亀裂
「ムラサキ様!・・・も、申し訳ありません!
お怪我は? 大丈夫ですか!?」
モコは大慌てだ。しかし、ムラサキは穏やかな微笑みを浮かべている。
「はい、大丈夫ですよ。心配いりません。私はこのくらいでは
怪我はしませんから」
そう言って、ムラサキは『サイコソード』を掴んだ手のひらを見せて、
ゆっくりと振った。
ほっとしたモコはサイコソードを下ろし、ぽろぽろと泣きだした。
「ムラサキ様!・・・幸太郎サンが、幸太郎サンが・・・」
エンリイもベッドに起き上がり、ぐすぐすと泣き出した。
「ムラサキ様、この方が・・・」
ファルも目に涙を浮かべてムラサキを見た。
「ムラサキ様、どうか、ご主人様をお助け下さい。
どうか、お願いします。どうか、どうか・・・」
モコは下着姿のまま、ムラサキに土下座して頼んだ。
ファルもベッドから降りて、ムラサキの足元にすがった。
「私、幸太郎様の3番目の従者、ファルと申します。
私の命を幸太郎様に与えて下さい! 私はどうなっても構いません。
どうか、私の命をお使い下さい!」
ムラサキは『洗浄』で濡れた服と髪を乾かした後、
膝をついてモコとファルに微笑んだ。
「みんな落ち着いて下さい。
もとより、幸太郎君を助けるつもりで来ました。
幸太郎君は・・・私が治します」
モコ、エンリイ、ファルの顔が明るく笑顔になった。
『これで助かるんだ』と笑顔のまま、涙を流した。
ムラサキは靴を脱ぎ、ベッドの上にあがる。そして
弱々しい息の幸太郎の顔のそばに正座した。
エンリイも幸太郎を温める役を中断し、2人を見守る。
ムラサキは、少しの間、一言も発さずに、幸太郎の顔を
じっと見つめ続けた。
(幸太郎君・・・。また、あなたはとんでもない無茶をして・・・。
神ならぬ人の身で、あんな大勢の亡者の苦しみを
受け止めることなんて
無理に決まっているじゃないですか・・・。
本当にあなたは・・・あの頃と変わらないのですね・・・。
いえ、私が知っていたころ、
『幸太郎』という名前になる遥か前よりも、さらに
無茶をするようになった気がしますよ・・・。
でも、だからこそ、私はあの頃とおなじく、
あなたに惹かれる、惹かれてしまう・・・。困った人・・・。
本当に、本当に、男って・・・バカね・・・)
ムラサキは小さく溜息をついてから、
意識の無い幸太郎に向かって一言つぶやいた。
「でも、今回は、私少し怒ってますよ?
さすがに、いくらなんでも無茶をし過ぎです」
ムラサキは左手を幸太郎の頭の下へ入れ、右手を幸太郎の
へその上に当てた。そして、大きく息を吸い込み、止める。
そのあと、ゆっくりと息を吐きながら、唱えた。
「ひと、ふた、み、よ、いず、むゆ、なな、や、ここの、
たり、もも、ち、よろず・・・ふるへゆらゆら、ふるへゆらゆら・・・」
幸太郎の頭とへその辺りに、白い光が灯る。
そして、ムラサキは同じ事を合計3回繰り返した。
白い光は次第に大きくなっていき、ついに幸太郎の体全体を覆った。
幸太郎が光に包まれると、幸太郎の呼吸が落ち着いてきた。
ムラサキは幸太郎の胸に手を当てて、1分ほど、鼓動を確認。
そして、『ふうっ』と息をつくと、
笑顔でモコ、エンリイ、ファルに語り掛けた。
「もう大丈夫です。ただ、あまりにもダメージが大きかったので、
まだ数時間は目が覚めないと思います。少なくとも
朝までは無理でしょう」
モコ、エンリイ、ファルは、手を取り合い、涙を流して喜んだ。
『良かった、良かった』という言葉を繰り返している。
そして、全員でムラサキにお礼を言った。
「お礼はいいですよ。私も幸太郎君を助けたかったし。
でも、幸太郎君が目を覚ましたら、
私の代わりに叱っておいてください。
『無茶し過ぎです』と」
そこで、モコが恐る恐るムラサキに尋ねてみた。
「あ、あの、ご主人様は、いったい何をして、
どんな症状だったのですか・・・?」
「・・・あまり長くは地上にいられないので、簡単に説明を
しましょう。幸太郎君は200人以上の亡者の苦しみと
悲しみを、たった1人で正面から受け止めようとしたのです。
・・・はい、もちろん、無理に決まっています。
物質で例えるなら、到底持てるはずもない
大岩が落下してくるのを、
1人で受け止めようとする感じ・・・でしょうか。
その結果、幸太郎君は、『魂に亀裂が入った』のです。
それも『小さなヒビ』どころではなく、
大きな『裂け目』というレベルの大きさで」
「た、魂に亀裂!?・・・回復魔法が効いてなかったのは、
そのせいだったのですね?」
「その通りです。いくら物質である肉体を治しても、
魂は治りません。あれほどの大きな亀裂なら、即死しても
不思議ではありませんでした。これは、幸太郎君が
『ネクロマンサー』だったことが有利に働きました。
魂に働きかけ、死者の魂を操るジョブ。だからこそ、
幸太郎君は普通の人なら即死レベルの『魂の亀裂』でも、
ここまで耐え続けてこれたのです」
モコ、エンリイ、ファルは状況が理解できて、
青ざめている。本当に危ないところだったのだ。
「そして、幸太郎君がここまで耐えることができた
『もう1つの理由』は・・・モコちゃん、エンリイちゃん
ファルちゃんが、幸太郎君に心を注ぎ続けたおかげなのですよ。
あなたたちの心が幸太郎君に流れ込み、魂の亀裂が
広がるのを阻止していたのです。あなたたちの努力が幸太郎君の
『死』に抗い、押し止めていたのです。
そうでなければ例えネクロマンサーでも、
恐らくもっと短時間で幸太郎君は死んでいたでしょう。
もちろん・・・『復活』もこれには無意味です。
魂の方が壊れているのですから・・・」
自分たちの行動が、役に立ったと知り、モコ、エンリイ、ファルは
再び涙を流して喜んだ。
その光景を見て、ムラサキも微笑む。




