昇格
翌日。今日は仕事の日。昨日あれだけ飲んでいたのに、
クラリッサとアーデルハイドは『けろっ』としている。
どうもお酒には滅法強いらしい。さすがハーフドワーフ。
一方、エーリッタとユーライカは『頭痛い』とぼやいていた。
どうやら、こちらは二日酔い。お酒は好きらしいが二日酔い。
モコとエンリイは幸太郎が全くお酒を飲まないので抑えている。
もちろん、幸太郎は昨日もお酒は一滴たりとも飲んでいない。
エーリッタとユーライカは紅茶を飲んでから、もう一度寝ると
いうことに。今日は『お休み』だ。
幸太郎が『治そうか?』と聞いてみたが、
今日はなんとなく働く気分ではないと返答がきた。
働きたい時だけ働く。これは冒険者という職業の特色と言える。
ただ、働かないと、すぐに無一文になってしまう。
それは誰のせいでもない。
宿の斜め向かいの冒険者ギルドへ行くと、ルイーズが
幸太郎たちを呼んでいる。
「おはようございます。今日はどんな仕事を取っておいて
くれたのですか?」
幸太郎の言葉にルイーズは首を振った。どうも、別の用件らしい。
「ふふふふ、喜んでください。実は!・・・」
ルイーズはもったいぶってから、カードを4枚、
カウンターに並べた。
「幸太郎サン! これはE級のギルドカードだよ!」
確かにそこには、幸太郎たち4人の名前が打ち込まれた
金属のカードがあった。『新人』の紙のカードではない。
「え? でも、ジャンジャックさんとグレゴリオさんは
大体2ヶ月くらいは『新人』って言ってなかったっけ?」
「モコ、それはあくまでも『目安』だよ。あの2人も
言ってたでしょ? 要はギルドを納得させれば
昇格するんだよ。良かったね幸太郎サン」
「えー・・・。でも、エーリッタとユーライカはともかく、
俺たちって、そんなに依頼達成してないけど・・・?」
確かにエーリッタとユーライカは、『新人』になってから、
そろそろ2か月近くなる。こちらは当然と言えるかも知れない。
「幸太郎さんとモコさんは実力十分と判断されました。
実は、昨日の会議の後、幸太郎さんたち4人の新人の
昇格について話が出たんです」
ルイーズの説明を要約すると、こんな感じ。
オークロードの出現について、今後の対応が話し合われた。
その後、オークロード、オークチーフ含む27体の群れを
殲滅した幸太郎たちが『新人』のままでいいのか? と、
経理室長から疑問が提示されたという。当然、新人のままだと
『指名料』が安いからだ。
いくらC級のエンリイと、D級のクラリッサとアーデルハイドが
いたとはいえ、たった7人で上位種含む
27体のオークを1人も殺されずに、
短時間であっさり殲滅するなど、戦力的には全員C級に匹敵する。
もし、この話が広まれば、幸太郎たちに指名が殺到し、
それを安っすい料金でギルドは派遣しなくてはならなくなる。
『問題ありだ。このままではギルドは大損する』と
経理室長は主張した。
しかし、他の主要メンバー、責任者は『いくらなんでも
実績が少ないのではないか? エーリッタとユーライカは
ともかく、幸太郎とモコについては早すぎる』と反論が出た。
ギルド専属の鑑定士などは『薬草の採集は100%完璧だった』と
昇格を推薦。賞金首を2度も討ち取っていることも推薦条件に挙げた。
昇格に賛成、反対で意見が割れたが、決め手となったのは
ベリンガムの話だった。キャサリン支部長に促された
ベリンガムが、一枚の紙を記録室から持ってきて提示。
その紙はクリストフが下水道に隠れてエメラルド嬢を呪っていた時の、
『バリケードの配置図』だった。エンリイが記録した地図。
バリケードの位置と、撤去した時に、どんな具合に破損が
生じているかが丁寧に描き込まれていた。
ベリンガムが淡々としゃべる。
『見ての通りです。バリケードの撤去を頼んだのは
キャサリン支部長。その依頼に対して、彼らは要求以上の
結果を残しています。普通の冒険者に依頼すれば、
力づくでバリケードを破壊し、気が利く奴なら
壊した後の廃材や瓦礫を外へ放り出してくれるでしょう。
悪ければ、壊したまま放ったらかしですね。
ところが幸太郎君たちは、出来る限り下水道を傷めないように
バリケードを撤去し、木片や廃材は全て回収。
その上、どの場所が、どのようなダメージを受けたかという、
修理の時に必要な情報まで地図を作成し、記録してあるのです。
3手先、4手先まで考えた仕事ぶりです。
強いだけのバカには出来ない芸当ですね』
キャサリン支部長が微笑んでうなずいた。これが決め手となり、
幸太郎たち4人のE級昇格が決まったのだった。
「はい! と、いうわけで『新人』のカードを返して下さい。
今日からはこのE級のカードとなります。おめでとうございます!」
ルイーズが明るく祝福してくれた。幸太郎はちょっと驚いたが、
とにかくこれでエンリイも一緒に仕事ができるわけだ。
素直に昇格を喜ぶことにした。もちろん、一番喜んでいるのは
エンリイである。もう留守番の必要は無い。
ただ、二日酔い状態のエーリッタとユーライカは、
喜びもそこそこ、新しいカードを受け取ると、
トーストと紅茶を片手に宿へ帰っていった。頭に響くらしい。
『喜びも 中くらいなり 二日酔い』
思いがけずE級昇格となった幸太郎とモコ。
しかし、ありがたいのは間違いない。何しろ幸太郎自身には
戦闘力はほとんどなく、はっきり言えば、この世界ではザコだ。
モコとエンリイが揃う。
パーティーの両翼が揃えば戦闘力は段違いである。
そして、E級昇格となれば、
『新人』のようにD級冒険者の監督官がついてこない。
つまり場合によっては死霊術が使用できるということ。
さらに、順番は逆になってしまったが、
エーリッタとユーライカ組、クラリッサとアーデルハイド組という
『フレンド』もすでに登録してあるので、他のパーティーと
組まされる可能性も低いのだ。
『新人』クラスの時に比べれば、圧倒的に動きやすくなる。
幸太郎はルイーズにお礼を述べると『しばらく留守にします』と
申請した。
「ええ? せっかくE級に昇格したのに依頼を受けないのですか?」
ルイーズは不思議がる。それはそうだろう。普通、全ての
『新人』冒険者は、この金属のギルドカードが欲しくて欲しくて
たまらないのだから。
つべこべ言う監督官も付かなくなる。
「実は、モコとエンリイに約束していたことがありまして。
私たちがE級に昇格したら『商業都市ユタ』へちょっと
観光に行こうってことになってたんですよ。
まあ、はっきり言えば休暇です」
もちろん、バカンスが目的ではない。バーバ・ヤーガから
頼まれた届け物を渡しに行くのだ。
そして、幸太郎にはもう1つ目的がある。本業だ。
幸太郎自身どうしてもやりたいことがあった。
だが、このユタ行きは大変なことになった。
幸太郎は正真正銘、本当に死にかける事態に陥ったのだ。
(C)雨男 2024/10/14 ALL RIGHTS RESERVED