足跡調査 4
幸太郎はジェムーンに必死に懇願した。
「やめて下さい! ジェムーンさんは、そんな人じゃないでしょう?」
「いいやぁ? 俺はこんな人だよ?」
「お願いです! どうか、元の優しいジェムーンさんに
戻って下さい!」
「こっちが正体だっての」
「考え直して下さい!」
「うっせーな」
「こんなに頼んでいるのに!?」
「ダメだと言ってるだろうが!」
「じゃあ、お前の負けだよ。お馬鹿さん」
「降伏するってことか? だったら、まずは
武器を捨てて、そこで土下座して命乞いの1つでも・・・
な、なんだと!? 今なんて言った!?」
ジェムーンは『聞き違いか』と思い、眉を寄せて幸太郎を凝視した。
その時、ジェムーンの両側で『ドスッ』という鈍い音が
2つ聞こえた。そして、その音の後、ジェムーンの左右にいた
ドロフェヴィチとビーレックが、ゆっくりと崩れ落ちてゆく。
2人の後頭部には、それぞれ『矢』が刺さっている。
一撃で即死だった。
「な、なんだ!?」
ジェムーンが後ろを振り向くと、こちらへ向かって歩いてくる
人影があった。無論、人狩りではない。
「やあ、お疲れ様。ありがとう。相変わらずいい腕だね」
幸太郎が歩いてくる人影たちに笑顔でお礼を言った。
その森から現れた人影は、エンリイ、エーリッタとユーライカ、
そしてクラリッサとアーデルハイドの5人だ。
今、ドロフェヴィチとビーレックの後頭部に矢をブチ込んだのは
エーリッタとユーライカである。まあ、この男たちの頭の中は
スッカスカだから気持ちよく刺さる。
「なんだと!? お前らいったい、どこから!?」
ジェムーンは驚き、彼女たちから離れて人狩りたちに合流した。
「別に? ボクたちは今朝からずーっと追跡していただけだよ?」
エンリイがケロッと言った。
「それでエーリッタとユーライカが、この近辺で人狩りの集団を
発見したからさ。近くに潜んで人狩りを監視していただけってこと」
「ま、あたしとユーライカは優秀なハンターでもあるってワケ」
「そーそー。お・わ・か・り? おバーカさーん?」
エーリッタとユーライカは、ジェムーンに対し、馬鹿にするような
口調で煽った。もちろん、ジェムーンと人狩りたちが
それで納得できるわけがない。
「ふ、ふざけるな! そうじゃなくて、どうしてお前たちが
追跡していたのか聞いてんだよ!」
その怒鳴り声を聞いたモコ、エンリイ、エーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドは、全員『クスクス』と笑い出した。
モコがジェムーンを憐れむような目で見ながら告げる。
「あなたたちの頭は、所詮その程度・・・。あなたは
ご主人様を甘く見過ぎていただけなのよ。
本当に身の程知らずね。
私たちを騙した気になっていただけで、実際はご主人様の
手のひらの上で踊らされていただけなのよ?
どう? 楽しかった?
さっきまでは全てが思い通りって顔してたものね。
こちらは笑いをこらえるのが大変だったけど。
そうだ、ご主人様、バカどもへ冥途の土産に
説明してあげてはどうですか?」
「ん?・・・まあ、モコがそう言うなら。
ジェムーンさん、知りたいですか?」
幸太郎は微笑みを浮かべてジェムーンに聞いた。
ジェムーンは苛立った表情を浮かべたまま、黙っている。
しかし、『知りたくない』とは言わない。
ジェムーンにしてみれば、不思議で仕方ないのだろう。
『細心の注意を払っていた』はずだったのに。
「わかりました。どうやら、ここにいる全員が知りたがっている
ようですので、差し出がましいとは思いますが、
少々お時間をいただきましょう」
『ただし、理解できるかは、保証いたしかねます』と幸太郎は
丁寧に断りを入れた。
「私がジェムーンさんの正体を見破ったのは、実は単純な
話なのですよ。理由は2つ。1つ目はジェムーンさんが
『サファイヤの首飾り』を見せびらかしていたこと。
これは心理学で言う『拡張自我』というやつです。
高級な物を身に着ける事によって、自分も高級な人間であると
自己暗示をかけているようなものです。
そして装飾品なんて、冒険者には『不利』以外の何物でもないのに、
それを見せびらかしていましたね? それは他人に対して
『自分は金持ちで、余裕のある、身分の高い人間』という
印象を与える目的だったのでしょう。言葉遣いも丁寧でした。
平たく言えば、相手に安心感を与えたかったのでしょうね。
ですが、私には『疑問』を抱かせるきっかけになりました」
『生活に不利』『お金がかかる』『時間も必要』・・・。
こんなデメリットがあっても、その人が『それを実行している』のであれば、
その行為は、その人にとって『どうしても必要』ということ。
例えば、毎日2キロ走る・・・この運動は通常健康にいいはずだ。
しかし人は、なかなかそれを実行しようとする気にならない。
ところが髪を染める、タバコを吸う、タトゥーを入れる、ピアスを着ける、
これらは時間もお金もかかるし、健康にプラスではないが、
それを断固実行する人はいる。
自分のポリシーだと言い切る人までいる。
その人にとって『必要』なのだ。
何かの利益があり、『心の飢えと渇き』が満たされるから、
手間暇とコストを顧みることなく、それを実行する。
・・・『してしまう』。
心理的に、それを無駄な苦労とは絶対に捉えない。
だから幸太郎は『なぜ、わざわざ首飾りを見せびらかしているのか?』と
不思議に思い、その理由の推測を始めた。
「それが何だというんだ! たったそれだけの事で、
どうして俺の正体を見破ることに繋がるんだよ!!」
ジェムーンは幸太郎に怒鳴った。しかし幸太郎は平然としている。
「確かに、仰る通りです。これだけでは論拠として弱いです。
私とて、たったこれだけで初対面の人間を人狩りだ、などと
決めつけたりはしませんよ。しかし、あなたたちは、
大きなミスをやらかした。そうです、人狩りの皆さん、
ジェムーンは大失敗をやらかしていたんですよ。
それが『2つ目の理由』になりました。
なんとジェムーンたちは、私たちと普通に握手したんです」
(C)雨男 2024/09/22 ALL RIGHTS RESERVED