ミーティングがしたい
幸太郎とモコも、ギルドが経営する宿屋へ帰ってきた。
幸太郎がエンリイ達の部屋のドアをノックしようとした時、
先日の例を思い出した。
寂しかった大型犬と化したエンリイが、幸太郎を思い切り
抱きしめたのだ。あれは色々マズイ。幸太郎はモコに頼んだ。
「今日はモコがドアを開けてくれ」
「わかりました」
幸太郎はモコの後ろに並ぶ。これで間にモコが入り、
エンリイの抱きつきを防げる。モコが『コンコン』とドアを
ノックして、ドアを開ける。
案の定エンリイがサモエドのごとく大型犬と化して走って来たが、
今日は間にモコがいる。幸太郎は安心した。
・・・読みが甘い。
モコは『グルッ』と幸太郎へ向き直ると、
正面から思い切り『もぎゅうっ』と抱きついた。
そして目を丸くしてフリーズする幸太郎を軽々抱えると、
再び向きを変え、エンリイの方へ差し出したのだ。
「お帰り、お帰り、お帰り、幸太郎サン、お帰り」
エンリイが幸太郎を背中から思い切り抱きしめた。
幸太郎よりも圧倒的に背が高いエンリイは、後ろから
覆いかぶさるように抱き着いている。そして、幸太郎の首筋に
鼻をあてて、フンカフンカと匂いを嗅いでいる。
モコも、その大きな胸を幸太郎に押し付けるようにして、
強く抱きしめた。幸太郎はモコとエンリイの間にサンドイッチ状態。
そして、先日と同じく、エンリイが尻尾をまわしてきた。
モコと幸太郎をまとめて尻尾で『ぐいいっ』と引き寄せる。
元の地球では絶対に味わう事の無いだろう、滅茶苦茶な密着度。
「ひゃああっ」
幸太郎は思わず情けない声を上げた。
まあ、前世で女に縁が無かった男なんてこんなもんである。
幸太郎はすぐにギブアップ。
「しょ、そこまで! 2人とも、は、離れ、なさい。
命令です!」
幸太郎は声が裏返った。なさけねー。
渋々、幸太郎から離れるモコとエンリイ。幸太郎がふと、廊下を見ると、
ちょうど帰ってきたエーリッタとユーライカがニマニマと笑いながら
見ていた。幸太郎は1つ咳ばらいをすると、部屋の中へ入る。
そして、すぐに椅子を取り出し、座った。
幸太郎は額の汗をタオルで拭う。そう、今、幸太郎は
立てないのだ。立ち上がると、中腰のガウォーク形態を
取らざるを得ない。悲しい男のサガである。
とりあえず、夕食の前に、今日の出来事を全部話した。
クラリッサとアーデルハイドに幸太郎が『荒野の聖者』だと、
バラすしかなかった事を。
エンリイは軽く受け止めた。
「まあ、幸太郎サンらしいよね。ボクはそれでいいと思うよ?
見殺しにしたら、そっちの方が後々幸太郎サンは
後悔してたと思う」
幸太郎が仲間を『捨て駒』にできないと『知ってる』エンリイは、
今日の出来事について、なんの不思議もない。
モコとエンリイにとって、今日の幸太郎の『正解を捨てる』選択は
『予想通り』でしかないのだ。
一方、エーリッタとユーライカは少し心配していた。
「でも、クラリッサとアーデルハイドは、ちゃんと黙ってて
くれるかしら?」
「そーよねー。なんたって『荒野の聖者』には、えーと、
金貨300枚だっけ? なんかものスゴイ賞金かかってた
はずでしょ?」
「うーん、私には、ペラペラしゃべってしまうような人たちには
見えなかったけど・・・」
モコは『大丈夫そう』と思っているようだ。
ここで幸太郎が全員に提案した。
「そこで集まってミーティングを行いたいんだ。
みんな、明日1日空けてくれないか? エーリッタとユーライカも
クラリッサとアーデルハイドたちと、実際に話してみて欲しい。
信頼できそうか否かを。もちろん、彼女たちが嘘をついてるかどうかは、
ブラッドリーの『魅了の邪眼』を使えば、確認は取れる。
でも、敵ならともかく、味方になってくれそうな人たちには、
そんな強硬手段は使いたくない」
「わかった。いーよ。明日は休みにして、ジッサイ話してみよーよ」
エーリッタがオーケーする。しかし、ユーライカはまだ少し不安らしい。
「でもさ、幸太郎さん、もし、クラリッサとアーデルハイドが
信用できないようだったら・・・どうするの?」
「その時は・・・みんなで、どこか他の町へ逃げるしかないな。ははは」
幸太郎は笑った。モコとエンリイも微笑んで賛同した。
「私はご主人様とならどこへでも!」
「ボクも、幸太郎さんと一緒なら、どこでもいいよ!」
ユーライカがちょっと呆れる。
「ハイハイ、まったく、お熱い事で・・・」
そう言ってユーライカは幸太郎の股間をジトっと見る。バレてーら。
夕食はギブルスのうどん屋へ。ギブルスはまだユタにいる。
しばらくカーレにばかりいたせいで、ユタの商人ギルドや、
自分の経営する店に雑用が溜まっていて、忙しいようだ。
うどん屋にはアカジンがいたので、今日の出来事は全て
説明しておいた。幸太郎が『荒野の聖者』とバレると、
ギブルスたちには何か、とばっちりが来る可能性はあるからだ。
(C)雨男 2024/09/06 ALL RIGHTS RESERVED