直撃を免れた。
しかし、周囲は完全に『病苦の瘴気』が荒れ狂っている。
『理力結界』の外は次々に木々が枯れて
ボロボロの破片になっていった。
ドライアードたちは、空間転移で、さらに後方へ逃げる。
攻撃しようとするシンリンをジュリアとモーリーが必死に止めた。
「くそっ、あれは『カース・ファントム』だぜ!」
「確かに、見た目は・・・でも」
「そうだよ、幸太郎サンがダンジョンで倒したはずだよ!」
「他にもいるということだ! しかも、あれはダンジョンで
出会った奴よりも、圧倒的に強いぞ!!」
こうなってはジャンジャックとグレゴリオでも手出しできない。
エーリッタとユーライカ、クラリッサとアーデルハイドは
初めて出会う地獄の亡者に怯えていた。
エーリッタとユーライカはガチガチと歯が鳴るのを止められない。
クラリッサは青ざめて、額から汗を流して震えている。
アーデルハイドは思わず『お姉ちゃん!』と言って
泣きながら姉に抱き着いた。
ファルはすでに、へたり込んで泣き出している。動けない。
そしてギブルスとイネスですら冷静さを保てない。
仕方ないことだ。
「小僧! なんとかせんか! こっちは皆を守ることで
手一杯じゃ!!」
バーバ・ヤーガは荒れ狂う黒い霧でかすむ幸太郎の背中へ
『全員の無事』を伝えた。
このバケモノに勝てる可能性があるとすれば、
それは幸太郎だけだろう。
(しまった・・・こんなことなら『神虹』で吹き飛ばして
おくべきだった!)
後悔先に立たず。ただ、あれだけの情報では
『神虹』の使用をためらうのは無理もない。
そして今はもう『使えない』。
『破魔の陽光』を解除したら
『病苦の瘴気』に飲み込まれてしまうだろう。
『神虹』を使うには『両手』が必要で、
さらに『チャージタイム』が発生する。
幸太郎はなんとか『病苦の瘴気』の波が弱まる一瞬の隙をつき、
右手の『破魔の陽光』を中断、『コール・ゴースト』で
ゴーストを1体呼び出すことに成功した。
(なんとか、あの口を塞いで・・・完全でなくてもいい・・・
弱まれば・・・)
幸太郎はゴーストをカース・ファントムへ飛ばした。
しかし、その結果に幸太郎は青ざめる。
『破魔の陽光』の範囲内を飛び出したゴーストが、
空中で凍ったように動かなくなり、
幸太郎の目の前で『砕け散った』のだ!!
普通、ゴーストもゾンビも、消える時は
『溶けるように』消えていく。
それは『術が限界を越えた』から起きる事。
攻撃を受けた結果でも、幸太郎が術を解除しても、
同じように『溶けるように』消えるはずである。
しかし、カース・ファントムへ向かったゴーストは、
ひびが入った瞬間、粉々になって砕け散った。
当然、幸太郎は、こんな現象を見たことが無い。
そして、これは『ある事』を指し示していた。
(『冥界門』が使えない・・・)
恐らく、『冥界門』から飛び出すゴーストたち、
そしてカルタス達も同様の結果になる。
仕組みや理屈はわからないが、
この『病苦の瘴気』には霊的な者に対して、
とてつもなく強く、凶暴な干渉力があるのだ。
「ならば・・・『コール・バンパイア』!」
幸太郎は、なんとか『マジックボックス』から
『夜魔の指輪』を取り出し、装着。
もう一度左手だけで『病苦の瘴気』を受け止め、
右手で魔法を発動、ブラッドリーを呼び出した。
魔法は成功したが、左手の親指と肘に痛みが走った。
片手だけで数秒受け止めたせいだ。
「ブラッドリー! 奴に『魅了の邪眼』は効くか!?」
「無理です! あれは地獄の住人です!」
「なら、『瞬光の邪眼』だ!」
「しかし・・・」
「いいから撃て! 魔法の効果が消える!」
ブラッドリーは渾身の力で『瞬光の邪眼』を
カース・ファントムに打ち込んだ。
赤い光線がカース・ファントムの顔に大穴を開ける。
だが・・・穴は、即座に塞がった。
「はっはっは。ますます面白い。お前はネクロマンサーか」
カース・ファントムが馬鹿にしたように笑う。
やはり大して効いてない。
元々カース・ファントムは生身の肉体から煙のように出現した。
そして、何よりも『半実体』だ。
『瞬光の邪眼』は強い魔力を帯びているが、
やはりカース・ファントムを一撃で倒す力は無い。
(くそ・・・HPが779から754に減ってはいるが・・・。
今の俺のMPだと、あと1回しかブラッドリーを呼べない。
マジックポーションを使っても、全然足りん。
まずい・・・もう打つ手が・・・)
幸太郎は『鑑定』の結果に絶望感を感じた。
今の『瞬光の邪眼』でカース・ファントムのHPが
半分くらい減っていたら良かったが、
これでは再度ブラッドリーを召喚しても意味が無い。
(後は、『成仏』だけか)
相手が地獄の亡者だから、
もしかしたら『成仏』が効くかもしれない。
だが、幸太郎には予想がついている。『効かない』と。
カース・ファントムのHPは現在754。
そう、コピーゴーストと同じく、HPが『ある』。
つまり理屈は不明だが、『疑似的に生きている』状態ということ。
ぶら下がっている頭の無い肉体が『生きている』のかも
知れないが・・・頭が無いのだ、
さらに心臓を壊しても大差ないだろう。
幸太郎は、とにかく『成仏』を使ってみることにした。
他にもう手が無いのだ。
前進を試みる幸太郎。しかし、『進めない』!!
