道を探せ
翌朝。すっかり周囲は明るくなっている。
「ご主人様、ご主人様、そろそろ起きて下さい。8時です」
幸太郎は寝ぼけたまま、モコの頭をもちゃもちゃと撫でる。
モコのしっぽは『もさこら、もさこら』と揺れた。かわいい。
そして、幸太郎は『ぎょっ』として目を見開いた。
思い出したのだ、今日はファルネーゼが同行していることに。
エンリイと『ファル』はニコニコと笑いながら
幸太郎の顔を覗き込んでいた。
幸太郎は慌ててモコの頭から手を放すが、モコが『がしっ』と
幸太郎の手を掴んで離さない。
単純な腕力は幸太郎よりもモコの方が強いのだ。
幸太郎は顔を赤くして照れながら、
モコが満足するまでモコの頭を撫で続けた。
朝食も終わり、いよいよ本来の目的のために動き出す。
まずは、幸太郎がカルタスたちと初めて会った場所を目指した。
「ここでカルタスたちと出会ったんだ。その時は、まだみんな
地上をさまよう亡霊でね・・・」
幸太郎たちはカルタスたちの遺体がある方に向かって
手を合わせた。
そこから幸太郎は記憶を頼りに北方向へ進む。
「実は、恥ずかしながら俺はこの辺で迷子になっててさ」
「そ、そうだったんですか!」
「思い返してみれば、俺がモコと会えたのは、時間的に
かなり偶然の要素が大きいな。奇跡と言っていいかもしれない」
モコは『会えたのは奇跡』という言葉にうっとりしている。
しかし、前を行く幸太郎は気づいていない。
「俺がいた日本って国は平和で安全な所だったんだ。
地上に降りたばかりの時は、日本にいたときの感覚が
抜けてなくてね・・・。はっきり言って、かなり
『のんき』だったと思うよ・・・。全然危険なんて考えずに、
とにかく『まずは1人成仏させるんだ!』って、
それしか考えずに森に入っていたんだ」
「幸太郎サン、そんなことしちゃ危ないよ・・・」
エンリイが渋い顔をする。言ってることは、ごもっとも。
幸太郎が昼間に狼に食われていた可能性だってあったわけだから。
「ははは、まったくもって返す言葉が無いよ。
俺が元の世界の感覚が抜けたのは、モコを助けるために
盗賊を殺した時と、その後モコに『マジックボックス』について
教えてもらった時の、2つの出来事のおかげだろう。
いま思い返せば、俺はかなり幸運に恵まれていたと思う」
幸太郎は、結局のところ、前任者のアンドリューと同じ事を
していたのだ。アンドリューは、とにかく町で布教の演説を行えば、
民衆が涙を流して拍手喝采を送ってくれると信じていた。
それが、彼の『常識』だったのだろう。もちろん、
『私は聖者になるんだ!』という欲も大量に入っていたわけだが。
一方、幸太郎も『死ぬ危険が五分五分』くらいあった
『ガイコツの森』に、ためらいもなく入っている。
これは日本にいた時と同じ感覚で森に入っているからだ。
現代の日本人に『森に入ったら死ぬ確率が50%くらい』などと
言っても、誰一人として『ピンと来ない』はずだ。
青木ヶ原の樹海ならまだしも、近所の森を死ぬ危険がある場所だと
警戒する日本人はいないだろう。
異世界・・・そこは理想郷ではない。
「あった。ここだ。この雑草だらけで廃れた街道の傍らにある、
この石に俺は腰かけて気絶したんだ」
「ええっ!?」
「き、気絶!?」
「ななな何があったのでしょうか!?」
モコ、エンリイ、ファルは『気絶』と聞いてびっくりしている。
もちろん幸太郎は『初めて霊感をオン』にしてみた時の
話をしたのだ。まあ、他人が聞けば笑い話である。
「・・・と、まあ、大した話じゃないよ。
はい、想定外でした。あははは。ただ、この場所が
意味を持つんだ。俺は少なくとも、ここから南の方は
ほとんどの亡者を成仏させてきたはず。
迷子になったのも、この辺りのことだ。
実際に、ここから南には『霊感』を使っても亡者は見えなかったよ。
・・・つまり、子供たちの遺体が埋められたとすれば、
ここから北の方という事になる・・・」
モコ、エンリイ、ファルも真剣な顔になった。
「ご主人様・・・ここから子供たちの霊は見えますか?」
「うーん・・・」
幸太郎は北の方をキョロキョロと見たが、全然亡者は見えない。
もちろん『ガイコツの森』と言っても広いのだ。
カルタスは『2時間も歩けば森から出られる』と言っていたが、
日本人にはかなり広い森と言わざるを得ない。
とにかく、もっと北へ行きべきなのだろう。
「みんな、ちょっと相談がある。せっかくここまで来たが、
一度森を出ようと思うんだ。『霊感』をオンにしているが、
正直まったく何も見えてこない。この広い森を闇雲に右へ、左へと
探して歩き回っても時間がかかるだけだろう。
そこで、アプローチを変える。
人狩りたちの痕跡を探そうと思うんだ。いいかな?」
「あ! わかりましたわ! 人狩りたちは、
おそらく小さな馬車を使っているはずです。でしたら、
西の海側から、森へ馬車が入れるところがあるはずですわ。
それを探すのですね?」
「ファルの言う通りだよ。おそらく人狩りたちは、子供たちの
遺体を小さな馬車に積み込んで移動してきたはずだ。
遺体を背負って歩いてきたとは考えにくい。
『マジックボックス』だって、俺じゃなければ、1人か
2人くらいしか入らないだろう。人狩りたちは
馬車で街道を『中継都市コナ』近くまで走ってくる。
そして、町には入らず、どこかで道を逸れて『ガイコツの森』を目指す。
目指すにしても、馬車では崖、小川、低木が密集した茂みなどは
通れない。小さくとも『道』が必要だ。
そして、森の中まで続いている『道』がどこかにあるはず」
「なるほど・・・。森に入ってゆく『道』、その道の先に
子供たちの遺体が埋められているわけですね。
さすがです、ご主人様!」
「ボクも賛成。どの道『霊感』は幸太郎サンしか持ってないし、
『道』ならボクたちでも探せるもん。このまま森を進むより
確実だと思うよ」
幸太郎たちは、いったん西へ進むことにした。
森から出るのだ。
「えーと、太陽の位置からすると、あっちか」
空はだんだん曇って、どんよりとした様相を呈してきた。
だが、雨はまだ遠いだろう。
森の西の端へ到達。ここから『道』を探しながら北へ進む。
起伏、小川、茂み・・・馬車が通れるような場所は、やはり
なかなか見つからない。しかし、逆に言えば、
『森へ続く道』があれば、ほぼ『アタリ』と思っていいはずである。
・・・この時、幸太郎は1つ見落としていたことがあった。