ゴブリンの巣穴 6
「ぐううっ!」
幸太郎がうめく。モコたちは急いで駆けつけて
幸太郎に刺さった罠を引きはがした。
そこで、幸太郎が悲鳴のように叫んだ。
「て、撤退だ! 撤退ー!」
モコとエンリイが幸太郎を庇うようにしながら、
全員で森を走って出て行った。
先程の森の中の小さな池まで戻ると、幸太郎は腕に刺さった
枝の破片を引き抜きながら言った。
「全員、索敵!・・・作戦を変更する。一度カーレに戻り、
エーリッタとユーライカを加える。
これは俺が『傭兵として』雇う形式にするから
みんなの報酬には影響しない。
ここに戻ってきたら、俺とモコ、エンリイの
3人だけで、慎重に巣穴を探す」
ルークたちが周囲を警戒してる間に、
幸太郎は『陽光の癒し』で腕の傷を完全に治した。
「ご主人様、周囲にゴブリンはいません」
「ありがとう。ではカーレに戻りながら説明する。
俺がさっき、森の中で見たのは・・・」
幸太郎たちはカーレへと引き返した。ルークたちは最初の内、
『撤退』という幸太郎の指示にかなり不満を持っていたようだが、
説明を聞くうちに驚愕の表情に変わる。
さっき幸太郎は森の中でふと思ったのだ。
(俺たちがこの道を選ばなかった場合はどうなっていたんだろう?)
森の奥へと続く道は、何も先ほどの1本だけということも
無いだろう。幸太郎たちは、あの古いボロボロのタオルを
発見した時に、なんとなく右の方へ進んで道を見つけた。
だが、なんとなく『左へ』進んで道を探していた可能性だって
充分あるのだ。
幸太郎は左の方が気になって視線を送ると、かなり離れているが、
そちらにも樹上に木の箱のトラップが見えたのだ。
(あっちにも道があったんだな。そして、やっぱりトラップか)
そして、幸太郎は『おかしなこと』に気が付き背筋がゾッとした。
それは・・・。
『なぜ、俺がトラップを発見できてる???』
これはおかしい。理屈に合わないのだ。
ルークたちも『それの何がおかしいんですか?』と質問してきた。
幸太郎は、それに対し、ハッキリ言いきった。
「俺は戦闘の面ではモコとエンリイに、
おんぶにだっこという存在だ。
俺自身はモコとエンリイがいなくては戦いで
何の役にも立たないだろう。誰と戦ってもイチコロで負ける。
冒険者としても2流で、ゴブリンの足跡もよくわからない。
野外活動の経験も乏しい。
俺はモコとエンリイの足元にも及ばない。
だからモコとエンリイ、クラリッサとアーデルハイドが
罠を見つけるのはいい。
しかし、俺が罠を発見するのは理屈に合わない。
絶対におかしい」
幸太郎は、自分をあんまり信用していないのだ。
「つまり、ゴブリンが仕掛けている罠は全て・・・
『見つけられるように』設置されているのさ。
発見されることを前提として仕掛けられている」
ルークたちは『考え過ぎでは?』と口を揃えた。
もちろん、この中でモコとエンリイだけは、
幸太郎の言ってる正確な意味が理解できた。
幸太郎が『異世界人』だという前提だとわかりやすい。
幸太郎は平和で戦いの無い日本という国からやってきた。
この世界に来るまで実戦経験など、全くない。
そんな平和な世界から来た日本人が
『容易く罠を発見できた』ということに対して、
幸太郎は強烈な違和感を感じたのだ。
『不自然過ぎる』と。
クラリッサとアーデルハイドは、幸太郎の言う事に対して、
少し『慎重すぎる』という気はしていた。
だが、幸太郎の今までの行動を全て聞いているので、
反対する気は無い。
ダンジョン下層での悪魔との戦い。
ドラゴンタートル撃破。
辺境伯家乗っ取り未遂事件。
不死身のニコラ撃滅。
どの話も『自分たちとは見えてる範囲が違う』と感心したからだ。
幸太郎は説明を続けた。
「あの罠たちは、侵入者を阻むためのものじゃないんだ。
巣穴から引き返すとき・・・逃げる時に邪魔になる様に
設置されているんだよ。
俺たちは最初の罠を見つけたが、
解除はせずに回避して進んだ。当然だな。
見つけたらイチイチ解除するなんて時間の無駄だ。
解除に失敗すれば、
それが原因でゴブリンに見つかるかもしれないんだから。
そして、罠を放置して進み、ゴブリンの巣穴を発見する。
恐らく、そこに何か『高確率でゴブリンに見つかってしまう』罠が
あるはずなんだ。
俺たちは慌てて逃げ出す。ところが、
帰り道には解除してない罠がウジャウジャ残っている・・・」
ルークたちも幸太郎の言ってる意味が理解できた。
青ざめた顔で幸太郎に聞く。
「じゃあ・・・もしかして、前任者7人が全滅したのは・・・」
「おそらく、その推測で当たってる。
彼らは巣穴自体は発見したんだ。
腕利きっていう話だし。
しかし、巣穴を発見した時にゴブリンに見つかった。
急いで退却するが、7人という数が逆に災いしたんだ。
誰かが罠を発動させてしまい、誰かが罠にかかる。
大人数で一斉に逃げるから命中しやすいんだよ。
遅れた者、はぐれた者をゴブリンたちが取り囲み、なぶり殺し。
どんどん仲間が減っていき、投石を受け、
残った者もいつかは追いつかれ・・・」
「最後は取り囲まれ、全滅・・・ですか・・・」
幸太郎はルークたちにうなずいた。
ルークたちは額に汗が浮いている。
幸太郎は説明を続けた。
「だから作戦を変更する。さっき俺がわざと罠に引っ掛かったから、
罠には俺の血が付いている。
もし、ゴブリンが遠くで見ていても、また見回りにきても、
『マヌケが罠にかかって逃げ出した』としか
思われないはずだ。厳戒態勢にはならないだろう。
巣穴は俺とモコとエンリイの3人だけで慎重に探る。
モコは小狼族で耳がいい。
エンリイは木の上での戦闘が得意だ。
俺は最大規模の『マジックボックス』を持っているから
ロープ、鎌、スコップ、バケツなど
様々な場面で応用の効いた対応ができる。
君たちは森の外で待機。迎撃態勢を整えておいてくれ。
そして、俺たちは巣穴を見つけたら、
君たちの元へ急いで戻ってくる。
どんな罠かはわからないが、
十中八九、ゴブリンに見つかると思って行動した方がいい。
腕利きの前任者7人が全滅してるからだ。
だからもう、見つかってしまう前提で動く。
クラリッサとアーデルハイド、ルークたち、
そしてエーリッタとユーライカがいれば、
仮に30体くらいゴブリンが追いかけてきても撃退できるだろう」
「わかりました!!」
ルークたちは気合の入った顔で答えた。