雨上がりの休日 7
キャサリン支部長は、そのままギルドの主だったメンバーと
奥の大会議室へ入ってゆく。ここはギルド職員専用だが、
幸太郎たちとデイブ、デボラも招かれた。
デイブ、デボラからオークの群れが現れた場所と、
状況の説明を全員で聞く。次に幸太郎たちがオークの群れを
倒した時の状況も聞く。ベリンガムが詳しく書き留めた所で
幸太郎たちは『ありがとう、もういいわ』とお礼を言われて
退室した。
キャサリン支部長たちは、引き続き会議に突入。
グリーン辺境伯や商人ギルドへの報告書も作成しなければならない。
これは別に冒険者ギルドの義務ではないが、
どこのギルドでも行う業務だ。冒険者ギルドが『中立的』と
呼ばれる所以の1つ。
幸太郎たちが大会議室を出ると、ギルドの入り口に
ギブルスが待っていた。
「ひっひっひ、幸太郎。なにやら大変だったようじゃな。
晩飯でも一緒に食わんか?」
もちろん、偶然なんかではないだろう。防壁の上で
キャサリン支部長が誰かを待っていると聞きつけ、
さらに幸太郎たちと走ってギルドへ戻って行った、と
店員から報告を受けて、ここにいるはずだから。
「そうだ、幸太郎君。今日のお礼に一杯奢らせてくれないか?」
デイブが、そう申し出た。幸太郎はお酒など飲まないが、
断るのも角が立ちそうな場面である。ただ、幸太郎たちは
エンリイ、クラリッサ、アーデルハイドが沢山食べるのだ。
うかつにオーケーすると、デイブとデボラの財布に
クリティカルヒットする。
幸太郎が一瞬迷っていると、後ろからルイーズが幸太郎に声をかけ、
金貨の入った袋を渡してきた。
「おや? これは?」
「昨日のジェムーンたちを奴隷商人が買い取ってくれました。
合計で金貨18枚になりました。
手続きなどギルドが代行して折半ということですので、
半分の金貨9枚です。どうぞ」
「奴隷商人・・・アーバインさんですか。もう売れたとは・・・」
幸太郎は、こうもあっさり人が『売れた』ことに、ちょっと
ショックを受けていた。しかし、これは慣れるより仕方ないだろう。
この世界のシステムと法律を変えることは、幸太郎1人で
出来ることではない。
ちなみにジェムーンが金貨12枚、人狩りの下っ端が金貨6枚という
買取金額だった。一応、ちゃんとした言葉遣いができる
ジェムーンは、そこそこ高めの金額。だが、礼儀も言葉遣いも
なってない人狩りの男は『重労働以外に使い道が無い』ということで
安い値段しかつかなかったようだ。
つまり、最悪『鉱山などで使い捨て』ということである。
余談だが、ジェムーンたちがギルドに預けていた貯金は
ギルドが没収。宿屋に置いてあった荷物は、宿屋が没収。
ジャンジャックの言った『細かく言えばまだあるが』という
ギルドの収入源の1つだ。
(男でも労働力として、かなりいい値段になるんだな・・・。
人狩りがいなくならないわけだ。泣けるぜ)
内心ぼやく幸太郎。
異世界は理想郷ではない。
幸太郎は期待していない臨時収入が入ったので、
これで『ぱーっと』やることにした。
どうせ『人を売った』というロクでもない収入なのだ。
「デイブさん、デボラさん、ギブルスさんも、このお金で
呑みに行きませんか? 人を売った、しょーもない収入です」
「おお、よし、ではいい酒場があるぞ。ひっひっひ」
「ええ? いいのかい? 今日はこっちが助けられたのに、
お礼どころか、逆にご馳走になるなんて・・・」
「いいんですよ。正直に言うと、私はこのお金を
持っていたくないんです。なんか気持ち悪くて」
「し、しかし・・・」
「デイブ、デボラ、気にするでない。せっかく幸太郎が
臨時収入で奢ってくれるといっておるのじゃ。
ありがたくご馳走になればええ。長い人生、たまには
こんな日もあるもんじゃぞ? ひっひっひ」
ギブルスの勧めで『樽を転がせ』亭へ繰り出す。
ちなみにここは、アイゴが盛大に振られたブリジットが
ウェイトレスをしている酒場だ。
ブリジットはまだ15歳。元の地球なら法律、倫理的に
問題があるとされる年齢である。だが、まだ小さい弟と妹を
養うために、この酒場で頑張って働いているのだ。
なお、彼女の好みは『頭のいいひと』。はっきり言えば、
ブリジットが好きなのはベリンガムだったりする。
敬語すら満足に扱えないアイゴなど、眼中にない。
幸太郎は金貨9枚を全て店主に渡して、宣言した。
「今日は私のおごりです。この金額内で、来客全員に
お酒と食べ物を出してあげて下さい。もし残ったら、全て
差し上げます。お釣りはいりません」
『樽を転がせ』亭の店主は『ニカッ』と笑うと、
『気前がいいな、あんちゃん。よっし、任せときな!!』と
張り切った。
今宵、『樽を転がせ』亭は大騒ぎ、大賑わい。満席だ。
とりあえずギブルスはデイブ、デボラ、幸太郎から
今日の出来事について詳しい説明を聞いた。
そして、その後『冒険者を引退するなら、うちに来んか?
