黒死病の男の正体
嫌な予感はするが、とにかく作戦は実行するしかない。
何かが憑依していたとしても、一瞬で頭を吹っ飛ばせば、
さすがに『一応』死ぬ可能性はあるだろう。
しかも、ただの攻撃ではない。ジャンジャックの
『オーラスマッシュ』を乗せた投石だ。
黒死病の男は、しばらく幸太郎を見ていたが、
初めて口を開き、しゃべった。
いや、しゃべろうとした。
「お前h・・・」
ボンッ
しゃべろうとした頭が、爆発したように粉々になった。
首から上が、全て消えた。
もちろん、ジャンジャックの投石だ。
『オーラスマッシュ』をかけた投石は
『ウエポンマスター』の力で狙い通りの場所へ着弾する。
ジャンジャックとグレゴリオは
一度森の外へ出て、黒死病の男の背後へ回り込んでいたのだ。
黒死病の男は、ジャンジャックとグレゴリオの接近に
気付いていたかもしれない。
だが、避けることは、ほぼ無理である。
野球のピッチャーが投げた150キロの剛速球は、
ホームベースまで、わずか0・44秒で到達するという。
ピッチャープレートからホームベースまでの距離は、
約18・4メートル。
ジャンジャックはおよそ50メートルの距離から狙ったから、
距離は約2・7倍もある。
だが時間にすれば単純計算で約1・2秒で命中する。
しかも、幸太郎が知ることは無いが、
ジャンジャックの全力投球は180キロを優に超えた。
黒死病の男が幸太郎に『話しかけた瞬間』を狙えば、
回避するのは、事実上、不可能と言える。
幸太郎、ジャンジャック、グレゴリオは
『避けれるものか!』と思っていたし、
事実、黒死病の男は避けられなかった。
頭が爆散した黒死病の男・・・。
ここまでは計算通り。
問題はここからだ。
頭が無くなった黒死病の男はダラリと両手を下ろし、
動かなくなった。
だが、倒れない。
ジャンジャックとグレゴリオは、この間に走ってモコたちと合流。
「やっぱり、死なねえか!」
ジャンジャックが舌打ちする。モコたちにも緊張が走った。
幸太郎もラウンドシールドを構え、備える。
黒死病の男は時間にして6,7秒も立ちすくんでいた。
・・・頭が無くなっているというのに。
そして、『ビクン』と体が動くと、
首から真っ黒い煙のようなものが噴き出し、
徐々に形を成していく。それは次第に人の形と
なりつつあった。正確には人の上半身だ。
その黒い人影は宙に浮き、頭の無くなった人間の体を
ぶら下げたまま話し出した。
「・・・お前は・・・誰だ? なぜ黒死病が効かぬ?
それに・・・お前は私が頭を失っても倒れないことに、
全く驚いておらぬ。
・・・予想していたな?
・・・せっかく手に入れた生身の肉体が台無し・・・か。
不愉快な奴らよ・・・代償は払ってもらうぞ」
幸太郎は、この黒い上半身に見覚えがあった。知っている。
そして鑑定結果が、それを裏付けた。
『カース・ファントム』
そう表示された。ゴーストの上位版みたいに見えるが、
体の大きさと威圧感は桁違い。
全身から黒い炎を噴き上げ、より一層大きく見える。
半透明の体、骸骨のような顔。禍々しい姿だ。
そして、鑑定結果の内容を見た幸太郎は、額から汗が流れだした。
そこには次のように表示されたのだ。
『HP 779(半実体) MP 2101(自動回復)』
なにより幸太郎を恐怖させたのは、
この『カース・ファントム』のレベルだった。
『レベル 135』
アルカ大森林のダンジョンに現れた『カース・ファントム』の
レベルは『12』だった。
つまり、仮にレベルを熟練度と考えた場合、
アルカ大森林のカース・ファントムは
生まれたての『ひよっこ』ということになる。
(そう言えば・・・アルカ大森林に現れた『カース・ファントム』は
『しゃべれなかった』・・・。対してコイツは余裕をもって
スラスラと話している。
『予想していたな?』と言ったということは、
あの時の奴より知能も圧倒的に高い!!)
そして、『鑑定』の最後に『戦うべきではない』と記載されていた。
アルカ大森林で戦った時は、『冥界門』で力押しすることで勝った。
『半実体』に対しては物理的な攻撃は効果が薄いからだ。
今、幸太郎には選択肢が2つある。
1つは『神虹』だ。
ダンジョン内と違って、ここなら共倒れになる可能性は無い。
半実体だろうがなんだろうが、56億7000万発の光弾に
飲み込まれれば、消滅するしかない。
ただし、使ったが最後、
幸太郎は1時間近く死んだまま動けなくなる。
何か予想外の事が起きても対応できなくなるのだ。
もう1つは、当然『冥界門』だ。
前回と同じく、カルタスたちを呼び出し、力で押し潰す。
アルカ大森林で出現した個体は、
HPが100程度だった。今、目の前にいる個体は779。
カルタス達だけでは力が足りないかもしれない。
(しかし、今の俺なら自分が死霊術で呼び出した
ゴーストやゾンビ、スケルトンで攻撃を続行、
ダメージを上乗せできるのではないか?)
幸太郎はそう考えた。
幸太郎の選択は『冥界門でゴリ押し』の方へ傾いていた。
何より『神虹』は使用すると幸太郎は1時間ほど
何もできなくなる。
『太陽神の加護』を持っているのは幸太郎だけだ。
万一の時、治療など幸太郎の代わりが出来る者はいないのである。
なお、『逃げる』という選択肢は無い。
逃げるという事はドライアードたちを見捨てるという事に等しい。
そして、何よりも、『逃げ切れるという保証は無い』のだ。
例えばどこかの村へ逃げたとして、
いや、いっそ仮にカーレまで逃げたとして、
追いかけてきたカース・ファントムを
騎士団が倒せるだろうか?
高いステータスと黒死病のことを考えれば、
騎士団が全滅覚悟で戦っても
返り討ちになる可能性の方が高いと言わざるを得ない。
幸太郎は少し悩んだ。
選択としては『冥界門』の方が正解に見える。
だが、その数瞬の迷いが、幸太郎の選択肢を奪ったのだ。
「朽ちよ」
カース・ファントムが全身から黒い霧のようなものを
幸太郎へ向かって放射した。
『病苦の瘴気』だ。
しかし、さっきまでとは勢いとパワーが違う。
先程までは『漂う』だけだったが、
今度はそれを幸太郎1人に絞って吹き付けている。
「『破魔の陽光』!!」
幸太郎は咄嗟に左手で『破魔の陽光』を展開。
『病苦の瘴気』を受け止めた。
恐らく、今度は病気だけでなく、物理的な破壊力も
備えているはずだ。
実際に体で受けてみるのは、試さない方がいいだろう。
『ズシッ』
重い!! 見た目は黒い霧のような風なのに、
片手では支えきれないほどの重量感だった。
幸太郎はさらに右手で『破魔の陽光』を
もう1つ展開。両手で受け止めた。
「ほう・・・? ふふふ、面白い男だ。
これを受け止めるとは驚きだ。
魂ごと朽ち果てるかと思ったが・・・。
人間にしては大した力を持っているようだな。
『人間にしては』、な」