雨上がりの休日 4
戦いは終わった。幸太郎たちの勝利だ。
「モコ、まだ残っているオークはいるか?」
「いいえ、もう何も音はしません。逃げるオークも、私とエンリイで
全て仕留めました」
幸太郎の質問に、モコが素早く答える。モコの『ソナー』は
チート級に便利だ。
「よし、ではデイブさんとデボラさんを探そう」
この時、全員『デイブとデボラの居場所』は想像がついていた。
樹上である。
そして、モコの耳に聞こえないということは、息を殺し、
身動き1つせずに耐えているということだ。ただし、オークが
『血の匂い』と言ってたことから、どちらか、あるいは
2人とも怪我で動けなくなっている可能性がある。
すっかり暗くなったが問題ない。幸太郎は遠慮なく
『陽光』を設置していった。森の中がどんどん明るくなっていく。
「デイブさーん!」
「デボラさーん。助けにきましたー!」
全員で森の中を探す。そして、彼らはすぐに見つかった。
モコが『こっちだー』という声を聞いたからだ。
モコの先導で、デイブとデボラの隠れている木へ走った。
「幸太郎君か! ありがとう、助かったよ!」
「わざわざ来てくれるなんて・・・。本当に、ありがとう。
諦めなくて良かった・・・」
デボラが泣きだした。怖かったのだろう。当たり前だ、オークの群れは
合計で27体もいたのだ。しかも上位種が4体もいる。
たった2人で戦えというのは無理な話だ。
幸太郎が『マジックボックス』からハシゴを取り出した。
『陽光』の明かりで、デボラが足を怪我しているのがわかったからだ。
もちろん、すぐに幸太郎が治す。
降りてきたデイブの話によると、オークは森の南の方から
いきなり群で現れたという。デイブとデボラは音をたてないように
中腰で逃げ出したが、枯れ木を踏んだ音で気づかれてしまった。
その瞬間、オークが数体、持っていた武器を音がする方へ
投げてきたのだ。そのうちの1つ、ハンドアクスが
デボラのふくらはぎに命中。歩けないほどの重傷ではなかったが、
もう走れない。デイブとデボラは茂みから茂みへ移動。
なんとかオークの追跡の目を逃れたが、デボラの足は出血がひどく、
とても森の外で走り続けられる状態ではなかった。
例えデイブがデボラを背負ったとしても、
遮蔽物の無い草原に出れば、追跡は振り切れないだろう。
そこで、デイブはイチかバチか、2人で大木の上に昇り、
傷口を縛ってオークが諦めるのを待つことにしたという。
しかし、出血のせいで鼻の利くオークに血の匂いを嗅ぎつけらた。
そのため、オークは一向に森から出て行かず、
デイブとデボラの近くを探し回っていたのだ。
そして、日が暮れるころ、幸太郎たちがやってきた。
誰かがオークの群れと戦いだしたのはわかっていたが、
下手に戦闘に参加すると、救助に来た者たちの
『守る対象』が増えると思い、ずっと大人しくしていたのだ。
「素晴らしい判断です。オークをこちらの有利な場所に誘き出す必要が
ありましたから、森の奥で戦闘が始まると、戦力を分散せざるを得ない
所でした。その場合はこちらも苦戦は必至だったことでしょう。
負けることは無いと思っていましたが、なにせ数ではオークが
上回っていましたからね」
幸太郎はそう言ってニッコリ笑った。もちろん、本当は
『そうなっていたら、死霊術を使わざるを得ない』から困るのだ。
デイブとデボラの判断は心底ありがたいと言える。
「そう言ってもらえると、助かる。俺だけではデボラは
守り切れなかっただろう。ところで・・・」
デイブは幸太郎たちをしげしげと眺めた。
「美女だらけになったな、幸太郎君。うらやましいよ」
「何? あたし1人じゃ不満だってのかい?」
デボラがデイブをジトッと睨んだ。
「い、いや、そういう意味じゃないって! 違うんだよ、
誤解だって! 愛してるよ、デボラ!」
「ふーん、どうだかねー?」
「機嫌を直してくれよ。さっき約束した通り、帰ったら
引退して、他の仕事を探すって! な? な?」
おろおろするデイブを見て、幸太郎たちに明るい笑いが起きた。
(帰ったら引退して田舎へ帰るとか、ゲームとか漫画じゃ
死亡フラグだけど、助けが間に合って良かったな。
こんないい人たちが死んでたまるかっての!
死亡フラグなんか、俺が全部へし折ってくれるわ!)
幸太郎は2人を助けることができて、満足だった。
「さあ、日も暮れたし、帰りましょうか」
幸太郎たちが森を出ようとすると、デイブとデボラが
待ったをかけた。
「あー、ちょっと待ちなよ。せっかくだ。以前君に言った
『夜に来ればわかる』と言った意味を、今見せてやろう」
そう言って、デイブとデボラは『とっておきの薬草群生地』へ
向かって歩き出した。さらに森の奥の方だ。
歩くこと数分、森の茂みの奥に、光る庭のようなものが姿を現した。
そこは半径30メートルくらいの木が無い窪地になっている。
その窪地には、なぜか薬草ばかりが生えているという不思議な場所。
そして『夜に来ればわかる』という意味は一目瞭然だった。
その窪地に生えている薬草は、全て薄っすら光っていたのだ。
全てが魔力を帯びており『ポーション』などの
原料に使えるという意味である。
「こ、これは・・・」
幸太郎は絶句した。
「きれい・・・」
女性陣も驚いている。それは神秘的な光景。夜の深い森の中で、
この窪地だけが輝いている。まるでここだけが月の光を集めて
貯め込んでいるかのよう。
「どうだ? すごいだろう。なんでここだけが薬草ばかりで、
なんで全てが夜になると魔力を帯びて光るのか、
全然わからないんだけどな」
「ここは森の奥で、普通は薬草も少ない場所。おまけに
窪地になってる上に、周囲が茂みだから、森の外からは全く
見えないのよ。たぶん、知ってるのはあたしとデイブだけね」
デイブとデボラは微笑んで幸太郎たちに語った。
デイブはさっき、『引退して他の仕事を探す』と言った。
つまり、この光景は『これで見納め』というつもりなのだろう。
幸太郎たちに見せるという目的の他に、この思い出の光景を
2人の目に焼き付けておきたかったのだ。
幸太郎たちは、しばらく無言で、この美しい光景を眺め続けた。
「さ、帰ろうか」
デイブは思い出に区切りをつけるように、全員に促した。
しかし、悲しむことはない。2人の間に子供が生まれれば、
見慣れた景色すら、新たな輝きを持って見えるようになるのだから。
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