朝まで
「このスキルが『眠ったまま』だったのは当然のことです。
今のファルちゃんなら、私が手を離せば、すぐに失神するでしょう。
『ブラック・ジェミニ』に何もさせなくても、せいぜい20秒。
何か動かせば数秒で激しい頭痛の後、失神するはずです」
ムラサキは別にファルを脅しているわけではない。
単なる事実である。
『扱いきれない』からこそ、『ブラック・ジェミニ』は
ファルの心と体が封印していたのだ。
例えば、現在の日本の中学生が、
『Fー15E ストライクイーグル』や
『Fー16 ファイティング・ファルコン』と共に
第一次世界大戦のヨーロッパへタイムスリップしたとしよう。
その中学生は、その世界で無双できるだろうか?
無理。
扱いきれるわけがない。コクピットの計器1つとっても、
それが何を表示しているのか? そのメーターが上がると
何が起きるのか? 下がると何が起きるのか?
何の知識も無いからだ。
無理やり飛ばせようとしても、離陸できるか確証はない。
飛んだところで、旋回できるだろうか? Gに耐えられるか?
『エリア88』であったように、宙がえりすれば
ブラックアウトするだろうし、逆宙返りすれば
レッドアウトするだろう。そして、最大の問題点は
着陸する方法がわからないこと。
燃料をどうするか? 整備は? 兵装は?
日本の中学生には、どうしようもないだろう。
結局、『扱いきれない』・・・この一言に尽きる。
大きな力は、それを扱えるだけの知識と、身体能力が必要。
それが伴わないのに、中学生に『さあ、これが無敵の戦闘機、
F-16だよ』と与える者がいるとすれば・・・。
それは神ではなく、『ルキエスフェル』の方だろう。
いくらファルの中に眠っていたスキルとはいえ、
今、ムラサキがやっていることは『ルキエスフェル』と大差ない。
しかし、だからこそ、ムラサキは『今のあなたには扱いきれない』と
はっきり言っているのだ。
もちろんムラサキなら、幸太郎やロイコークたちのように
『スキルを自在に操ることができる力』を
ファルの頭に埋め込むことだってできる。
しかし、ムラサキはそれはしない。それは本来、地獄への直行便だ。
扱いきれない強大な力を得た人間がどうなるか・・・。
その結末は誰でも容易に想像できる。
そして何より、ただ与えられた力は『成長しない』のだ。
自分で『与えられたF-16』を改良しようとする人はいないだろう。
操縦技術を磨こうという気にもならないだろう。
『今のままの自分でいい』と考える人は、大抵の場合、
そのまま成長せずに人生を終える。
特に男は『憧れ』を失った瞬間から心が腐ってゆく。
それはそれで幸せなことでもあるが。
「鍛え方は憶えましたね? 帰ったら、毎日欠かさず
トレーニングしてください。体を鍛えるのも忘れずにね」
「わかりました。ありがとうございます。きっと、この力を
使いこなせるようになりますわ! そして、この力で
幸太郎様をお守りいたします!」
「守るのもいいのですけど・・・。それよりも幸太郎君が
無茶しようとしたら、止めて下さい。もう、今回のような事が
起きないように、襟首をつかんで離さないで下さいね」
ムラサキは微笑んだ。
「はいっ、お任せください!」
ファルは胸の前で両方の拳を握りしめて気合を入れる。
「では、最後に1つ、切り札を授けましょう。
私の力の欠片をファルちゃんに貸し与えます」
ムラサキは髪の毛を1本抜いた。それを両手で挟み、合掌する。
ムラサキが何か唱えると、髪の毛は光の玉になった。
「さあ、これを飲み込んで下さい。とりあえずは『休眠』状態に
してあります」
ファルは、その光の玉を飲み込んだ。
水のように、するりと喉を下る。
「では、この能力の使い方を教えましょう・・・」
ムラサキは手短に、与えた力と、その使い方をファルに教えた。
幸太郎を助け、ファルに教え終わったムラサキは、
小雨の降り続く外へ歩み出た。
「じゃあ、幸太郎君をお願いね」
ふわりと宙に浮くムラサキに、モコ、エンリイ、ファルが
頭を下げ、感謝を伝える。ムラサキは軽く手を振ると、
そのまま雨雲の方へ急上昇して消えた。
「ああ、なんと尊いお方なのでしょう。モコさん、エンリイさん、
私は本物の神様にお会いできて、感激していますわ」
「そういえば、ムラサキ様って『神様』なのかしら?」
「確かにムラサキ様は『アステラ様の従者』って言ってるだけで、
神とも天使とも言ってないよね? ボクとしては
『神様』としか言いようがない気がするけど」
「そうね。やっぱり神様でいいわよね。ご主人様を
救って下さったんだもの。うん、ムラサキ様は『神様』だわ!」
「私も、明日から太陽に向かって手を合わせることにいたします」
モコ、エンリイ、ファルの3人はニコニコでベッドに
戻ってきた。幸太郎は穏やかな顔で、良く寝ているようだ。
ここで、3人は、あることに気づいた!!
「ね、ねえ、ムラサキ様は、ああ言ったけど、ここは
万全を期して、私たちでご主人様を朝まで温め続けるのが
いいんじゃないかしら?」
「そ、そっ、そうだよね、ボクたちで朝まで温め続けるのが
良策だと思うよ。うん、念のため、あくまで念のためにね」
「そうですわ、そうですわ、ここまで来て、取りこぼしが
あるようでは、ムラサキ様の治療が無駄になってしまいますもの。
油断は禁物です」
そう、そうなのだ。幸太郎は意識が無い。そして、ムラサキから
『少なくとも朝までは無理』と、確かな『保証』を得ている。
幸太郎は絶対に目を覚まさないのだ。
・・・つまり、朝までは幸太郎に対して『やりたい放題』・・・。
下着姿の美女3人は『ゴクリ』と喉を鳴らす。
「ま、まあ、朝になったら、服を着ましょうか。
この姿のままだと、朝、目覚めたらオクテのご主人様は
ショック死するかもしれないし」
「そうだね、まあ、朝が来たら、ね」
そして、ここでファルの目が『ギラリ』と光って、
モコとエンリイに『アイコンタクト』で伝えた。
(これ、キ、キキ、キスしても、いいのでは、ないかしら?)
(え? うん、いいよね?! いいよね!
『ご褒美』、ごほーび、だよ。ボクたち、
一生懸命頑張ったもんね! ね?)
(そそそそ、そうね、正当な報酬よね。で、でも、口にキスするのは、
騙し討ちみたいだから、ほっぺ! ほほにしましょう。
それくらいなら、アステラ様もムラサキ様もお許しになるわ!
ううん、確かに『許可する』って言ってた!
・・・気がするわ)
モコ、エンリイ、ファルはゼロコンマ1秒の世界で
ニュータイプのごとく意識を共有した。
・・・とゆーか、ただの共通した欲望だ。
「じゃあ、1人、1回ね」
「ええ、2回、2回にしようよ」
「3回、せめて3回くらいは許されて然るべきですわ」
下着姿の美女3人は、野生の獣のような目で幸太郎を見た。
そして・・・結局、誰も止めないので、朝までに3人合計で
90回以上、幸太郎の頬や首、胸にキスを繰り返した。
知らぬは幸太郎ばかりなり。意識が無くて、良かったのか、
悪かったのか。