引き受けた!
ゲーガン司祭に何度も尋ねたが、グレナン男爵が関与していた事を
証明するものは一切無いという返事だった。
グレナン男爵は慎重な男らしい。誘拐した人々を売って得た利益から
毎月上納金は出ている。しかし、経理の帳簿には、あて先がいわゆる
『上様』としか書かれていないという。
確かに手元の台帳にも、所々『上様』という記載と毎月の
上納金の記載があるが、それが誰の事を指しているのかはわからない。
『上玉』の女を回してもらう時も、マスクをして
場所も変え、『誰か』は
わからないように気を付けているという。
「グレナン男爵はスケベ司祭と違って優秀だな。
女も利益もしっかり頂いているクセに、証拠を残さないように
注意している。万一、何かあっても、自分までは
延焼しないように気を付けているようだな。
誘拐した人が少なくて上納金が減ってる時も、
全く文句を言わないとは・・・。
ただ、マラケシコフもゲーガン司祭も、グレナン男爵の
関与は間違いないと言ってる。よって・・・
有罪。
俺の独断と偏見により、そのうち処刑する」
幸太郎は勝手にグレナン男爵を死刑に決定した。
弁解を聞く気は全くない。サイコだ。
『魅了の邪眼』の効果が切れたゲーガン司祭は、
座り込んでガタガタと震えている。
幸太郎がグレナン男爵を死刑にすると『きっぱり』
明言しているからだ。そして、何よりゲーガン司祭を
恐怖に叩き込んだのは、幸太郎のこの一言だった。
「グレナン男爵が関与したという証拠は無いようだが、
それならそれで利用させてもらう。ファル、すまないが、
ちょっと働いてくれ。ファルにしかできない」
『関与した証拠が無いのを逆に利用する』と言っている。
さらに『領主』であるファルネーゼに『働いてくれ』と命令したのだ。
ゲーガン司祭は今更ながらに後悔した。
(こ・・・こいつは、こいつは! 人間じゃない!!
関わってはならない怪物だったのだ・・・。
ああ、何でこんな事に。そうだ、あの見張りが
『美女が3人見えた』とか言うから、
私まで出動することになったんだ。
くそっ、くそっ、あいつが悪い! あいつが悪いんだ!
あいつが余計な事を言うから・・・)
もう遅い。手遅れだ。
幸太郎は『全員行方不明』にすると決めた後である。
そして、ゲーガン司祭が真っ青になり、滝のような汗を流す計画が、
幸太郎の口から語られた。それは邪悪な作戦。
「や、やめて、やめてくれ! そんなことをされては、
コナの教会は・・・オーガス教は・・・。お願いだ、
どうか、それだけは! そんな酷い事は・・・」
ゲーガン司祭は大量の汗を流し、幸太郎に止めるよう懇願した。
だが、幸太郎は冷めた目で答える。
「・・・はぁ? お前は『やめて』と懇願した人々を
助けてやったのか? この台帳を見ると、かなりの数の冒険者や
旅人が誘拐されて奴隷になっているぞ? ただの1人も
『やめて』とか『助けて』と言わなかったと言うのか?
出荷された人々の欄には、お前のサインと押印があるぞ?
自分は今までの人生で一度も助けたことがないくせに、
まさか自分だけ特別扱いして欲しいと、そういうことか?」
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 謝ります!
伏して謝罪いたします! だから、どうか」
「ダメだ」
「そ、そうだ、こうしましょう。私は『司祭』です、
あなたにかかっている賞金を減らして差し上げます。
ゼロには出来ませんが、大幅に減額することをお約束いたします」
「いらん」
「わ、私にも事情や都合というものが・・・」
「知ったことか」
「な、ならば、協力します。私も罪を受け入れ、
売られた人々の救出に手を貸しましょう。
私の名前と力があれば、スムーズに事は運ぶはずです!」
「お前に価値があると思っているのは、お前だけだ」
「私にも今後の予定が! 私がいないと困る行事やミサが」
「お前に明日など不要だ」
「反省、は、反省しました! お願いです、私に
もう一度やり直すチャンスを下さい!」
「やらん」
「こ、ここ、こんな事をすれば、大神オーガスのお怒りに
触れることになりますぞ! 大神オーガスはお許しに
なりません!」
「お前たちの『許し』など必要ない。
そんなもの無くても俺たちは一切何も困らない。
お前はバカか。
それにオーガスさんなら、
今でも、どこかで俺たちを見ているんじゃないかな?
