指導
パグル長老とクロブー長老が宴の開始を宣言し、
全員が料理とお酒を楽しんでいると、
ギブルス、ジャンジャック、グレゴリオが
シンリンと一緒に戻ってきた。
中部の家具屋へ行った後、ガンボア湖の市場を回ってきたらしい。
『幸太郎の欲しいものは、全て手配できたぜ』と
ジャンジャックが報告。
モーリーやシンリンが手を貸したので、製作が必要な物も
9割がた出来ているという。
ただ、『明後日まで時間をくれ』という物もあった。
クラリッサとアーデルハイドが楽しみにしてる
毛長牛の乳製品も明後日購入予定なので、ちょうどいい。
シンリンが空中にできた黒い穴へ手を突っ込むと、
様々な食材が出てきた。
基本的に『マジックボックス』と同じだが、
ドライアードたちが森から出れないので、
『森の中限定』の能力だ。
しかも、どうやら幸太郎の『マジックボックス』よりも
広い空間を作れるらしい。
普段は全然使ってないらしいが。
「食材なども手あたり次第買い込んでおいたぞ。
幸太郎殿の指示したものは、大体揃っておるはずじゃ」
シンリンが得意顔で報告をした。
「ありがとうございます。シンリン様。
ジャンジャック、グレゴリオ殿もありがとう。
ギブルスさんもありがとうございます。
お金は本当によかったのですか?」
「ひっひっひ、さっきも言ったが、お前さんの計画で、
こちらもたんまり稼がせてもらうわい。気にせんでええ」
順調に準備も進んでいるということで、今夜は安心して
どんちゃん騒ぎだ。
何しろ、実のところ、しばらくカーレやユタには、いない方がいいから。
とりあえず2日か3日はアルカ大森林に『避難』していたい。
ここへ来る道中、ファルネーゼとイネスは薄笑いを浮かべて言った。
『すでに仕込みは終わりました。早ければ明日、
遅くとも明後日には大騒ぎになるでしょう』
これは幸太郎の『邪悪な作戦』がすでに世に放たれたということ。
幸太郎は一切手を出さず、見ているだけだが、大勢の血が流れる。
幸太郎までたどり着く人間など誰もいないが、
ファルネーゼ共々、アルカ大森林に滞在していたという
アリバイがあった方がいいだろう。
ファルもイネスも怒っているので、仕込みは完璧にやったという。
ファルを裸にして、首輪を付けてペットとして飼うという
ゲーガン司祭の発言に、イネスも堪忍袋の緒が切れたのだ。
宴もたけなわ。みんなで大いに飲んで、食べて、歌った。
バスキーが『是非とも』というので、
再び『バスキーVSカルタス』が実現した。
今回は前回と違って、2人とも最初からアクセル全開だ。
幸太郎は全然目で追えない。剣は全く見えない。
わけのわからない位置で火花が散るので、
そこで剣と剣が激突したことだけが、かろうじてわかる。
そして、2人とも真剣を使っているのだが、
やっぱりお互いに一太刀も入らなかった。
幸太郎の勝てる相手ではない。
やっぱり幸太郎は、この世界ではザコ。
バスキーとカルタスの戦いに観客は大興奮だ。
みんなで拍手を送った。
夜も更け、宴はお開きに。
幸太郎はモコ、エンリイ、ファルに
『今まであったことの説明』を頼んだ。
ドライアードやバーバ・ヤーガ、クロブー長老、パグル長老、
バスキーとポメラ、村の世話役シバには、
一通り『本当の出来事』を知っておいてもらう。
正確な事情を知っておかないと、判断に差が出てしまうから。
ついでに、ジュリアから、教会かバルド王国からの密偵が
潜入していたとの報告があった。
そして、密偵2人の頭を『握りつぶした』とジュリアが言うと、
全員が青ざめた。
ドライアードは不自然なほど美しい女性の姿をしているが、
やっぱり人間ではないのだ。
幸太郎は、先に休ませてもらう。
今日1日でも100人以上は治療していた。
幸太郎は以前より、はるかにパワーアップしているが、
それでも、やはり疲労は出る。
一応、診察もして、『鑑定』と
現代の日本の知識でアドバイスもした。
患者が欲しいのは『安心感』なのだから。
『ほれ、治したから帰れ』では
病気や怪我は治っても、心の不安までは消えない。
