雨上がりの休日
翌日。幸太郎たちは休養日だ。エーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドは依頼を受けて町を出ている。
幸太郎、モコ、エンリイは毎度おなじみとなった海へ行く。
砂浜にタープを張り、釣りをして、昼寝する。
途中、短時間の通り雨があった。タープの真ん中に
支柱を新たに設置。タープにしたシーツはびしょびしょになったが、
幸太郎たちが雨に濡れることはなかった。
蕭々と雨が降る中、幸太郎たちは椅子を並べて海を眺める。
海に浮かぶ雨粒の波紋は、自然が織りなす芸術。
タープに当たる雨音とさざ波の音は、自然が奏でるシンフォニー。
(ああ・・・穏やかな美しい雨だな。
自然の美しさは、日本も異世界も変わりない・・・)
幸太郎はいつしか、海を眺めたまま眠ってしまった。
幸太郎が眠ったのを確認した後、モコとエンリイが厳しい顔になる。
そしてアイコンタクトで会話。
『完全に眠っているわね?』
『うん、間違いなく寝てる!』
『そーっと、起こさないように』
『音を立てないように、慎重に』
モコとエンリイは、慎重に慎重を重ね、ミリ単位、グラム単位の
繊細な動きで自分たちの椅子を、幸太郎の椅子にくっつけた。
BGMなら『ミッションインポッシブル』がかかるはずだ。
『オーケー! ご主人様はまだ眠ってる!』
『よし! 大成功だね!』
モコとエンリイの目がギラリと輝く。
そして、再び慎重に慎重を重ねた動きで・・・
2人は幸太郎にもたれかかった。
モコとエンリイの顔が『ふにゃっ』と緩む。
(ああ、もう、今日はずっとこのままでいたい・・・)
(幸せ・・・。この雨は神様からの贈り物だね、きっと・・・)
モコのしっぽが『もさこら、もさこら』と揺れる。
エンリイのしっぽも『うにゃうにゃ』と揺れる。
幸せな光景。
穏やかな時間。
運命の女神は微笑んだ。
『そうはいかねーんだよ。ケケケ』
という顔で。・・・現実は非情だ。
元々、通り雨だから仕方ないが、雨はほんの20分ほどで
北の方へ過ぎ去っていった。
再び日が差し、明るくなった。幸太郎の意識が浮かび上がってくる。
そして、自分にもたれかかっている美女2人にびっくりした。
「えっ!? あ・・・」
幸太郎は咳払いすると立ち上がって、北へ向かう雨雲を見た。
「あ、雨は過ぎ去ったみたいだね。つ、釣りでも、しようかな?」
「そうですね。雨は止んだみたいです」
「ボクはエビを探してみるよ」
そしてモコとエンリイは、幸太郎の後ろから去り行く北の雨雲を
見つめて、『チッ』と内心、舌打ちした。
日が傾いたころ、幸太郎たちは海辺を撤収。
ギルドの宿屋へ入ろうとした時、ルイーズが話しかけてきた。
「あ、幸太郎さん。今日は休みで外にいたんですよね?
帰ってくる時にデイブさんとデボラさんを見ませんでしたか?」
「いえ、今日は見ていませんが、まだ帰ってきてないのですか・・・」
幸太郎は、自分で言ったセリフに『ぎょっとして』目を見開いた。
『薬草採集』の時、デイブとデボラは言った。
『もう、今は見るからに危険な依頼は受けないし、夜間に町の外へ
出る依頼もやってない。日が暮れる前に町へ戻る』
つまり、『もう今は日が暮れる前に帰れる依頼しか受けていない』
ということである。
その2人が『まだ』帰ってきていない。
「あの2人に何かあったということでしょうか?
私が探しに行きましょうか?」
ルイーズは苦笑して手を振った。
「い、いえ、そんなつもりではありません。
もうすぐ帰ってくるかもしれませんし。
・・・ぼ、冒険者には・・・『よくあること』です・・・」
「教えてください。今日、デイブさんとデボラさんは
何の依頼を受けて町を出たのですか?」
幸太郎は真剣な目でルイーズを見た。
ルイーズは数瞬迷って言葉が出なかった。
しかし、ルイーズとて彼らが心配なのだ。
ルイーズもデイブとデボラの事情はよく知っている。
だからこそ落ち着かず、ギルドのカウンターを出て、この大通りまで
彼らが帰ってきていないか見に来たのだから。
ルイーズは顔を上げると、幸太郎に告げた。
「デイブさんとデボラさんは、今日は『薬草採集』の
依頼を受けて、町を出ました」
「わかりました。ご協力ありがとうございます。私たちは
ちょっと『散歩』に出ます。モコ、エンリイ・・・」
「わかっています、ご主人様」
「行こう、幸太郎サン」
「ありがとう、モコ、エンリイ」
幸太郎が南門へ向かってきびすを返した時、
ルイーズが幸太郎たちを止めた。
「待ってください。私にはこれくらいしかできませんが、
せめて少しでも力になりたいです」
そう言ってルイーズはギルドのカウンターに戻ると、
独断で『特別通行許可証』を発行し、スタンプを押して、
幸太郎に渡した。
そして、その時、ギルドの宿屋からエーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドが姿を見せた。
すでに武装している。
「あたしとユーライカも行くわよ、幸太郎さん。
話は聞こえたわ」
「あたいとハイジもだ。雨も上がって、いい散歩日和だぜ?」
幸太郎は何か言おうとしたが・・・やめた。
もう、いまさらこの4人に細かい事を言う必要は無い。
ただ、一言、こう言えばいいのだ。
「みんな、力を貸してくれ! 行くぞ!!」
幸太郎たち7人は、夕日が迫る中、南門を飛び出した。
(C)雨男 2024/09/30 ALL RIGHTS RESERVED