ゴブリンの巣穴 3
ルークがいきさつを話そうとした時、会議室のドアが乱暴に開いた。
そしてニロギ達4人組が肩を怒らせて出てきた。
「おい、ルイーズ! 俺たちも降りる! 後は勝手にしろ!!」
ニロギがカウンターへ向かって、そう叫ぶと、ニロギ達は
ギルドの建物から出て行ってしまった。
「えええ!? そ、そんな、ニロギさーん・・・」
ルイーズが肩を落とす。なかなかチームのメンバーが集まらなくて
苦労していて、やっと3つのパーティーが集まったと思ったら、
空中分解・・・。そりゃあ、がっかりするだろう。
ルイーズは幸太郎たちを真剣な目で見ると、宣言した。
「これで幸太郎さんたちが、正規チームです。
お願いしますよ? 期待していますからね。
商人ギルドと町の警備隊の依頼は、
もう失敗するわけにはいかないんですから!」
ルークたちをギルドの食堂で待たせて、幸太郎たちは
クラリッサとアーデルハイドを呼びに行く。
チームへの参加を要請しなくては。
ルークたちに金貨1枚を渡して、
『とりあえず、何か食べながら待っててくれ』と座らせた。
食べ盛りのルークたちは目を輝かせている。
クラリッサとアーデルハイドの部屋へ行き、
幸太郎がドアをノックする。
「幸太郎でーす。帰ってきましたー。ちょっと頼みたい事が
あるんだけど、いいかなー?」
「お帰りー。入ってー」
クラリッサの明るい声が返ってきた。
ガチャ。
パタン。
幸太郎は中に入らず、即座にドアを閉めると、赤くなって
後ろを向いた。モコとエンリイには室内が見えなかったが、
『意味』はすぐにピンときた。今度はモコがドアを開ける。
「こらー! 服を着なさーい!」
「二人とも、なんで下着だけでウロウロしてんのさ!」
「え? いやあ、2人だけだと、この方が楽でさー。あははは」
「こ、コウタロウさんなら、べ、べつに、構わない、けど・・・」
とりあえず急いで服を着てもらった。これで幸太郎も中へ入れる。
ユタへ行って、何をしてたのか、の説明は後回し。
先程ギルドで起きた事を話した。
「ふーん・・・。ゴブリンの巣穴を探すってヤツか。
あたいらは断ったけど、コウタロウがやるってんなら行くさ。
でもよ、そのルークとかいうボーヤたちは『使える』のかい?」
「まあE級に上がったばっかりって言ってたし・・・。
モコ、エンリイ、クラリッサ、アーデルハイドには
遠く及ばないだろうね。
ただ、何か事情があるみたいで、
やたら、やる気満々なんだよ。仮に俺たちが断っても、
結局はどこかのパーティーにくっついて出撃すると思う」
「ワケありかい。
で、コウタロウはボーヤたちを死なせたくない、と。
相変わらず甘いねー。あははは。
でも、そういうトコ、好きだぜ。
いいよ、あたいらで守ってやるよ」
「でも、ご主人様、ルークたちがいると、ご主人様の『本気』は
出せなくなりますよね」
「そこが痛いところだ。でも、前に言った通り、もうこれ以上
『事情を知ってる人』は増やせない。事情を教えたら、
俺たちを売る可能性だって否定できん。
エーリッタとユーライカ、クラリッサとアーデルハイドは
特別な存在だ。ルークたちを『フレンド』にする選択肢は無い。
俺はヒーラーと荷物持ちに専念するしかないな」
「幸太郎サン、目的も『巣穴の発見』に限定しようよ。
ゴブリンの巣穴はかなり危険だから、何があっても中へは
入らないって決めとこう」
エンリイはゴブリンが人質を取っている可能性を憂慮していた。
わざと人質を見せて、巣穴へ誘い込む。
ゴブリンの常とう手段だ。人質を見捨てる覚悟の無い奴は、
これでほとんど死ぬ。
「そうだな。『何があっても、巣穴へは入らない』、
これを最初に決定しておこう。ルークたちにも、
この条件は飲ませよう。こっそり巣穴を見つけて、即、退散だ」
クラリッサとアーデルハイドの参戦も決まった。
行動方針も決定。ルークたちと合流だ。
幸太郎たちがギルドの食堂に入ると、ルークたちがバカスカ食ってた。
「あ、お帰んなさい。
そちらがクラリッサさんとアーデルハイドさんですね?」
幸太郎たちは隣のテーブルと椅子を寄せて、座った。
まずはお互い自己紹介する。幸太郎たちも夕食はまだなので、
メニューからテキトーに選んで注文した。