マラケシコフに能力を与えたのは間違いなくオーガスさんだからな。
ついでに見てるはずだよ」
ゲーガン司祭は困惑した表情で固まった。
意味が理解できないのだろう。
「俺たちはオーガスさんとも、リーブラさんとも会ったことが
あるんだよ。少しだけど、会話もした。
オーガスさんの本名は『ルキエスフェル』、れっきとした悪魔だよ。
まあ、到底勝ち目のある相手じゃないな、あれは。
・・・オーガスさんが悪魔って話は知ってるみたいだな。
まあ、だからオーガスさんの怒りに触れるってことは『無い』。
それに、こちらには手を出さないって約束も『一応』してる。
今も、どこかでこの光景を見ながら、ゲラゲラ笑っているはずさ。
オーガスさんは、お前らになんか1ミリも愛着は持ってないからね」
ゲーガン司祭は真っ青になり、滝のような汗を流しながら、
口をパクパクさせている。もう言葉は出ないようだ。
幸太郎は『マジックボックス』から剣を1本取り出した。
ついにゲーガン司祭の最期の時が来たのだ。
「さて、あんまり時間をかけてもいられない。
この後の予定が押してるんでね」
剣を見たゲーガン司祭は慌てた。死にたくないのだ。
だが、ここでゲーガン司祭の脳裏に閃きが走った。
起死回生の一手が思いついたのだ。
ゲーガン司祭はしおらしい態度で幸太郎に話しかける。
「わかりました。私も大きな罪を重ねてきました。
大神オーガスの御許へ赴き、贖罪の苦行をいたしたく存じます。
私も、もう人生が嫌になりました。もう死にたいのです。
どうぞ、お殺し下さい・・・」
ゲーガン司祭は思い出したのだ。
先ほど幸太郎がファルネーゼについて言っていたセリフを。
『ですが、私は「ひねくれて」いましてね。
死にたいと願っているのを見ると、
何とかして「生かしたい」と考えてしまうのです』
つまり、今の状況に当てはめて考えれば、『死にたい』と
幸太郎に訴えれば、逆に温情をかけてくれるはず。
ゲーガン司祭は憐れみを誘う目で、幸太郎を見た。
幸太郎は『フッ』と優しく微笑む。そして。
「引き受けた!」
幸太郎は『死にたい』という願いを快諾した。
ドクターキリコ並みの即答。
ゲーガン司祭は目を見開いて抗議する。
「え!? そ、そんな!
先ほど言ってた事と逆ではありませんか!」
「記憶にございません」
幸太郎はしれっと答える。政治家なみのトボけぶり。
「まあ、心配するな。お前の死体は俺が有効活用してやろう。
もう使い道は考えてある。俺に任せておけ」
幸太郎のサイコムーブにゲーガン司祭は絶句した。
その時、幸太郎が全く予想していなかった事が起きた。
幸太郎の後ろに接近していたファルが、幸太郎の手から優しく
剣を奪うと、キョトンとした顔の幸太郎を置き去りに、
ゲーガン司祭の胸に体重をかけて剣を突き立てたのだ。
剣は深々と突き刺さり、血しぶきが飛ぶ。
ゲーガン司祭は苦悶の表情でうめくと、
地面に倒れ、動かなくなった。
幸太郎、モコ、エンリイは唖然として見ている事しかできなかった。
完全に予想外だったからだ。
ミューラー侯爵家の長女、
現在のエルロー辺境伯領の『領主』、
どう考えても人を殺したことは無いはずである。
貴族の令嬢が自ら剣を取り、
そんなことをするとは考えつかなかった。
そう、モコとエンリイですら、ファルが動き出した時、
彼女が何をするつもりなのかわからなかったのだ。
幸太郎たちは頭が真っ白になってフリーズし続けた。
・・・ゲーガン司祭が倒れて動かなくなるまで。
ファルは振り向くと、目に涙を浮かべて、
無理やり笑顔で話し出した。
「こ・・・これだけは、一応『領主』として、私が、私が、
断罪の剣を振り下ろさないと・・・」
そこまでしか話せなかった。
ファルは口元を抑えると、近くの木の根元で嘔吐した。
泣きながら嘔吐を繰り返した。
幸太郎はモコとエンリイに目で話す。
モコとエンリイはファルの元へ駆け寄り、
優しく背中をさすって、いたわった。
数分後、少し落ち着いたのだろう。ファルは息をつき、
モコとエンリイに『ありがとう』とお礼の言葉を述べた。
幸太郎はファルに近づくと、
『洗浄』で服についたゲーガン司祭の返り血を丁寧に除去する。
そして、『マジックボックス』からタオルを取り出し、
ファルへ渡す。
ファルは再び涙を浮かべ、タオルで顔を覆った。
そして、幸太郎、モコ、エンリイはファルを強く抱きしめる。
今、言葉は必要ない。
ファルは3人に抱きしめられたまま、しばらく泣き続けた。




