世話を焼かせるんじゃないわよ
ムラサキがここへ来たのは、もちろん偶然ではない。
だが、アステラとムラサキが幸太郎が死にかけているのを
見つけたというわけでもない。
別にアステラもムラサキも、四六時中ずっと幸太郎を見ているほど
ヒマではないのだから。
事の発端は、幸太郎が成仏させた、子供たちの亡霊にある。
幸太郎はエルロー辺境伯に殺された子供たちの魂を
冥界へ送った。その中の数人は、冥界に到着してすぐに
正気を取り戻した。一応、幸太郎の努力は少しだけ効果があったのだ。
そして、自分を抱きしめて涙する父母や、祖父、祖母に向かって、
必死に訴えたのだ。
『あのお兄ちゃんを助けて! あのままだと、お兄ちゃんは
魂が壊れちゃうよ!!』
そう言いながら、数人の子供たちは泣き続けた。
子供たちの父母や親族は、思い切って閻魔に直訴した。
『お願いです、閻魔様! あの心優しき青年が、
その優しさがゆえに魂が砕けるなど、あんまりです。
なにとぞ、お慈悲を、お慈悲を!』
閻魔は少し困った。それも含めて自分の選択の結果だからだ。
全てに救済を施していてはキリがないし、してもいけない。
特定の誰かに甘い顔をすれば、不公平でもある。
『お願いします、閻魔さま! ぼくたちなんでもします!』
子供たちの涙に閻魔はうろたえた。やっぱり伝説と違って、
閻魔はお人好しらしい。
そこへ、1人の人物が音もなく現れた。
『閻魔様、ここは1つ、私に免じて、子供たちに少しだけ
お力を貸してあげて下さいませんか? 責任は私が持ちましょう』
その頭を丸め、柔和な微笑みを浮かべた姿。
六道を巡り、衆生を教え、諭し、救い続ける慈悲の顕現。
その名は『地蔵菩薩』。
『わかりました。地蔵菩薩様が、そうおっしゃるなら・・・』
閻魔は少しだけ手を貸すことにした。と、言っても、本当に少しだ。
本来は反則ギリギリのことだから。
閻魔は黒電話のダイヤルを回し、『アステラの部屋』へかける。
『あー、アステラ様ですか。閻魔ですじゃ。その、実は、
なんとなーく、ですが、地上が少し気になるような気がしますじゃ。
ええ、なんとなーく、でございます。なんとなーく』
回りくどい言い方であったが、アステラには良くわかった。
(幸太郎ね・・・。またなんか、やらかしたのかしら、アイツ)
ため息をつきながら、アステラはムラサキを呼んで、
一緒にゲートを覗き込む。
そこには恐ろしい光景が浮かび上がってきた。アステラの顔が
一気に険しくなる。
ベッドで真っ青な顔で寝ている幸太郎。モコ、エンリイ、ファルが
下着姿で、泣きながら必死に幸太郎を温めようとしている。
『アイツ! 何やってんのよ! た、魂に亀裂・・・いや、
裂け目ができてるじゃない!! いったい、何をやったら、
こんな無茶苦茶なダメージが・・・』
『ひどい・・・魂にこんな大きな裂け目なんて・・・。
「痛い」なんて、生易しいものじゃなかったはず・・・』
そこに、もう一度地獄の裁判所から電話がかかってきた。
『お願いします、お願いします! あのお兄ちゃんを助けてください。
あのお兄ちゃんは、僕たちを助けてくれたんです。でも、このままじゃ、
う、う、うああああぁぁぁん』
電話をとったムラサキは、おおよその事情が想像できた。
そして、電話の向こうで、別の人物の声がした。
『お久しぶりですね。ムラサキさん。地蔵菩薩です』
『じ、地蔵菩薩様! こ、こちらこそ、ご無沙汰しております』
地蔵菩薩はムラサキに事情を説明した。何があったかを一部始終。
ムラサキは『お知らせして下さって、ありがとうございます』と
お礼を言って電話を切った。
事情を聞いたアステラは眉を寄せる。
『あのバカは・・・。ほんっとに、バカなんだから・・・。
死産の胎児を生き返らせようとした時も思ったけど・・・。
あー、もう! ばかばか! バカバカバカバカ、バカ!!』
『私が行ってきます!』
『・・・だめよ』
『で、でも、アステラ様! このままでは幸太郎君が!』
『死産の胎児の時もそうだったけど、そう何度も何度も
手を貸してはいけないの。
神や天使は人間の行動に基本的に不干渉。
理由はあなたもわかっているわね?
今の幸太郎の状況も、自分で選択して、自分で実行したことの結果なのよ。
厳しい言い方かもしれないけど、自業自得ってこと』
『そ、そんな・・・。でも、あれでは『復活』すら効果は・・・』
ムラサキは泣きそうな顔で肩を落とした。
その様子を見たアステラは大きく溜息をつくと、
立ち上がりながら言った。
『あー、なんか、急にお風呂に入りたくなってきたわねー。
うん、なんか髪を洗いたい気分になってきたわー。
あー、今日はちょっと長風呂になるかもー』
そんな『独り言』を大きな声でぶつぶつ言いながら、
アステラはゲートの向こうに消えた。
『・・・ありがとうございます、アステラ様・・・』
ムラサキは床にゲートを開くと、地上に向かって飛び降りた。
星空を背景に急降下。雨雲を一気に突き抜け、
しとしとと降る小雨の中、
全身ずぶ濡れになりながら、地上に降り立つ。
そして、最初に、ちょっとだけ自分の霊力を
周囲3キロほどに広げた。これで当分、獣も魔物も近づいてこない。
ドラゴンですら、恐れおののいて近寄らないだろう。
そして、ムラサキはキャンプへと入り、
幸太郎の魂の亀裂を治した。
自分の魂からでる力を使い、幸太郎の魂を繋ぎ合わせた。
イメージ的にわかりやすく言うなら『溶接』と言った方がいいか。
アステラは『長風呂』しながら、ゲートでその様子を見ていた。
幸太郎の魂の溶接が終わると、『ほっ』と息をつく。
『まったく・・・世話を焼かせるんじゃないわよ・・・』
そう言いながらも、アステラは嬉しそうに微笑んだ。
アステラは立ち上がると『マジックボックス』から、
黒電話を取り出した。
もちろん、この電話はどこにもコードが繋がっていない。
しかし、アステラは『じーこ、じーこ』とダイヤルを回す。
『あ、閻魔様ですか? アステラです。幸太郎の魂は、
なぜだか、急に、自力で、いつの間にか治ったみたいです。
本当にありがとうございました。地蔵菩薩様は・・・、
そうですか、もう次の地獄行脚に・・・』
お礼の電話をかけるアステラの顔は穏やかな笑みが浮かんでいる。