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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーとガイコツの森 2
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降り続く雨の中


 傾いた大岩のせいでできた空間は雨を防いでくれた。



しかし、当然風は吹き抜けていく。モコとエンリイは



杉のような木の枝をたくさん切ってきて、それを蔦で編み、



垣根のような風除けを完成させた。



もちろん、テントのような性能は無いが、



吹きさらしのままでは体温が奪われる。





モコとエンリイは、森に入り、まだ濡れていない枯れ木、



枯れ枝を大量に集めてきた。



今夜は焚火を絶やすわけにはいかない。





ファルは下着だけの姿になって、幸太郎に抱き着くような



形でベッドの上で毛布をかぶっている。



幸太郎が気を失う前に、ベッドとたくさんの毛布を



出しておいてくれたのは幸運と言えたかもしれない。





もし、ベッドと毛布無しで、直接地面に寝ていたらと思うと、



ファルは心底ぞっとした。それほどまでに、幸太郎の体温が



低いのだ。『テントがあれば』とも思うが、



それはもう言っても仕方ない。



幸太郎の呼吸は弱々しく、直接肌を合わせてているせいで、



心臓の鼓動の弱さも直に伝わってくる。





(幸太郎様の顔が、こんなにも近いのに、抱きしめていないと


遠くへ行ってしまいそうで怖い・・・)





ファルは幸太郎の額の汗を時々拭き、そのタオルで自分の



涙もぬぐった。








「おまたせ、ファル。ご主人様はどう?」





「だめです、体温は低いまま・・・」





「3人でローテーションして、2人で両側から幸太郎サンを温めるんだ。


1人は自分の体温を回復させて、ボクらの体が冷たくならないように


常に気を付けよう」





モコとエンリイも服を脱ぎ、下着だけになると、幸太郎を



真ん中にして、4人で毛布を被った。できるだけ体を寄せ合い、



幸太郎の体温低下を防ごうというのだ。





モコ、エンリイにしても、幸太郎と直接肌を合わせるのは、



本当なら嬉しいことのはずだった。こんなにも近くに



幸太郎の顔があるのだ。



・・・しかし、今は涙が止まらない。





(ご主人様は、優しすぎる・・・。私の時もそうだった。


私を助けるために、自分の命をかけ、そして、その命が


尽きるという時も、私を救いたいと願っていたって、


カルタスさんが言ってた・・・。子供たちを救出する時も、


『頼まれたから』とか『利益のため』とかでなく、


自らの怒りで道を切り開いて悪を滅ぼしていた・・・。


今も、エルロー辺境伯に殺された子供たちのために、


涙を流し、少しでも子供たちを慰めたいと謝って、


謝り続けて・・・。この方は、優しすぎる。


この世界は、ご主人様にとって残酷過ぎる。


ご主人様が生きにくい世界。ご主人様の優しさが


裏目に出ている。でも、だからこそ、こんな形で


ご主人様が死んでいいわけがない。こんな優しい人が、


誰かのために涙を流せる人が、残酷な結末を迎えて、


いいわけがない! そんな不条理があっていいわけない!


もし、そうなるなら、この世界の方が狂っている!


私が、私たちが、ご主人様を守らなくては・・・。


大好きなご主人様、どうか、私の命を使って下さい、


どうか私の体を使って下さい。ご主人様を救うためなら、


この体が塵になろうと、悔いはありません・・・)





モコは自分の体温を全て幸太郎に注ぎ込みたいと願った。





(幸太郎サンの、この状況は・・・。初めて会った時の


『魔法の使い過ぎ』で死にかけていた時と似てる・・・。


多分、肉体ではなく、魂の方に深刻なダメージがあるんだ・・・。


ナイトメアが使った変な術とも共通する部分があるはずだ・・・。


もし、ボクの推測が正しいのなら、幸太郎サンは、


幸太郎サンの命は・・・例え『復活』があっても、


もう助からない・・・?


いやだ! そんなの、いやだ! こんないい人が、


なんでエルロー辺境伯の尻ぬぐいで死ななきゃいけないんだ!


ツケは全部、エルロー辺境伯が背負うべきものじゃないか!


幸太郎サンは優しすぎるよ・・・。バカ、バカバカバカ!