どんどん強くなる『病苦の瘴気』は、もう一歩も進めない程の
暴風と化していた。
『破魔の陽光』と『理力結界』の外側は、
もう人間が歩ける世界ではなくなっていたのだ。
地面はまるで砂漠のように滅びている。
そして、これが意味するものは・・・
『手詰まり』
幸太郎に打つ手が無くなった。もはや『耐えている』だけだ。
攻撃する手段は無い。
半実体のカース・ファントムに対して
物理攻撃は効果が薄い、しかも相手のHPは754。
魔法で攻撃しようにも、幸太郎も、バーバ・ヤーガすら
モコたちを守るだけで精一杯だ。
いや、そもそも『火球』や『風刃』といった
元素魔法がどれ程の効果があるのだろう?
そして、何発撃ち込めばカース・ファントムが倒せるのか?
逃げようにも、周囲は全て『病苦の瘴気』が
暴風となって荒れ狂っている。
そして、ドライアードたちは手が出ない。なぜなら、
このカース・ファントムが待っているのは
ドライアードたちという『獲物』なのだから。
幸太郎は必死に耐えている。
どれだけ考えても、他に何もできないからだ。
だが、恐ろしい事に『病苦の瘴気』は今もなお、
どんどん勢いを増していた。
『太陽魔法』のリミッターが1つ外れ、
レベルが上がり強くなった
幸太郎の『破魔の陽光』ですら、受け止める事しかできない。
とても押し返せないのだ。
カース・ファントムは全身から『病苦の瘴気』を発し、
口からも猛烈な瘴気を幸太郎へ吹き付けている。
そして、それが緩む気配が無い。
明らかにカース・ファントムには
まだ余裕がある。底が見えない。
認めるしかない。このカース・ファントムの方が、
幸太郎よりも数段強いのだと。
いや、そもそも地獄の亡者など、
人間が勝てる相手ではないのだろう。
幸太郎は滝のような汗をかき、歯を食いしばって耐えている。
『病苦の瘴気』が重いのだ。
空気が鉛に変化したかのよう。
耐えてはいるが・・・手が、肘が、肩が、
そして体全体が悲鳴を上げだした。
『病苦の瘴気』が重すぎるのだ。以前の幸太郎だったら、
絶対に耐えられない。
そして、もう・・・幸太郎には理解できた。
『耐えられるのは、長くて、あと数十秒』
相手が強すぎる。打つ手が無い。八方ふさがりだ。
逃げ出したいが、もはや歩く事すら困難。
幸太郎の心を黒い恐怖が塗りつぶしだした。
幸太郎の心に『もうだめだ』という
諦めの気持ちが広がりだした時、
突如、不思議な音が聞こえた。
それは、かつて1度だけ聞いたことがある音だった。
それは・・・『やたら機械的な音』。
この音を知っているのは、幸太郎とモコだけだ。
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
周囲に鳴り渡る、機械的な『警報』・・・。
カース・ファントムも、驚いたのだろう、
わずかに左右へ視線を走らせた気配があった。
そして幸太郎の前に『ステータスウインドウ』が強制展開された。
通常の3倍はありそうな大きさ。
そこには、またも『あの時』と同じ文字が浮かんでいる。
書かれているのは、たった一言。
『警告! 冥界門が開きます!!』