クラリッサとアーデルハイドは、もう夕食は食べたというので、
紅茶とトーストだけ。
「すいません、遠慮なく食べちゃって」
ルークが全員を代表して、申し訳なさそうに謝る。
意外と礼儀正しい。幸太郎は笑って返した。
「ああ、いいさ、どんどん食いなよ。好きなだけ食べていいぞ」
「いいんですか? おごってもらって、なんか申し訳ないです」
「いや、タダじゃないぞ?」
ルークたちが青ざめる。
「違う違う。君たちが大人になったら、年下の子らに
奢ってやりなよ。それでチャラだ」
幸太郎とて、新入社員の頃は、会社の先輩に奢ってもらった事がある。
ただ、その頃は初代社長の時代で、
『まだ』ブラック企業にはなっていなかった。
幸太郎が上層部と衝突して孤立するのは
2代目社長になり、ブラック企業化がひどくなってからだ。
まあ、幸太郎が入社してすぐに先代が引退し、
ブラック化が始まったのだが。
「「ゴチんなります!!」」
ヨサークとタゴーサクが大喜びで追加注文をした。
幸太郎たちは、その様子に思わず微笑んだ。
「さて、では、まずは会議室で何があったのか教えてくれないか?」
「そうでした。途中でしたね。幸太郎さんたちが出て行った後、
俺たち『ヤベーぞ』って思ったんですよ・・・」
ルークとイサークの説明によれば、
彼らは特に相談したわけではないという。
ただ、『ギルドの推薦』『ヒーラー』『C級冒険者』という
キーワードが出てきたのに、それを聞く耳持たずに
幸太郎たちを追い出したニロギ達に恐怖を感じたのだ。
言われてみれば、その通りである。
小回復魔法は魔導士なら、ほとんどの人が使える。
しかし、通常『魔導士』は攻撃魔法に
優先してMPを回すので、回復魔法はオマケみたいなものだ。
ヒーラー専門という人は珍しい。
ただし、ルークたちにしてみれば、当然『安心感』が違う。
3番目のパーティーに『ヒーラー』がいるなら、
少々の怪我なら恐れる必要が無いのだ。
『C級冒険者』はさらに有難い。C級、B級は強者の証明。
簡単には手に入らない称号。
経験豊富で、あらゆる場面で頼れる存在。
難しい判断は、全てC級冒険者に丸投げしてもいいくらいだ。
「俺たちは、話を聞いてて『やったあ!』って喜んでいたんですよ。
俺たちは全員アタッカー。ニロギさんたちも斥候がいるだけで
魔導士はいません。そこへギルドの推薦で『ヒーラー』と
『C級冒険者』が参加するって言うなら、
願ったり叶ったりじゃないですか。
任務の成功確率は大幅に上昇します。
どう考えても悪い話じゃないです。
ところがニロギさんたちは、全然話を聞く気が無いし、
幸太郎さんたちを追い出す事しか考えてない。
きれいなお姉さんたちを連れてる幸太郎さんが
気に入らなかったんでしょう。
でも、幸太郎さんたちを追放しても、これ以上、
条件のいいパーティーなんて・・・。
それで、ニロギさんたちに『実は俺たちは
ヒーラーの参加がチームに加わる条件だったんです』って
嘘ついて逃げてきました。
まあ、俺たちはE級になったばかりなんで、
惜しくも何ともないから、あっさり許可してくれましたよ」
「なるほど、客観的に見てるんだな。ごめん。ちょっと
ルークたちを侮ってた。謝るよ。大したもんだ」
この中学生パーティーのリーダー『ルーク』は、
はっきり言えば『臆病』である。
だからこそ、リーダーを任されている。
臆病ということは、『生存ルート』に
人一倍敏感ということなのだから。
昔の侍、剣豪は全員『臆病』だった。
臆病ゆえに、他人の殺気にいち早く気が付く。
『俺様は強い』とイキり散らしたり、
自分の力量、相手の力量がわからない『無自覚』な奴はすぐに死ぬ。
簡単に罠にかかるから。
無自覚な奴らは罠にかかったあと、何と言うかも想像がつく。
そして、その後、どんな行動をするかも容易に想像できる。
「そんな大したもんじゃないですよ。俺たちはお金が必要なんで、
死ぬわけにはいかないってだけです」
ルークとイサークは幸太郎に褒められて照れた。
年相応の照れ笑いだ。
「お金が必要・・・か。このゴブリンの巣穴を探す依頼は
前任者7人が全滅するほど危険だが、大丈夫か?
もう少し簡単な依頼にしたほうが・・・」
ルークは首をふった。やはり何か事情があるのだ。