反省してます
翌朝。雨はもう上がっている。完全に太陽が見えるようになったころ、
幸太郎は意識を取り戻した。
がばっと上半身を起こした幸太郎。
昨日の記憶が曖昧な幸太郎は、この大岩の陰に到着したあたりから
憶えていなかった。
(・・・ベッド、毛布があるってことは、記憶は無いが、
まだ意識があったんだろう。昨夜は、あれから
どうなったんだ・・・?)
自分の記憶をたぐる幸太郎。ふと、前を見ると、
モコがロケットのように空中を飛んでくるのが見えた。
ヘッドバット、もとい、幸太郎の胸に飛び込んで来るモコ。
「ご主人様! お目覚めになったのですね。良かった・・・」
幸太郎がモコの勢いに押し倒され、咳き込む。
そこへ、今度はエンリイとファルが両側から幸太郎に
抱きついてきた。
「幸太郎サン! 良かった、本当に良かった」
「幸太郎様、私たち、ずっと心配していました。
一時はどうなることかと・・・」
幸太郎をモコ、エンリイ、ファルが『ぎゅう』っと抱きしめる。
(え? ええ? えええ? な、なんか3人とも遠慮が無い!?
距離感が急に近くなったような!?)
幸太郎は、3人の今までと違う距離感に戸惑ったが、
理由は思い当たらない。死にかけて意識が無かったから当然だ。
「す、すとっぷぅ! はい、そこまで。一度皆様離れて下さい!」
幸太郎は真っ赤な顔で『命令』を出した。
幸太郎から『しぶしぶ』離れた3人は、とりあえずベッドに
腰かける。息を整えた幸太郎は、まずは状況について質問した。
「えーと。俺、このキャンプに到着したあたりから
記憶が無いんだけど・・・。あれから、どうなったのかな?
ベッドと毛布があるってことは、俺、しばらく意識は
あったと思うんだけど・・・」
「ご主人様は、魂に亀裂が入って、死にかけていたのです。
ムラサキ様が助けに来てくださったのですよ」
モコ、エンリイ、ファルが昨夜の状況を説明した。
説明を一通り聞いた幸太郎は『ゆでだこ』みたいになって、
額に汗がうかんでいる。
「そ、そうか・・・。それで俺はパンツ1枚だけに
なって寝ていたのか・・・」
「止むをえませんでした。それで、ギリギリ、ムラサキ様の
救援が間に合ったのです」
「いや、あ、ありがとう。おかげで助かりました・・・」
幸太郎は真っ赤な顔で頭を下げた。モコ、エンリイ、ファルは
『やっぱり服を着といて正解だった』と思った。
そして、もちろん『頬にキスしまくった』ことは黙っている。
3人とも『それを教える必要は無い』と考えていた。
モコ、エンリイ、ファルだけの『秘密』だ。
モコ、エンリイ、ファル、恐るべし。
「では、ご主人様、ムラサキ様からの伝言をお伝えします」
「は、はい。なんでしょう・・・?」
モコ、エンリイ、ファルの美女3人は『ずいっ』と顔を
幸太郎に近づけた。
「「「無茶し過ぎです!」」」
3人は頬を膨らませて、少し怒った顔をする。
幸太郎はしおしおになって謝った。
「申し訳ありません。反省しております・・・」
確かに、幸太郎は反省している。
そもそも、この『ガイコツの森』で最初に学んだ教訓は
『合掌、即、成仏』だったはずだ。
亡者に対して、正面から向き合おうとすれば、精神を病む。
『受け止めきれない』のだ。それは、わかっていたはずのこと。
しかし、幸太郎は子供たちの亡霊に同情するあまり、
感情に流され『やってはいけないこと』をやってしまった。
自分の実力を見誤り、出来もしない、不可能な事をやろうとした。
もし、幸太郎が途中で方針転換せずに死んでいたら、
子供たちを『成仏』させるのは誰がやるというのか。
いや、そもそも、あの場所にいたモコ、エンリイ、ファルも
