練習試合
モコとバスキーが木剣を持って向かい合う。
「さあ来い。遠慮はいらんぞ。もし怪我をしても、
幸太郎君に治してもらうから心配ない」
バスキーは笑顔でそう言った。こういう言い方をすれば、
モコも安心して全力を出せる。
「では、いきます!」
モコが木剣を構えた。弟のレオも興味津々で見ている。
もちろん、エンリイ達、村の人々も集まっていた。
モコが一気に間合いを詰めた。鋭い踏み込み。
もう、これだけでバスキーは内心感動している。
以前のモコは、そんなに戦闘訓練に熱心でなく、
レオよりも弱いのは明らかだった。しかし、今の
踏み込みはレオを遥かに上回る。
ゴンッ、ガガガッ!!
モコが素早い連撃を繰り出したが、バスキーは余裕の笑みで
全て受けきった。
「うむ! 全て均一の打ち込みではなく、
1つ1つに強弱の差がつけてある。
いいぞ! 上達したな、モコ」
モコはいったん後ろに下がって間合いを取る。
(すごい、やっぱりお父さんは強い。
カルタスさんと互角だった意味が、今ならよくわかる。
弱めの打ち込みの後の強い一撃も
完璧に受け止められた・・・)
『ならば』とモコは手を変える。再び鋭く踏み込んだ。
3回ほど打ち込み、それを全て受け止められた後、
モコはバスキーの首へ横薙ぎを撃ち込む。
・・・フリをした。
バスキーは木剣を縦にして構え、横薙ぎを受け止めようとしたが、
一向に手ごたえが来ない。
ぎょっとするバスキー。
そこには空中で静止しているモコの木剣だけがあった。
バスキーの木剣に当たるわずか1センチ手前で
完全に停止して空中に浮いている。
モコは剣を握っていない!
さらにバスキーは驚くことになった。
一瞬、モコが消えたように見えたのだ。
もちろん、バスキーはモコから全然目を離していない。
いわゆる『観の目』でモコの動き全体を見ている。
だから、見失ったわけではない。
だが、それでもなお、
いきなりモコが視界から消えたのだ。
モコは木剣を横薙ぎすると、
バスキーの木剣の直前で停止させ、
『手を離した』。
そのまま木剣の影に入るような位置取りで、
高速で滑るように低い姿勢のまま、
バスキーの背後へ回り込んだのだ!
(とった!)
モコはバスキーの背中に蹴りを放つ。
だが蹴りは空を切った。
今度はモコが驚くことになった。いきなりバスキーが消えた。
もちろん、見失ったわけではない。
バスキーが前方へ
『前方宙返り、一回ひねり』で飛んだのだ。
ただし、スピードが凄まじい。
モコが一瞬『消えた』と思ったほどだ。
ふわりと降り立つバスキー。その手にはモコの木剣が
握られていた。あの一瞬でそこまでの余裕があったわけだ。
ただし、その顔は驚きと歓喜が入り混じっている。
「いや、これは驚いた・・・。強くなったな、モコ。
剣を手放すという思い切った作戦、
その代償を無駄にしない見事な動き、
蹴りまでの躊躇の無さは、実戦で修羅場を
潜り抜けた者の証明だ。見違えたぞ。
これは幸太郎君にも感謝しなければなるまい」
「いえ、さすがお父さんです。
最後の蹴りは完全に入ったと思っていたのに、
かすりもしないとは思いませんでした」
ただ、モコは自分の父親が幸太郎に対して
『感謝しなければ』と言った事がうれしかった。
観客も大歓声だ。バスキーが背後をとられたことに、
村の全員が驚いている。
もちろん、弟のレオも開いた口が塞がらない。
モコが幸太郎についていって村を出るまで、
レオは『絶対に俺の方が姉ちゃんより強い』という
自信があった。だが、今の攻防は
完全に自分の力量の数段上の戦いだった。
レオはバスキーの背後をとったことなど、一度も無い。
いや、バスキーの背後を取れる人間など見たことが無かった。
バスキーが本気ではないとはいえ、驚愕の一言に尽きる。
モコが使った作戦、
『剣を相手の直前で止める』『剣を手放す』は
あまりにも危険だ。
レオは『自分には、そんな冒険は無理』と
はっきり自覚していた。
モコとバスキーは、さらにしばらく練習試合をしていたが、
結局一太刀もバスキーには当たらなかった。
モコは汗だくになっていたが、バスキーも額に汗が浮いていた。
レオは、父親であるバスキーに『汗をかかせたこと』にも驚愕。
さらに、バスキーはエンリイとの練習試合も行った。
リーチと手数で勝る棒術・・・のはずだったが、
バスキーはいとも簡単にエンリイの攻撃をさばいていく。
さすがにモコの時と違い、
その場から動かないわけにはいかなかったが、
前後に少し動き、エンリイの『軸をずらす』動きにも、
左右に動くことで対応。
何より、時々、棍の攻撃を足で受け止めた。『剣』ではないからだ。
「うむ! 素晴らしい! エンリイ君の攻撃は実に多彩だな」
バスキーは義理の娘の戦闘力に大喜びだ。
エンリイは何をやっても当たる気がしないので、
ジャンプからの力押しの攻撃も
織り交ぜることにした。しかし!