ユタの北にあるフラーノ・ファームの新しい開拓場所の
入札があってのう。昨日、わしが競り落としてきた。
ファルネーゼ様の希望は麦畑ということなので、人手がいるんじゃよ』
とデイブ、デボラを勧誘。その場で就職先が決まった。
デイブは『幸太郎君は幸運の神みたいだ』と泣いた。
デボラが『この人泣き上戸なのよ』よ苦笑する。
幸太郎は人混みが苦手な方である。しかし、今日はいい夜だ。
幸太郎の仲間たちも大いに食べて、飲んでいる。話もはずむようだ。
『ねー、クラリッサとアーデルハイドって、めっちゃ強いじゃん?
なんでその強さでD級なの? C級って言っても通じるわよ?』
『いやまあ、ハイジが人見知りするんでな。あんまり他の
パーティーと組まないのさ。だから実績が偏るんだよ。
最初からC級昇格は目指してないんだ』
『私、エーリッタとユーライカの弓の腕前に驚いたわよ。
モーラルカ小国群で人狩りに捕まったってのが、
信じられないくらい、いい腕してるわよね』
『うーん、それが残念ながら・・・。矢が尽きた所を
人狩りに見つかったってだけでさ・・・』
『あ・・・そうか、戦乱に巻き込まれて逃げる時に
撃ち尽くしちゃってたのか・・・』
『あたいはモコとエンリイの攻撃力に驚いたよ。
オークの半分くらいは2人で倒してたんじゃないか?
オークロードの頭も吹っ飛ばしてたし』
『私たちの攻撃力が上がったのは、ご主人様の特訓の
おかげなの。エンリイは元々C級だけど、私が強くなったのは
最近の話よ』
『ボクは、あの「四股」って修行が効いてると思うよ。
明らかに威力が激増してるもん』
『「四股」・・・? 何それ? いったいどんな修行なの・・・?』
『聞いたこと無い修行法よね』
『わ、わたしもやってみたい!』
みんなが酒が回り、満腹になった頃、そろそろ『締め』ということで、
幸太郎はチョーシに乗って歌を歌った。
デイブとデボラのために、柄にもなくラブソングを歌う。
『ラブ・イズ・エブリシング』だ。
言わずと知れたルパン三世のエンディングテーマの1つ。
その美しさに魅了された幸太郎は、音楽教師を頼って
歌詞を入手。辞書を片手に翻訳しながら頑張って憶えた。
だから、歌詞はほとんど英語だが、幸太郎はソラで歌える。
この日本語と英語混じりの歌は、『翻訳こんにゃく』で
どのように変換されてモコたちに聞こえるのだろうか?
残念ながら、幸太郎からは知る術がない。
幸太郎はデイブとデボラのために歌ったが、気が付くと、
酒場が静まり返って全員が聞いていた。
デイブはデボラの肩を抱き、デボラはデイブの肩に
もたれかかっている。
そして歌が終わると、デイブはデボラに熱いキスをした。
『樽を転がせ』亭にいた全員が拍手した。
当然『ヒューヒュー』という冷やかしも入るが、
『ラブ・イズ・エブリシング』の歌で燃え上がった
愛の炎は消えるはずもない。
この歌は子供向けじゃないのだから。
その後全員が『酒、ジョッキでもう1杯!』と追加注文。
『デイブとデボラに乾杯だぁ!!』と叫ぶ。
どうやら、この歌は酒を旨くする効果もあるらしい。
ブリジットが忙しそうに酒を運んだ。
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