姉妹
冒険者ギルドが運営する宿屋へ戻ると、エーリッタとユーライカが
先に帰ってきていた。
「あ、おかえり~」
エーリッタとユーライカがベッドに寝ころんで、くつろぎながら微笑む。
ごろりんこ。
今日は商人の護衛でユタへ行っていたという。
「ユタへ行って、大丈夫か?」
幸太郎は心配したが、エーリッタとユーライカはケラケラ笑った。
「奴隷だったあたしたちを憶えている奴なんていないわよ。
いたとしても、『他人の空似』で通せるって。
『隷属の首輪』は、もう無いし?」
幸太郎は、この2人の度胸と強さは見習うべきだと感心した。
自分に無いものを持っている。
まあ、それはともかく、今日の出来事を話す事にした。
エーリッタとユーライカは、すでにある程度ギルドで聞いたという。
『帰ったら窓が開いてたし』と笑った。
ただ、危うく死霊術を使わざるを得ないような状況に
追い込まれた話は笑い事ではない。
「う~ん。運が悪かった、としか言いようがないけど、幸太郎さんが
死霊術を使ったら、とにかく逃げるしかないわよね・・・」
依頼を受けて町を出たら、もう連絡がつかない。
この世界にはケータイもスマホも無いのだ。
とにかく、その日『どこへ行く予定か』だけは、朝のうちに
お互い教え合うことにした。それくらいしか対策が無い。
翌日は1日休み。仕事は1日おき、と約束している。
ギルドにもそう言ってあるので、そのまま海へ行った。
幸太郎は釣りをしながら『こんなことなら、キャサリン支部長が
D級にしてやるって話を蹴るんじゃなかったなぁ』と
内心後悔したが、今さら遅い。そして、これは口に出せない。
後から愚痴をこぼせば、モコとエンリイが不安に思うだけだ。
一度決定した以上、『こんなはずでは』と言うのは最悪。
パートナーが苦しむだけである。それに、どうせ時間は
戻ったりしないのだから。終わった事は、終わった事であり、
そこから『次の手を考える』のがリーダーの責任だ。
(とりあえず、早いとこE級を目指そう。そうすれば、
エンリイと一緒に行動できるし、複数パーティーが
参加する時もエーリッタとユーライカを呼べる。
今の状況じゃ、エンリイを傭兵扱いで同行させることも
できないし・・・)
『新人』は傭兵として他の人を応援に呼ぶのは禁止。
それができるなら、誰だって労せずE級に上がれるだろう。
そんなインチキでE級になった冒険者など、ギルドにとっては
『何の役にも立たない』だけだ。
仮に幸太郎が最強だったり無敵だったりしても、
依頼を果たせない冒険者などいらないのである。
目的が違う。
帰りにギブルスの店に寄ると、アカジンが、
発注していた『専用ホルダー』を渡してくれた。
これでモコもエンリイも、それぞれ
『サイコソード』と『如意棒』を腰のベルトに装備しておける。
これは完全に蓋ができ、外からは何が入っているかは
見えないようになっているのだ。
さらに翌日。幸太郎たちがギルドに顔を出すと、
アーデルハイドが待っていた。いや、アーデルハイドだけではない。
もう1人いる。
「よう! アンタがコウタロウかい?
ハイジが世話になったようだな。ありがとよ。
肩も治してくれたって、ハイジが喜んでたぜ。
おっと、すまねえ。あたいはクラリッサ。
このハイジの姉だよ。よろしくな!」
「コウタロウさん、こっちは、わ、私のお姉ちゃんなの」
「こら、『お姉ちゃん』はやめろって言ったろ?