無事では済まなかっただろう。
さすがに今回は『愚か』としか言いようがない。
褒めるべき部分は皆無だ。ムラサキが怒るのも無理からぬこと。
幸太郎の頭はポンポコプー。
「さ、とりあえず、ご主人様は休んでいて下さい。
鍋を出して下されば、私たちで朝食を作ります」
「もう、目的は果たしたから、あとは帰るだけだよね」
しかし、幸太郎は首を振る。
「いや、まだやることはある。朝食は早めに済ませよう。
それにファルもユタへ送っていかなければ」
「そんなに急がなくても大丈夫ですわ」
ファルは笑ったが、幸太郎は苦笑する。
「そうもいかないよ。イネスさんは『3泊』くらいは
想定してると思う。子供たちが埋められた場所は
歩いて探すしかなかったからね。
でも、『4泊』となると意味が違う。
間違いなく『何かトラブルが起きた』と判断するはずさ。
俺、モコ、エンリイがいて、対処に苦労しているという
『深刻な』トラブルと判断するだろう。
『ファルネーゼ様』は辺境伯領の領主だからな。
イネスさんは、明日から、捜索の準備を始め、
明後日からは、なりふり構わぬ行動を開始する。
『ファルネーゼ様』が外に出ていることがばれてしまうよ」
「そ、そういう事ですのね・・・。さすが、幸太郎様・・・」
「まあ、というわけで、夕方までにはユタへ帰る必要があるのさ。
えっと『時計塔』を出して・・・今、7時か。8時には
このキャンプを出発するとしよう。みんないいね?」
モコ、エンリイ、ファルは元気よく返事をした。
朝食が終わると、幸太郎が素早く撤収作業をする。
無限に使える『洗浄』。広範囲に吸い込む『マジックボックス』。
あっという間だ。
幸太郎は、モコとエンリイに頼んで周囲を索敵してもらった。
少し死霊術を使う予定だからだ。
周囲には人影は無いとの報告を受け、
幸太郎はゾンビを大量に召還した。
桶やバケツを持たせ、シャベルで土を入れる。
そして、幸太郎は辺りの手ごろな岩を次々に
『マジックボックス』に吸い込みだした。
雨のせいで土が柔らかい。作業は比較的楽に終わった。
幸太郎が何をする気かと言うと、子供たちの遺体がある
枯れた沢へ、水が入り込まないようにしたいのだ。
子供たちの遺骨が、これ以上、水流で散らばるのを防ぎたい。
そして動物が遺体を食い荒らすのも防ぎたい。
幸太郎は枯れた沢の上流部から、念入りに岩を設置して、
水の流れを別方向に変えた。
必要とあれば、ゾンビに新しい水路も掘らせた。
そして、雨で露出している子供たちの骨に、
丁寧に土をかぶせていく。
現在、子供たちの魂は全員『成仏』させた後なのだが、
昨日からこの辺りの『血の雨』は止むことなく降り続いている。
『霊感』のある幸太郎にしか見えないが、
何をしても止められなかった。ただ、昨日と違う所は、
全ての『血の雨』は幸太郎1人だけに集中して
降り続いている。おそらく染みついた怨念が
『救い』を求めているのだろう。
モコ、エンリイ、ファルに影響が無いため、
幸太郎は構わず作業を進めることにした。
死霊術のいい所は、人手を増やせるところだ。
10時前には『土木工事』は完了した。
これで、この枯れた沢には水は流れ込まないだろう。
複数の他の方向へ流れていくはずだ。
幸太郎たちは、岩を墓標として、ろうそくを2本、
水、パン、果物、塩をお供えした。子供たちの宗教は
知らないので、とりあえず神道式を真似てみた。
そして、全員で子供たちに手を合わせる。幸太郎は
般若心経も唱えてみた。効果があるかはわからない。
最後に幸太郎は『いつの日か』を歌う。
ファルは幸太郎の優しい歌に涙を流した。
「これで、ここへ来た目的は果たせたよ。
じゃあ、ユタへ帰ろうか」