ゴブリンの巣穴 16
「凄まじい戦いだったようだな・・・。
『黒フードのネクロマンサー』ってのは、そんなに強いのか」
再び最下層に戻ってきた幸太郎は感嘆の声を上げた。
もちろん、本人だし、殺したのも幸太郎だ。
『灯火』の明かりは最下層の不気味な光景を照らし出している。
ゴブリンの死体は50匹以上はあるだろう。
そして、『上位種』だ。
エンリイがルークたちに頼まれて、上位種を鑑定する。
「うん・・・間違いない、ゴブリンウォリアーと、
こっちの3匹はゴブリンメイジだね。
さらにホブゴブリン2匹までいる・・・。
こいつは凄いよ! これをたった数十秒で殲滅したって?
『黒フードのネクロマンサー』の力は、間違いなく
B級冒険者に匹敵するね」
「絶対に戦っちゃいけない相手ね」
モコもうなずいた。もちろん、必死に喜びを隠している。
幸太郎は照れ臭いが、演技しないと台無しだ。
幸太郎は『マジックボックス』から麻袋を取り出し、ルークに渡した。
「ルーク、約束通り、麻袋4つだ。あげるよ。
一切合切持って帰るといい。上位種の耳も、戦利品も、
きっと孤児院の建て替え費用に役立つはずだ」
ルークたちは歓声をあげた。ただ、タゴーサクだけは、
最下層の隅にある『おぞましい祭壇』が嫌で嫌で仕方ないらしい。
浮かない顔をしている。
「は、早く、集めるもん集めて、外にでようぜ・・・」
タゴーサクは1秒でも早く外に出たいようだ。
本当は戻って来たくなかったのだろう。まあ、普通の反応である。
これに慣れてきた幸太郎も、
すでに日本人の感覚からズレていると言える。
この世界に来たばかりの幸太郎なら、きっと吐いていた。
タゴーサクはゴブリンの耳を集めるのも気持ち悪くて嫌だった。
しかし、そのタゴーサクが大喜びで飛び跳ねるモノを発見。
それはゴブリンの集めた財宝。
まあ財宝と言うほどの量は無いのだが。
ゴブリンが殺した人々が持っていた、お金や装飾品が
横穴に収めてあったのだ。
通常のゴブリンは、金貨や銀貨には興味を示さない。
しかし、上位種になると、宝石など貴重品を集めるようになる。
人間らしい欲望が増大するのだろう。
「さぁさ、テキパキ袋に詰めなよー。
もらうもん貰って、早く外へ出よう。
ここは空気が悪いからね。それと、それらを持ってカーレまで
帰らないと意味が無いからねー。油断するには早いよー」
エンリイがルークたちに檄を飛ばす。
ゴブリンの耳を集めるのは幸太郎たちも手伝った。
全ての場所の死体からも、耳を集める。
不正解の道も入って、根こそぎ集めて回った。
さすがに6人だと大した手間ではない。ただ、予想以上に
ルークたちの麻袋は、どんどん膨らんでいく。
ものすごい量の耳が集まった。
「うう~む・・・地上と合わせれば余裕で100匹越えてるな・・・」
「ものすごい数の耳ですね・・・」
「ボクも、こんな大量の耳は初めて見るよ・・・」
『やっぱり、今日ゴブリンの巣穴は潰しといて正解だったな』と
幸太郎は改めて思った。この大群がビエイ・ファームや
カーレに襲い掛かっていたらと考えると、
どれほどの犠牲が出たか想像もつかない。
外に出る。空気がうまい。
集めてきた耳をルークたちが全員に見せた。
さすがにエーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドも息をのんだ。
(幸太郎さんが『ゴブリンの最終目標はカーレ』って言ってたのは、
間違いじゃ・・・ない・・・わよね、これ・・・)
(な、なんて数・・・。しかも、上位種がこんなに・・・。
この上位種どもを、幸太郎さんは、
たった数十秒で皆殺しにしたっての・・・?)
(コウタロウは、これを読んでたから
『黒フードのネクロマンサー』で
出撃するつもりだったってのかい・・・?
あたいも同じ情報を得ていたのに、この差・・・。
なんて男だよ・・・とてもかなわない・・・)
(D級冒険者なら・・・い、一体、何人必要なの・・・?
もう、これ、辺境伯の軍が、出動するような、規模・・・よね?
こ、これを1人で、しかも、無傷で?
私たちと別行動になった、わずか十数分程度で、殲滅???
コウタロウさんって、すごすぎる・・・)
ゴブリンの耳は、上位種含めて、総数132。
もし、D級冒険者なら少なくとも60人は必要だろう。
もちろん、かなりの人数が帰らぬ人となる。
そして、冒険者ギルドで60人もの合同チームの編成は難しい。
冒険者は、あくまでもギルドの『組合員』であり、
『個人事業主』なのだ。
参加は冒険者たちの『自由意思』となる。強制はできない。
60人以上も必要と思われる危険な作戦ならば、
拒否する冒険者の方が多いだろう。
C級、B級なら強制参加させることはできるが、
そもそも数が少ない。
B級に至っては、在籍していないギルドの方がほとんどだ。
もちろん、B級が出撃するなら、この巣穴を潰せる。
もし、今回、幸太郎がいなかったとしたら、
最終的にカーレの冒険者ギルドは、
ヨッカイドウの本部に連絡を取り、B級冒険者を招喚していたはずだ。
アーデルハイドの『軍が出動する規模』という考えは、
決して大げさではない。
「さあ、日も傾いてきたし、暗くなる前にカーレに帰ろう。
何より、救出された女性たちを保護してもらわないと。
エーリッタ、ユーライカ、この方たちの横についてくれ。
ルークたちは殿を頼む。
俺たちとクラリッサ、アーデルハイドで前方を警戒する。
巣穴から逃げ出したゴブリンは他にも
いるかもしれない。各自油断しないように」
救出された女性たちを守るフォーメーションで帰途に就いた。
ルークたちは戦利品でニッコニコだ。
武器と盾が一気にグレードアップ。
高そうな武器は、紐で縛って、持てるだけ持った。
歩くとガチャガチャ音がするほどである。重い。けど笑顔。
そして何より、『ゴブリンの財宝』だ。
『冒険者ならではの臨時収入』とはこれの事をいう。
防壁の外という命の危険がある場所だが、
逆に死んだ他人の持ち物が手に入る場合もあるのだ。
ハイエナのようと言われれば、その通りだが、
お金が必要な人にとってみれば、『出所』など、どうでもいい。
カーレの冒険者ギルドに帰還。まずはキャサリン支部長に
救出された女性たちを預けた。意外なことだったが、
救出された女性たちは、すぐキャサリン支部長に心を開いた。
『男でもない、女でもない』キャサリン支部長は
話しやすい相手なのかもしれない。
そしてルークがルイーズに『袋の中身』を見せると、騒然となった。
ルイーズが急いで、鑑定士を呼ぶ。
大量のゴブリンの耳。そして、上位種の耳。
ギルドの建物内部に、どよめきが満ちる。
そこへ、キャサリン支部長が会議室から飛び出してきた。
「幸太郎ちゃんたち、中へ入って! ルイーズちゃん、
各部署の責任者を集めて! 大至急よ!」
もちろん理由は明白だ。『黒フードのネクロマンサー』出現の
話を救出された女性たちから聞いたのだろう。
全員が中へ入ると、ギルド専属の魔導士が『密室』をかけた。
そして、今回の作戦に参加した全員の報告が始まった。