出発の準備
幸太郎はファルネーゼの単独同行を承諾することにした。
幸太郎はイネスに操られたのだ。
(あなたの言った通りになりましたね、ギルベルト・・・)
幸太郎の性格を読んだギブルスとイネスの共同作戦の
結果である。
ギブルスはしばらく『フラーノ・ファームの新規開拓地落札』のために、
ユタに滞在していた。その時、例の『窓の無い部屋』で
ギブルスとイネスは密会し、ファルネーゼの要望について
相談していたのだ。
『ファルネーゼ様は、拷問を受けて虐殺された
子供たちを弔いたいと仰せだったよね?
幸太郎がE級の昇格するのは間もなくだろう。
キャサリン支部長もそう言ってた。やはり他の冒険者とは実力が
雲泥の差だそうだ。E級に昇格したら幸太郎がバーバ・ヤーガとの
約束を果たしに、ユタへやって来るだろう。
その時に護衛を頼むといい。
僕としては、ファルネーゼ様の単独行動は賛成しかねるが・・・。
まあ、言っても聞かないだろうし、ファルネーゼ様にしても、
それをしないと心の区切りがつかないんだろうね。
それにエリザベーテの話では、もう完全に幸太郎に
べた惚れしてるようだし』
『ええ、異世界から来たことも含めて、全てを話したら、
完全に恋に落ちたみたいですよ』
『単独行動は危険だが、ファルネーゼ様を幸太郎に
くっつけるには丁度いいかもしれないね』
『しかし・・・単に護衛の依頼をしても、
幸太郎様は『危険だ』と言って受けては下さらないでしょう。
何か手を考えなければなりませんね・・・』
『ああ、そこは心配いらないよ、エリザベーテ』
『まあ、何か妙案があると言うのですね、ギルベルト?』
『幸太郎に多額の報酬を提示すればいいのさ。
僕の見た所、幸太郎は金で動く男じゃないな。
幸太郎に聞いた、前世での「ブラック企業」とやらでも、
つまるところ給料の多寡ではなく、
自分がいなくなったら上層部にブレーキをかける役が
いなくなってしまうという義務感で残っていたようだ。
勘単に言えば、同僚や若手を見捨てることができなかったらしい。
お人好しだね、幸太郎は。
そんな商会は僕なら真っ先に見捨てているよ。
と、それはともかく、幸太郎に多額の報酬を提示すればどうなるか?
幸太郎は逆に金銭的な利害損得を全て切り捨てて、
ファルネーゼ様の気持ちと、殺された子供たちの気持ち「だけ」を考えて
結論を出すはずだ。
どうしても手を合わせに行きたいファルネーゼ様。
殺された子供たちも、ファルネーゼ様が手を合わせに
来てくれれば、悪い気はしないと思うよ。
この2つだけを考えれば、
幸太郎は絶対に嫌とは言わなくなるだろう』
『なるほど、さすがですね、ギルベルト。そうすると問題は
報酬を提示するタイミングだけですね。
モコさんとエンリイさんが味方してくれるでしょうから、
切り出すのは話が進んで、お二人が味方してくれた時、ね』
『ああ、そのタイミングがベストかな。モコとエンリイが
ファルネーゼ様の同行に賛成すれば、幸太郎は2人の機嫌を
考えることなく決断できる』
『でも、そうなったら幸太郎様は逆に一切報酬を受け取らないと
言うでしょうね』
『それは・・・確かに。銅貨1枚も受け取らないって
言うだろうなあ。うーん・・・そこは仕方ないかな?
幸太郎に報酬を受け取らせる方法は、僕も思いつかないよ』
『ふふ、それにしても彼はあなたの若いころにそっくりね』
『何度も言うけど、似てないよ。僕はあんなに上品じゃないさ。
僕は、もらうもんは、きっちりもらうよ。「ひっひっひ」ってね』
イネスとギブルスは笑った。そして、密談は終わり、
部屋には誰もいなくなった。
幸太郎はイネスとギブルスにまんまと手玉に取られたのだ。
行動を読まれている。
幸太郎たちとファルネーゼは早速、出発の準備にかかる。
どの道『ガイコツの森』へ到着した後、遺体を埋めた場所を
探し回る必要があるのだ。
どうしても1泊か2泊は覚悟しなくてはならない。
今、出発しても、明日朝に出発しても大差ないだろう。
ならば早い方がいい。
もちろん、この日を待ち望んでいたファルネーゼは
ほとんど準備できていた。やらなくてはならないのは
公務をある程度イネスに引き継ぐことと、『風邪ぎみ』という
カムフラージュ作戦を発動することだ。メイドたちに
作戦は伝えてあるので、後は任せておけばいい。
逆に幸太郎たちは急いで屋敷の外へ出ることにした。
そのままファルネーゼと一緒に門を出ることはできない。
万一に備えて、ユタの冒険者ギルドにジャンジャックとグレゴリオを
探しに行った。が、やはりいない。この時間は任務で
防壁の外へ出ている冒険者が多い。傭兵掲示板を見ると、
『アルカ大森林へ商人の護衛』という紙が貼ってある。
どうも、2,3日帰って来ないようだ。
次に、幸太郎はギブルスの店へ行った。食料品店だ。
食べ物をいくらか買い込んでいると、タマンが現れた。
店の奥で事情を話し、協力を仰ぐ。これはどうしても
必要な事。なぜなら、ファルネーゼがエルロー辺境伯の
屋敷から『秘密の脱出路』を使うと、防壁の外、
海の近くの出口に出る。
そして、現在その場所は強固な柵で囲われている。
実は、その場所はギブルスの『魚の干物工場』になっているのだ。
ギブルスが『出汁を取るための魚の干物』を作るために
海のそばに作った小屋。この世界は魚よりも肉の方が人気がある。
魚臭いこの小屋は誰も近寄らない。
金目のものは無いから泥棒だって寄り付かない。
柵は『動物除け』という建前だ。
当然、この干物工場は偶然ではない。以前はコムノー辺境伯の
騎士が極秘で管理していたが、
エルロー辺境伯の時期に放置、廃れた。
そして、エルロー辺境伯が幸太郎たちに討たれると、
ギブルスとイネスが大急ぎで秘密の脱出路を修理、整備したのだ。
「ギブルスの旦那は今、カーレです。私の方から連絡は
入れときます。お気をつけて」
タマンはそう言って、干物工場の事務所で落ち合ったファルネーゼと
幸太郎たちに手を振った。
(タマンさんが全然不思議にも思わず、難色も示さないってことは、
ギブルスさんには予想がついてたってことか・・・。
あの人にはかなわないなぁ・・・)
幸太郎、モコ、エンリイ、そしてファルネーゼは
『魚の干物あります。欲しい方はユタのギブルス商会へ』という
看板を横目に、小屋を後にした。