バカだよ、幸太郎サンは・・・。


でも、そのバカな人が、ボクは大好きなんだよ・・・。


心から大好きなんだ。


幸太郎サン、お願い、遠くに行かないで。


ずっと、ずっと、死ぬまでそばにいたいんだよ。


ボクとモコとファル、そしてエーリッタとユーライカ、


クラリッサとアーデルハイド、幸太郎サンの8人で、


ずっと旅がしたいんだ・・・)





エンリイは、次第に幸太郎の『死』を感じ始めていた。





現在、幸太郎の左側にモコ、右側にエンリイ。ファルは



エンリイの背中にぴったりとくっついて、



体温を回復させている。





ファルは、自分の非力さ、ふがいなさが悔しくて悔しくて



たまらなかった。幸太郎を背負って走れるような体力も無い。



腕力も無い。足も遅い。戦闘力もほとんどない。だから、



モコやエンリイのように単独で森に入っていくこともできない。



枯れ枝を集めてきたり、木の枝を切って集めたりすることもできず、



それで風除けを作るような技術も無い。





幸太郎のように大きな『マジックボックス』があるわけでもなく、



回復魔法が使えるわけでもない。できることと言えば、



自分の体温を使って幸太郎を温めることだけ。





(私は、私は何の役にもたってない・・・。


私はなんて非力なんだろう・・・。モコさんとエンリイさんに


守ってもらってるだけで、幸太郎様の力になれない・・・。


せっかく大好きな人と一緒にいるのに、大好きな人が


窮地に陥ってるのを見ている事しかできない・・・。


大好きな人が苦しんでいるのに、私は何もできなかった。


私はなんて無能なの? 私は、ただのバカな女・・・。


せめて、せめて、この命を幸太郎様に与えることが


できたら・・・。神様、お願いです、どうか、この命を


幸太郎様に渡してください。幸太郎様の体に、この命を


注ぎ込んで下さい。それ以外に、私は何もいりません。


どうか、この祈りが届いたら、私の命を。


どうか、どうか・・・)








モコ、エンリイ、ファルがローテーションで



位置を入れ替えるのを、何回繰り返しただろう。



幸太郎は弱々しいが、まだ息をしている。



しかし、3人には次第にわかり始めてきた。





『幸太郎は朝まで持たない。後数時間のうちに死ぬ』





おそらく、これは覆らないことを。



そして、おそらく『復活』も効果が無いだろうということを。





『時計塔』が無いので、現在の正確な時間はわからない。



感覚的な推測だが、深夜だろうということだけわかる。



つまり、朝までの、ほんの5、6時間程度のうちに、



幸太郎は死ぬのだ。








外は、相変わらず、小雨が続いている。気温が低いのが恨めしい。



その時、不意に、外で足音がした。エンリイとファルには



わからなかったが、モコの耳はその音を捉える。





モコは飛び起きて、靴を履き、『サイコソード』を抜いた。





「エンリイ、ファル、ご主人様をお願い」





モコは相手が誰であろうと、刺し違えてでも倒すつもりだった。



その目に悲壮な覚悟が宿っている。





(ご主人様が死んでしまうなら、私が生きていたって仕方ない。


本当なら、私は人狩りに捕まった時に、貴族のオモチャとして


人生は終わっていたようなもの。ご主人様に救ってもらった命、


今、ご主人様にお返しいたします!!)





外の足音は、濡れた地面をゆっくりと歩いて近づいてくる。





(水たまりのある地面を歩いて来るというのに・・・。


足音に濁りが無い・・・。強い! 途轍もない手練れだわ!)





モコは覚悟を決め、『サイコソード』を発現させた。



そして風除けの垣根に隠れ、『ラピッド・スピード』を発動する。



出会いがしらに『サイコソード』で神速の一撃を



叩き込むつもりなのだ。





そして、ついに足音がエンリイとファルにも聞こえる距離になった。





モコが風除けの陰から、『ラピッド・スピード』で加速した、



閃光のような斬撃を放った。





しかし、そこに現れた人物は、その神速の一撃を片手で



事も無げに受け止めた。





モコの『サイコソード』を、丸めた新聞紙でも受け止めるように



『素手』で無造作に掴んだのだ。





「慌てないで、モコちゃん。私ですよ」





焚火の炎に照らされて、姿が浮かび上がる。



髪から水を滴らせながら現れたのはムラサキだった。






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