そして明日はバーバ・ヤーガの要請で、
中部エリアでも『診療所』を開く予定になっているのだ。
説明はモコたちに任せて、自分は明日に備えるべきだろう。
自分は物見遊山でも、患者たちは真剣。
幸太郎が『樹木の家』に入ろうとすると、ファルがその後に
ついて行こうとした。
だが・・・モコがファルの腕を『がしっ』と掴む。
「ファルはこっち、私たちの隣で寝るのよ・・・?」
「え? いえ、その、モコさんの家族団らんを邪魔しては
悪いかなと、思ったのですが・・・。
別に幸太郎様の横がいいとか、そう意味ではなく・・・
えへへ・・・イエス、マム・・・」
ファルも撃沈した。
モコ、恐るべし。
翌朝。
やっぱりいつの間にかチワが幸太郎のベッドに潜り込んでいる。
そして、やっぱり幸太郎にピッタリ抱き着いて寝ていた。
「ご主人様、そろそろ起きて下さい。8時です。
朝食の時間ですよ」
モコは当たり前のように、幸太郎の右手を自分の頭に乗せて
スタンバイ。幸太郎は寝ぼけ眼で、モコとチワの頭を
もちゃもちゃ撫でた。
モコとチワのしっぽが『もさこら、もさこら』と揺れる。かわいい。
幸太郎が朝食を食べていると、すでに朝食を食べ終わった
エーリッタとユーライカ、クラリッサとアーデルハイドが
バスキーから戦いの指導を受けていた。
エーリッタとユーライカの武器はレイピアだが、
バスキーは丁寧に技と工夫を教えていく。
バスキーは様々な武器の扱いに習熟しているようだ。
エーリッタとユーライカも、
ちゃんとした戦い方を指導してもらうのは
初めてらしく、熱心に練習していた。
クラリッサの武器はバトルアックス、アーデルハイドの武器は
六角金棒。こちらもバスキーはしっかり教える。
『力任せだけではダメだ。それは選択肢の1つに過ぎない。
例えば、バトルアックスを・・・こう、手首を返すだけでも・・・』と
小技だが、相手の意表を突く技術も教えた。
ここでアーデルハイドの驚きのスキルが発覚。
アーデルハイドはクラリッサが指導してもらう様子を
『じ~~~』っと見ていた。
そして、クラリッサが体得した技術を、
練習無しで、まるっきり寸分たがわずコピーして見せたのだ。
『お姉ちゃんと一緒がいいの!』という心が生み出した
驚愕のスキル。名づけるなら『姉限定・オールコピー』と
いったところか。
もちろん、ジャンジャックの『オーラスマッシュ』や『震電』、
グレゴリオの『大鉄人』のようなものとは違う。
正確にはスキルとは呼べないものだろう。しかし、
アーデルハイドの『姉の完コピ』は、もはや超能力と言っていい。
『お姉ちゃん大好き!!』が
人知を越えた異形の能力となって実を結んだのだ。
バスキーの指導を幸太郎は
『バスキーさんは面倒見がいいなぁ』と思っていたが、
当のバスキーは全然そんな考えではない。
『義理の娘たちに死んでほしくない。強くなってもらわなくては』
こう考えていた。知らぬは幸太郎ばかりなり。
朝食後、幸太郎は森の中部で『診療所』を開設するために、
モーリー、バーバ・ヤーガと共に消えた。
モコたちは買い物と、依頼してある物の進行状況を確認に行く。
ガンボア湖の市場を回るというので、
幸太郎はモコたちに金貨100枚を渡しておいた。
『なんでも欲しいもの買っていーよ。足りなかったら
取りに来てくれ』と笑って、幸太郎は手を振った。
実は昨夜、ダンジョン破壊の時に使っていた樹木の家に入って、
置きっぱなしの金貨24000枚を回収したのだ。
幸太郎もモコもエンリイも、まるっきり忘れていた。
幸太郎は金に困っていないし、モコとエンリイが欲しいのは
『幸太郎本人』だから。
例え『金貨100万枚と幸太郎を交換して欲しい』と
交渉を持ち掛けられても、
モコ、エンリイ、ファルは『はぁ?』と鼻で笑って
相手を蹴り倒すだろう。
クラリッサとアーデルハイドが『武器屋へ行きたい』というので、
今日はエドガンとヒガンの店へ行くらしい。
幸太郎はバーバ・ヤーガの店の前で治療を始めた。
バーバ・ヤーガ自身は、イネスと一緒にガンボア湖の市場へ
遊びに行ってるので、薬と占いの店は休業。