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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーとガイコツの森 2
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番外編 やり直したい 2


「お前は、暗い地獄の下層に落ちていたのだ。そして正気を失っていた。


いずれお前の魂は砕け、意識は無くなっていたはずだ。


だが・・・この者だけは、お前を信じていた。


この者の祈りが、お前の魂が砕けるのを防ぎとめていたのだよ。


お前の心の奥底には、他者を思いやる優しさが残っているはずだと。


いつかきっと、いつかきっと、お前は帰ってくると。


この者だけは、信じていた。ずっと、長い間、ずっと・・・」





先程、この小さな男は、この子猫の思いを込めて殴ったのだった。



話は通じない。だから『相手に理解できるレベル』の



行いをしたまでのこと。





仏教には『明王』という存在がいる。



言葉の意味としては、仏教の教えに従わない者を教化するために



存在するという。剣を持ち、恐ろしい、そして勇ましい姿を



しているものが多い。



では、明王には優しさは無いのか?



いいや、そうではない。



明王も無辺の優しさと慈悲の心を持っている。



ただ、あの姿は、『相手が理解できるレベル』の話をするために



必要なのだ。





身近な話をしよう。



幸太郎の友人に身長180センチ、体重90キロ、



空手をやっていて、最低4L以上でないと肩が入らないという



戦車みたいな男がいる。





ある時、幸太郎と、この友人が、一緒にコンビニに入った。



その時レジでバイトのお姉さんに怒鳴っているおっさんがいたのだ。



そのおっさんは『俺を知らんのか!? 俺がいつも買ってる



タバコくらい、何も言われんでも、さっと用意しとけや! メス豚が!』



とイキリ散らしていた。



バイトのお姉さんは涙目で謝り続けている。



だが、何を言っても、何度謝っても、そのおっさんは



『謝れ! 賠償としてタダにしろ!』と怒鳴り続けていた。





ところが。





幸太郎の友人が、おっさんの肩を掴み、ゆっくりと言った。





『なあ、その話、まだ続くんか? レジに行列できとるし、


とりあえず、俺がその話聞こか。な? よっし、外、いこ』





そのとたん、イキリ散らしていたおっさんの顔が青ざめた。



太い首、盛り上がった僧帽筋、鎧みたいな肩、分厚い胸板、



足みたいに太い腕、肉厚の手、そして拳ダコ。



この友人の学生時代のアダ名は『ウイグル獄長』だ。



おっさんの『スカウター』は瞬時に彼我の戦力差を計算。



急に神妙な顔つきになると、



『いや、おれ、私もこの後急ぎの用事がありますんで』と



逃げようとした。友人は『そうなんか。じゃあ、次、ここで



会ったら、ゆっくりと静かな所で話そうか。連絡先教えてや』と



強制的におっさんの本名と勤め先、スマホの番号などを吐き出させた。



もちろん、以後、そのおっさんはコンビニに現れなくなったという。





世の中には『話してもわからない』という奴は、往々にして存在する。



このおっさんも、バイトのお姉さんが何を言っても理解しない。



したくないのだろう。気分が良いから。



だが、戦車みたいな男が『話を聞こう』と言っただけで、



『まだ何も話していない』のに、理解して出て行く。





例え上から目線と言われようとも、相手に理解できるレベルの



話をしないと意味は無い。



仏道の『明王』も相手に理解できるような



姿をしているだけなのだ。



意外に思う人もいるだろうが、



あれも、相手の事を考えた上での『優しさ』である。



そう、あの戦う姿も、1つの『愛』なのだ。








痩せた男は、この微笑みを浮かべた男に礼を言った。





「あなたは、チョビの思いを伝え、俺の目を覚ましてくれたんだな。


ありがとう。俺、頭が悪いから、なんか適当な言葉が


思いつかねえけど・・・」





「言わずとも良い。お前の気持ちは、すでに私に届いた。


さあ、これを食べたら、改めて閻魔様の所へ行くがいい」





そう言って、その小さな男は『おにぎり』を2つ差し出した。





「今のお前なら、もう道に迷うことはないだろう。


達者でな。さらばだ」





小さな男は、微笑みを浮かべたまま、立ち去ろうとした。



痩せた男は慌てて呼び止める。





「あ、待ってくれ、下さい。せめて、あなたの名前を


教えてくれ。下さい」





微笑みを浮かべた男は立ち止まると、優しく言った。





「『地蔵菩薩』・・・人々は私をそう呼ぶ」





「『地蔵菩薩』様・・・。本当にありがとうございました」





そして、その小さな男は、光の中へ歩み去っていった。





「にゃー」





「そうだな。俺たちも行こうか。それにしても地蔵菩薩様か。


俺は勉強してないから知らねえけど、ありゃあ、きっと、


さぞや名のある御方に違いねえ・・・」





「みゃあ」





「地獄の裁判所へ行ったら、改めて刑を受けるよ。


そして、それが終わったら、俺、働く。


俺は頭が悪いし、要領も悪いから、


大したことはできないだろうけど・・・。


それで稼いだら、2人で腹いっぱい食おうぜ。


お前をでっかくて、まん丸な猫にしてやるよ。


それが・・・今の俺の夢だ」





実は・・・この男は前世で大金持ちの名家に生まれ、



親の威光と、金の力、生まれ持った身体能力や頭脳で



やりたい放題に生きていた。何をやっても上手くいき、



ろくに苦労も知らず、当然窮地に陥ることもなく、



大勢の女や友人に囲まれ、



幸せなうちに人生を終えている。





だが、その人生では『何一つ悟らなかった』。





苦しむことが無かった。悩まないから、『道』を見つけることが



できなかったのだ。





確かに、この男は、今回の人生では悲惨な境遇に終始した。



だが、『本当の友』を得た。



自分が不幸な境遇にあるにも関わらず、



不幸な誰かに手を差し伸べることができた。



誰かの不幸に涙することができた。



1つだけだが、本当に大事なことを『悟る』ことに成功した。



幸せな人生の時は『できなかった』ことを、この男は



不幸な人生の中でやったのだ。





これをいい事なのか、悪い事なのか、どう感じるかは



人それぞれである。





でも、この2人は大丈夫。もう大丈夫。



胸の奥に、確かな愛が宿った。もう何があっても



消えることはない。永遠に。





この2人も歩き出した。



歩くだけで、どんどん上昇してゆくのがわかる。



もう迷うことはない。2人なら。








地蔵菩薩は今日もゆく。



あなたが霊界で道に迷った時、



その時はきっと、あなたの前にも現れるだろう。





優しい微笑みと共に。






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