せめて俺だけは
幸太郎はカルタスたちに殺された人狩りの死体の魂を
次々に『成仏』させていった。そして、その死体を全て
『マジックボックス』に吸い込む。
「よし、回収完了っと・・・。こいつらには
『行方不明』になってもらわないとな」
幸太郎は戦いの痕跡を丁寧に消してゆく。
地面の血だまりは念入りに『洗浄』をかけて洗った。
足跡はそのままでいい。この方が都合がいいのだ。
あの時、幸太郎は追いかけてくる人狩りたちに
『粉カラシ』を投げつけた。
これで人狩りは飛び道具を『使えなくなった』のだ。
『苦し紛れの粉カラシ』を見て、人狩りたちは
『魔法、弓矢などを持っていない。または持っていても、
こちらを全員倒せるほどの数が無い』と勘違いを起こした。
ゲーガン司祭とマラケシコフの命令は『女を捕まえろ』である。
幸太郎たちを逃がすくらいなら『火球』や『風刃』、
弓矢を使うだろう。だが、幸太郎たちが
飛び道具で反撃しないのであれば、
女に当たるかもしれない魔法や弓矢は、わざわざ使いたくない。
体力が尽きることが無い『シャーリー』と『ベロニカ』が
いる以上、いつかは追いつくに決まっているのだ。
・・・計算上では。
幸太郎の心理誘導で、人狩りたちは一切の飛び道具を封じられた。
幸太郎は性格が悪い。
幸太郎たちは低い丘の向こうへ走り、マラケシコフ達から
見えなくなると、スピードを落とした。
そして、追ってきた人狩りたちを十分引き付けたところで、
『冥界門』を開いたのだ。
『冥界門』から飛び出した300体近いゴーストたちは、
人狩りと『シャーリー』、『ベロニカ』を取り囲むように、
グルグルと渦を巻いて高速で飛びながら回りだした。
これでもう、人狩りも、ファイア・エレメンタルも無力である。
幸太郎たちは、悠々と歩いて、高速で渦を巻くゴーストたちの
輪を出て行った。当然、ゴーストたちは幸太郎たちだけは、
余裕で躱して高速で飛んでいる。
「すごいですわ・・・まるで伝え聞く竜巻のよう・・・」
ファルが感心したようにつぶやく。幸太郎自身は
『ゆっくり回転させたら、メリーゴーランドみたいに
ならないかな?』などと間抜けな感想を思い浮かべていた。
幸太郎の頭はポンポコプー。
そして、この時にモコが『あいつと、あいつが村を襲った
人狩りです! 見覚えがあります!』と指摘。
幸太郎はカルタスたちに、その2人だけ生かして連れてきて、
後は殺すように命じた。
そして、その2人は今、モコに死ぬまで殴られている。
いくら『ファイア・エレメンタル』でも、この囲いを
突破することは不可能。
なぜならゴーストは『亡者』『亡霊』。
つまり『元素霊』であるエレメンタルを掴めるのだ。
どちらも『霊』だから。
ただし、当然、パワーや魔力、高熱の特殊攻撃など
『ファイア・エレメンタル』の方が圧倒的に強い。
だから幸太郎は『倒す』のではなく、ひたすら『妨害』を
ゴーストたちに命じた。
『足払い』だ。
そう、ここでマラケシコフの『馬鹿さ加減』が爆発する。
本来の『人の姿をした火』ならば、足を掴んでも、
炎がゆらめくだけで、転んだりしない。信じられない人は
焚火の火を掴んでみればいい。
ところが、マラケシコフが『女体化』などさせたため、
足を掴んで引っ張ると『転倒』してしまうのだ。
さらに、足を掴んでもゴーストは熱ダメージを受けない。
『女体化』してるからだ。
そして、本来『ファイア・エレメンタル』には前も後ろも無い。
『火』に前後などあるはずもない。
ところが、『女体化』したせいで、
『背中がわ』が発生しているのだ。
その結果、グルグルと高速で渦を巻くゴーストたちから、
『足払い』を受け続け、転倒に次ぐ転倒。
あっちから足を掴まれ転倒、起き上がって振り向くと、
反対側から足払い。これを延々と繰り返したのだ。
もちろん、『ファイア・エレメンタル』は『死ぬ』という
概念は無いし、転倒しても一切ダメージは無い。
高熱を使用しても『エレメンタル・ドミネーター』のせいで
小さくなったりもしない。無敵だ。
だが、『無力化』はできる。
そうだ、全てマラケシコフが『アホ』だったせいである。
わざわざ自分で弱点を付与したのだから。
女体化などさせるから、こんなことになる。
そして、マラケシコフは『重大な情報』を幸太郎に
バラシてしまっていた。
それは『シャーリー』と『ベロニカ』を出したことだ。
そして、この2体にキスまでさせている。
これで幸太郎には『わかってしまった』のだ。
『ファイア・エレメンタルは最大2体までしか出せない』と。
マラケシコフが『エレメンタル・ドミネーター』で
