屁理屈
幸太郎が低い丘を越え、モコ、エンリイ、ファルの
姿が見える所まで戻ってみると、なにやらゲーガン司祭がわめいている。
矛先はファルのようで、困惑した表情を浮かべていた。
「ファルネーゼ様! 繰り返しますが、先程の私の発言は、
ファルネーゼ様だけでも人狩りたちから、お救いしようと思っての
ことです! ご友人の3人は助けられないかもしれませんが、
せめて、なんとか『領主』であるファルネーゼ様だけでも、
私の手元に置くことで保護しようとしたのです!
下品な物言いは、あくまでも下賤なマラケシコフたちを
欺くためのもの! すべてはファルネーゼ様を思っての事。
嘘偽りはございません!」
「し、しかし、あのような邪悪な者たちと行動を共にすると
いうのは・・・」
ファルはうまく言い返せないようで、困っている。
ゲーガン司祭は、元の『善良な仮面』をつけていた。
それが『ファルネーゼ』の心を惑わしている。
「ファル、こんな奴のいう事を聞く必要ないわよ!」
「そうそう、こんなスケベ司祭はさっさと殺そう」
当たり前だが、モコとエンリイはゲーガン司祭の言う事なんか
聞く気は無い。
「殺すのはちょっと待ってくれ。俺の用事が残ってるからさ」
そこへ幸太郎が、のこのこと歩いてきた。ゲーガン司祭は
幸太郎にも善良そうな顔を向けてきた。
「貴殿、名は?・・・そうか、幸太郎というのですか。
先程は失礼いたしました。私はコナのオーガス教の司祭を
務めている、ゲーガンです。まことに遺憾ながら、
人狩りたちと行動を共にしておりました。
しかし、これには深いワケがありまして・・・」
幸太郎はゲーガン司祭の言葉を、途中で遮った。
「ああ、全部いう必要はありませんよ。
ここを見張っていたのは、エルロー辺境伯に命じられて
仕方なかったと言うのでしょう? 子供たちの遺体が見つかると
エルロー辺境伯も、バルド王国の中央政府も困るから、
様々な秘密を守るために、やむを得なかった・・・でしょう?
本当はこんな事は不本意で、やりたくなかったけど、
ファルネーゼ様を守るためにも、あえて悪役を引き受ける
決意をした。それが大神オーガスの教えにも沿う事だと
涙を呑んで人狩りに加担していた。・・・こんな所ですか」
ゲーガン司祭は、怪訝な顔をした。サイコな幸太郎という男を
測りかねているのだろう。
「そ・・・そうです。私が人狩りたちと行動を共にする決意をしたのは、
少しでも、彼らの歯止めとなるためなのです。
私は『司祭』です。
好き好んでこんな事をしていたわけではないのです!
ファルネーゼ様、これはあなたの夫である・・・」
ゲーガン司祭が再びファルネーゼに矛先を向けようとした時、
幸太郎はファルを庇うように前に出る。
そして、またも割り込んでゲーガン司祭の言葉を遮った。
「はいはい、夫であるエルロー辺境伯がやった事であり、
自分に命じたのもエルロー辺境伯。だから、その妻である
ファルネーゼ様にも責任の一端があると言いたいのでしょう?
子供たちの虐殺を止められなかったのだから、あなたも同罪だと、
そう言いたいんでしょう?」
「そ、そこまでは言いませんが、『仕方なかった』という
今の私の立場を少しでも、ご理解いただきたいと・・・」
「ゲーガン司祭、あなたの立場を理解しろと言いますが、
では、あなたはファルネーゼ様の立場をご理解しておられましたか?
私たちがエルロー辺境伯を殺した時、ファルネーゼ様は
ご自分も殺されることを願っておられました。
初めてお会いした時、ファルネーゼ様の目は死んでいました。
おそらくミューラー侯爵家と家族を守るためでしょうが、
『心臓が動いている事だけ』しか願い事が無かったのでしょう。
だからエルロー辺境伯が死んだとき、ファルネーゼ様は
自分も『もう死にたい』と願っておられたのですよ。
『もう、エルロー辺境伯の妻という役を
演じる必要が無くなった』からです。
ですが、私は『ひねくれて』いましてね。死にたいと願っているのを見ると、
何とかして『生かしたい』と考えてしまうのです。
ゲーガン司祭が『自分の立場も理解して欲しい』と言うのであれば、
ファルネーゼ様の置かれた立場も理解して欲しいものです」
ゲーガン司祭は話の途中から真っ青になって、
額から汗が流れだした。
「あなたは・・・まさか、あなたは、『黒フードのネクロマンサー』
なのですか・・・? 先ほどのスケルトンの騎士と、
大量のゴースト・・・あれは、あなたの仕業・・・?」
「正解です。賞品として冥界への片道キップをプレゼント」
「ファルネーゼ様の夫を殺したくせに、ファルネーゼ様と
行動を共にしているというのですか?」
「左様でございます。
ついでに言うと私は『荒野の聖者』でもあり、
『ナイトメアハンター』でもあります。
全部、私ですよ。
私の置かれた立場もご理解いただきたいですね」
幸太郎は、しれっと言った。ゲーガン司祭は血相を変えて
ファルネーゼに叫ぶ。
「ファルネーゼ様! あ、あなたはご自分の夫を殺した相手と・・・」
だが、やはり幸太郎は割り込んで言葉を遮る。
「ああ、それから、文句があるなら『ファルネーゼ様』に
直接申し上げて下さい。ここにいるのは、
私のパーティーメンバーである、『ファル』です。
本物のファルネーゼ様はユタのお屋敷から
一歩も外に出ておられません。
だからファルにすがっても無駄ですよ。
リーダーである私の判断が優先されます。
ファルは私の命令に絶対服従。逆らえませんので」
そう言って、幸太郎はファルの肩を抱いて、ぐいっと強く引き寄せた。
「そんな屁理屈が通るとでも・・・」
ゲーガン司祭は青筋を立てて怒っている。
しかし、幸太郎は一言『通すんですよ』と言って無視した。
ゲーガン司祭も、幸太郎の退屈そうな目を見て、
ようやく気が付いた。幸太郎がゲーガン司祭との
会話に付き合っていたのは、つまるところファルへの
『労り』だったのだ。背負っているものを、
少しでも軽くしてあげたいという、
幸太郎なりの労り。口下手で、女心がわからない男なりに、
一生懸命ファルの心情を気遣っていただけである。
・・・ゲーガン司祭のことなど、最初から1ミリも考えていない。
幸太郎は独善的でわがままなサイコパスなのだ。
ゲーガン司祭は幸太郎のサイコぶりに、奥歯が鳴りだした。
「さて、では森の中に戻って楽しい質疑応答の時間だ。
モコ、馬車を森の中へ入れてくれ。
エンリイ、ゲーガン司祭のそっちの腕を持ってくれ、
森まで引きずる」
「わ、私は司祭だぞ!!」
「今日卒業させてやるよ。お疲れ様でした」
「や、やめろ! やめろ! お前たちのような下賤な者どもに!」
「そういうのが無意味な世界に送ってやるから心配するな」
縛り上げられたゲーガン司祭を引きずりながら、
全員で、もう一度森の中へ戻った。
ブラッドリーを呼ぶのだ。