冒険者になるときに、お互い『クララ』『ハイジ』って
名前で呼び合うって決めたじゃねーか」
「う、うん、ごめん、おね、クララ・・・」
幸太郎たちは呆気にとられた。もちろん『姉がいる』という話は
アーデルハイドから聞いている。
しかし、クラリッサとアーデルハイドはまるで双子だ。
両者とも身長は183センチくらい。
そしてクラリッサもアーデルハイド同様だった。幸太郎よりも
肩が広い。腕が太い。足もごつい。腹筋もバッキバキに
割れてるはずだ。背負っている武器はバトルアックス。
左手にはラウンドシールド。
『アルプスの少女ハイジ』をよく見ていた幸太郎は目まいがした。
(ハイジに続いて『クララ』まで・・・。
違ぇ、違ぇよ・・・。俺が好きだった『アルプスの少女』は
金属バットや戦斧を背負う戦士じゃないんだ・・・。
おんじ・・・ペーター・・・ヨーゼフ・・・ユキちゃん・・・。
俺を、俺を導いてくれ・・・)
ただし、2人とも胸はアルプス級・・・。
クラリッサとアーデルハイドが幸太郎たちを待っていた理由は、
この2人が今日の『監督官』だったからだ。
クラリッサが妹のお礼を兼ねて、依頼に同行したいと
ルイーズに願い出たらしい。
「と、いうわけで。幸太郎さんとモコさんには、
『商人の護衛』をやってもらいます。行き先は先日の
ビエイ・ファーム。今日は『綿の布』を仕入れに行く
商人さん親子と、馬車が護衛対象です。馬車があるため、
先日とは注意点が違うので気を付けてくださいね?
幸太郎さんたちと、クラリッサさんたちの4人が
護衛チームとなります」
ルイーズが明るく宣言した。どうやら、この依頼も
取っておいてくれたようだ。
「よろしくな! コウタロウ、モコ。馬車の護衛は四方を囲むから
4人必要なんだよ。なーに、あたいらがいるから心配要らねえって。
あははは」
そう言って幸太郎の背中を叩いた。手もデカい。
その光景をモコは目をパチクリさせながら見ていた。
エンリイ、クラリッサ、アーデルハイドが並ぶと、
自分がものすごく小さくなったような気がするのだ。
ただ、それは幸太郎にしても全く同じ感想を抱いていた。
しかし、『デカい女』という言葉は禁句だろう。
アーデルハイドはかなり身長を気にしていた。
おそらく姉のクラリッサも気にしているはずである。
(だけど、1つ謎が解けたな・・・)
幸太郎は、体がゴツイのに大人しい性格のアーデルハイドを
『外見と中身が釣り合ってない』と思っていたが、
それは姉が原因だったのだ。
(多分・・・アーデルハイドの方が『お姉ちゃんと一緒がいい』、
『お姉ちゃんが鍛えるなら、あたしもやる』とか言ってるうちに、
体だけ『姉のコピー』になってしまったんだ・・・。
あくまで『姉のマネ』だったから、性格のほうは置き去りになって、
大人しいまま育っちゃったんだな・・・。
仲のいい姉妹なんだろう)
幸太郎は思わず笑みがこぼれた。ほほえましい姉妹。
実は幸太郎には妹が1人いる。特に仲が良かったわけでもないので、
あんまりこれといった思い出が無い。
幸太郎は、もう二度と会うことも、話すことも無い妹を、
久しぶりに思い出した。自分が両親と妹を置いて死んでしまったことを
恨んでいるだろうか? 少しは泣いてくれたのか?
幸太郎は親に先立って死んだことを、両親と妹にだけは
謝っておきたいと思った。ただし、それは叶わぬ願いだ。
幸太郎は、もうすでに異世界に転生した後。
地上から月に手を伸ばすに等しい。
ただ、幸太郎は思った。
(今日は宿へ戻ったら、久しぶりに家族を思って泣いてみよう。
これくらい、たまにはいいだろう・・・)
モコとエンリイには見せられない。きっと2人は何もできない
自分を、もどかしく思うことになるだろうから。
「では、よろしくお願いします。クラリッサさん、
アーデルハイドさん」
「敬語は使うなって。あたいは敬語得意じゃねーからさ。
よーし、行こうぜ!」
クラリッサは、もう一度幸太郎の背中を叩いた。
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