セクシーな女性を2体作り出したのは、明らかに
幸太郎への『対抗心』によるものだ。
簡単にいえば、マラケシコフは幸太郎が『うらやましかった』。
モコ、エンリイ、ファルという飛びぬけた美女を3人も
連れている幸太郎。当然、人狩りたちの報告から
『昨夜、一晩、一緒に寝ていた』と勘違いしたはずだ。
・・・いや、勘違いではなかった。
幸太郎は死にかけて意識は無かったが、
確かに全員下着だけで一緒に寝ていた。
ともかく、マラケシコフは幸太郎に対抗心をメラメラと燃やし、
『俺だって、言いなりになる、こんな美女がいるもんね!』、
『悔しくなんかないもんね!』と
当て付けのつもりでエレメンタルを女体化させたのだ。
だから、『シャーリー』と『ベロニカ』にわざわざキスまで
させていたわけである。そしてこれが『決定的』だった。
敵と向かい合っている状態で、自分の視界がふさがれるという
隙を作ってまでも、幸太郎にキスを見せたかったからのだから。
つまり、もし出せるのならば、『ファイア・エレメンタル』は
モコ、エンリイ、ファルに対抗して『3体』出していたはずである。
もし可能なら3体以上出現させて見せびらかしていただろう。
だが、実際には2体しかいない。
幸太郎に対し、『これで限界』だと馬鹿正直に白状したようなもの。
わざわざ女体化させて弱点を増やし、
さらに2体までしか出せないと、ご丁寧に知らせている。
これがアホでなくて何なのか?
さらにマラケシコフは自律行動でき、体力無限の
エレメンタルたちだけを追いかけさせた。
『後は待っていればいい』と考えたのだろう。
マラケシコフはバカだ。
逃げていく相手の方が、エレメンタルたちよりも
『頭が良い』という可能性を考えていなかった。
致命的な馬鹿さ加減である。
もしマラケシコフが一緒に追いかけていれば、
『冥界門』が開いた後、
自分だけでも逃げようという方針に転換していただろう。
その場合、幸太郎たちは無敵のエレメンタル2体に
手を焼いていたはずだ。
だが、結局『現場の状況』を知らないマラケシコフによって、
エレメンタルたちは支離滅裂な行動を繰り返す羽目になっている。
もちろん、幸太郎はそこまで読んでいる。
エレメンタルたちを女体化させて、その上名前まで付けているのだ。
『名前』が必要ということは別々に命令が出せるということだ。
2体を明確に区別するために名前をつけている。
つまりエレメンタルは、それぞれ自律行動可能ということ。
命令すれば、あとは命令に従い勝手に働いてくれる。
そして何よりも『無敵』である。
幸太郎たちが逃げれば、追いかけてくるのは
エレメンタルたちだけで、自分自身は
『面倒くさい』『何もする必要が無い』から
『任せっきりで、自分自身は何もしない』はずだ、と読んだ。
だからマラケシコフの視界から消える必要があったのだ。
現場の状況を一切知らないということは致命的だ。
幸太郎たちが歩いて丘を下ってくる時、当然マラケシコフは
モコがいない事に気が付いていた。
ところがマラケシコフにしてみれば
『あのチビが足止めしてるのか?』
『もしや、あいつだけ死んだのか?』
・・・くらいまでしか頭が回らない。
無敵のエレメンタルたちが無力化されてるとは、
まるっきり考えつかないのだ。
ジストの『絶対自動回避』と同じで、
自分の意志が何も入っていないから、手玉に取られるのである。
後は死ぬまでエレメンタルたちと分断されたまま、
何が起きてるのか知ることもなく、モコに首をはねられて終わり。
マラケシコフは負けて当然だろう。幸太郎が勝ったというより、
マラケシコフが勝手に負けただけだ。
幸太郎は周囲を見回し、ため息をつく。
(オーガスはどっかで腹を抱えて爆笑してるんだろうなぁ・・・。
それにしても、本当に、本当に、趣味が悪い・・・。
こんなアホウに強力なスキルを与えるなんて・・・。
自分の愚かさのせいで壮絶な弱体化。
毎晩、地面に穴を掘って、
そこへナニを突っ込んで腰を振ってるかのような醜態。
最後はスキルに頼り切っていたせいで、
無警戒な背後からの一撃で、あっさり死亡。
一応愛していたであろう『ファイア・エレメンタル』からは
ボロクソにこき下ろされて恥さらし。
『他人の不幸は蜜の味』なんて言うけどさぁ・・・。
あまりにも痛々しいマヌケっぷりで、勝った気がしない。
こんなスキルさえなければ、
もっとマシな人生を歩けたんじゃないのかな?
せめて、俺だけはマラケシコフを
笑わないでいてやろう・・・)
幸太郎は、全ての人狩りの死体を回収すると、丘を登り、
モコたちの方へ戻って行った。