『がしっ』
前に踏み込んだバスキーはエンリイの棍を『掴んだ』。
棍の弱点と言えば、『刃』が無いので、
相手に掴まれる場合があることだ。
もちろん、エンリイの攻撃はボクサーのジャブより早く、
人間の頭蓋骨をカチ割る威力がある。
それを『掴む』のは並大抵の技量と度胸で成せる業ではない。
だが、バスキーはそれを容易くやってのけた。
バスキーは棍を掴むと同時に木剣をエンリイに突きつけた。
・・・はずだった。
なんとそこにエンリイの姿が無い!
エンリイは棍を掴まれると、
ほぼノータイムで持っていた棍を放棄。
魔猿族特有の超人的なジャンプ力で、後方へ宙返りして
逃れていたのだ。
バスキーも開いた口が塞がらない様子だった。
「これは・・・すごいな! 驚いたよエンリイ君。
瞬時に武器を手放す思い切りの良さ。
一瞬視界から消えたように見えるほどの跳躍力。
大したものだ。かなりの場数を踏んでいるな。
さすがはC級冒険者といったところか」
バスキーは義理の娘が、かなりの手練れであることに大満足。
ニッコニコである。
「こっちも驚きですよ。まさか、あのスピードの棍を
あっさり掴む人がいるなんて・・・。さすがはモコのお父さん」
エンリイは冷や汗をかいていた。
もちろん『実戦だったら』『敵だったら』という
想定をするなら当然の反応と言える。
その後も、しばらくバスキーとエンリイの練習試合は続いたが、
やっぱりバスキーには一太刀も入らなかった。
なお、その後にエンリイが『ちょっと見て欲しい』と言って、
『如意棒の術』で棍の長さを『10センチ』
戦闘のさなかに伸ばしたり縮めたりする戦闘術を披露。
さすがに、この『初見殺し』にはバスキーも驚愕、
防戦一方になった。
かなりの汗をかいて、ついに後ろへ飛び退く。
『これは、何と恐ろしい・・・』とバスキーは絶句。
試合を見ているジュリア、ファル、
エーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイド、
全員がモコとエンリイ、バスキーに拍手した。
村人たちも大歓声、大喜びだ。
いつの間にか、タマン、ガーラ、アカジン、ミーバイもいる。
ダークエルフの村での仕入れ交渉は、あっさり終わったらしい。
仕事が早い。
もちろん武装メイドたちは最初から小狼族の村に来ていた。
アルカ大森林では自分たちの護衛は必要無いからだ。
ドライアードたちがイネスやファルを守る気である以上、
誰であろうと手出しできない。
だから休暇の気分で羽を伸ばしている。
モコとエンリイ、実の娘と義理の娘、両方と練習試合した
バスキーは満面の笑みを浮かべていた。
どちらも想像以上の力量を示したからだ。
「いやあ、いい気分だ。2人とも強いな。
これなら、そんじょそこらの奴には負けないだろう。
幸太郎君の指導が良かったことの証明だな。
あとで感謝しておこうか。
それにしても、いったい、どんな修行法をしたんだ?
短期間で飛躍的な進歩じゃないか。
何? 『流流舞』と『四股』だって・・・?」
バスキーはレオにもやらせようと、幸太郎の指導法を聞きたがった。
しかし、それは後だ。
まずは、幸太郎の活躍と、何があったかを
説明しなくてはならない。『ナイトメアハンター』という
新しい異名が増えたことや、ゴブリンやオークなどの魔物が
この近辺に戻ってきた事を知っていてもらう必要がある。
そして、何よりも『口外してはならない話』を
バスキーなど、ごく一部の人たちに話しておかなくては。
万一の時は、全員でアルカ大森林へ
逃げてこなくてはならないからだ。
その時は口裏を合わせてもらう必要もあるかもしれない。
一番危険な事は、情報と認識の齟齬である。