姉妹 2
しょんぼりするエンリイに手を振り、依頼人の所へ。
(早くE級に上がって、エンリイに寂しい思いをさせないように
しないとなぁ・・・)
幸太郎はそんなことを考えながら歩く。しかし特例でのD級昇格を
蹴ってしまった以上、地道にやるしかない。
今日の依頼人は布の仲買人ブリンクマン親子だ。
ロバ2頭が引く馬車でビエイ・ファームへ綿の布を仕入れに行くという。
息子は、まだ9歳。元の地球の感覚なら
『子供を働かせるなど、けしからん』というだろうが、
この世界には義務教育など無い。
学校にいかない子供は貴重な労働力。それは一昔前の
日本でもそうだった。タダでメシが食えて、遊んでいられる
環境など、この異世界には無い。
「やあ、君たちが冒険者ギルドから派遣されてきた人たちだね?」
クラリッサがブリンクマンに依頼の内容が書かれた
ギルドの書類を見せる。
もちろん、その紙にはギルドのスタンプと、担当したギルド職員の
サインが入っていた。この紙で自分たちが『依頼を受けた』という
証明をするのだ。
「あたいはクラリッサ。こっちは順にアーデルハイド、
コウタロウ、モコだよ。この4人であんたたちを護衛する。
よろしくな!」
クラリッサがニカッと笑いながら幸太郎たちを紹介した。
「ブリンクマンだ。こっちは息子のオットー。
ビエイ・ファームへの往復で、あまり危険は無いが、
油断しないでくれよ? 魔物が戻ってきたという話を
商人ギルドで聞いたからな」
そして、それぞれ握手した。幸太郎が心の中でうなったのは、
子供のオットーと握手したときだ。
(すごいな・・・! まだ9歳と聞いたが、
かなり場数を踏んでるようだ・・・。
日本の子供たちと比べれば、はるかに社会人っぽい。
丁寧なあいさつはお見事と言うよりない・・・)
それは仕方ない。異世界は理想郷ではないのだ。
食うためには、子供も親を見習って働くしかない。
馬車の周りを幸太郎たち4人で囲むようにして出発。
馬車の前方をクラリッサとアーデルハイドが担当。
後方を幸太郎とモコが担当した。
盗賊が襲ってくると、まずは馬を潰しにくるという。
この場合はロバだが、とにかく全速力で逃げられないように、
『エンジン』を潰しにくるというわけだ。
だから前方の『タンク』は馬を守る必要がある。
そもそも馬ほどでなくとも、ロバだって高価だ。
依頼人と馬を守るため、タンクは敵の攻撃を
『避けてはいけない』という。
基本的に盾で受け止める必要があるのだ。
幸太郎はグレゴリオの馬鹿でかいタワーシールドを思い出した。
あれを軽々と振り回すグレゴリオの筋力は異常。
優秀なタンクは、パーティーの基本。このジョブができる人がいないと、
ギルドの受付で依頼の受注を断られる場合がある。
自分たちが攻撃を避けて、依頼人や馬が死ぬようでは
護衛の意味が無い。守るべき人より、先に死ぬ覚悟必要とされるのだ。
例えば、ロイコークたちだったら、と考えるとわかりやすい。
『能力強奪』を持つロイコークは、盗賊に接近する必要がある。
しかも、盗賊が誰一人としてスキルや魔法を持っていないと
『空振り』だ。
ジストの『絶対自動回避』も意味が無い。自分が避けたせいで、
依頼人や馬が死んだら任務は失敗となる。
アニサの『竜体変化』はもっと悲惨だ。
アニサがブルードラゴンに変化した瞬間、
馬は恐怖でパニックになるだろう。滅茶苦茶に馬が暴れたら
盗賊どころではない。
『あれはアニサだ』と理解できるのは人間だけ。
彼らの能力は、間違いないなく最強クラスだが、
『商人の馬車の護衛』では使い物にならない。
『最強』というのは、時と場合によって内容が変わる。
自分だけ無敵や最強でも、何の意味も無いのだ。
幸太郎、モコ、エンリイだけだったら、馬車の護衛の依頼は
受けさせてもらえないだろう。
他のパーティーと組む必要がある。
前方、御者の席にいるブリンクマンとクラリッサ、アーデルハイドは
『魔物が戻ってきたらしい』という話を熱心にしていた。
ブリンクマンにしてみれば、護衛の依頼料金が
値上がりするかもしれない、大事件でもある。
今日は新人の幸太郎たち含めて4人だが、
この先は護衛を5人、6人と増やす必要が出てくるかもしれないのだ。
後方、幌付き馬車の後ろにちょこんと座っているのが、
ブリンクマンの息子、オットー。
もちろん、後方の見張りも兼ねている。
オットーは見張りだけでは退屈なので、幸太郎たちに話しかけてきた。
「お兄さんとお姉さんはカーレの人間じゃないですよね?
どこから来たのですか?」
さすがは商人の息子オットーである。ちゃんと敬語を使ってきた。
父親の仕込みがいいのだろう。
まあ、世知辛い話をすれば、敬語の使えない商人など、
一週間で倒産に追い込まれるだけだが。
「私たちはカーレに来る前、アルカ大森林にいました。
カーレに来るのは初めてですよ」
幸太郎も敬語で返す。年下だろうが子供だろうが、
商売相手に敬語を使うのは営業職の人間には朝飯前。
幸太郎が敬語を使ってきたので、オットーは大喜びした。
自分を『ガキ』ではなく、一人前の『取引相手』と
認めてくれているという証拠だからだ。
オットーはカーレとユタ、ビエイ・ファームしか知らないので、
アルカ大森林について色々質問してきた。
モコが色々答えると、目を輝かせて喜んでいる。
この辺はやはり子供だなぁと、幸太郎とモコは温かい気持ちになった。
「いつか、私もアルカ大森林に行ってみたいです!」
オットーは楽しそうに言った。平和な光景だ。
天気もいいし、風も穏やか。砂浜には先日と同じく、
のんびり貝を掘っている人が2人見える。寄せては返す波。
空を舞う鳥たち。海は美しく輝いていた。
(穏やかな日だな・・・。今日は何事も無く終わりそうな気がする。
いや、先日の方がおかしいんだ。毎回毎回、
そんな大騒ぎに巻き込まれる方が変だろう。
ギルドの冒険者たちだって、依頼の度に何かと戦っているなんて奴は
聞いたことが無い・・・)
だが、この時、幸太郎の脳裏に、一瞬だけ何かが引っかかった。
何か忘れているような。何か見落としているような。
しかし、周囲を見回しても、何1つとしておかしいところは無い。
平和そのものと言っていい穏やかさだ。
もちろん、モコの耳にも何も異常は聞こえていない。
(・・・ちょっとピリピリしすぎているみたいだな。
少し肩の力を抜かなくては・・・。意味も無く張りつめていると、
いざって時に頭が働かないよな)
のんびり進むロバの馬車の前方に、ビエイ・ファームの検問所が
見えてきた。
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